第17話 王子様の本音
はじめてのメイドのお仕事も、無事に一日を終えることが出来そうだ。
エリザは今日は夕方までの勤務ということで、先ほど仕事を終えて、明日はお休みのため、今日は街にある自宅へと帰って行った。いつもは自宅に帰らず、彼女は城に住み込みで働いている。
私はレイと帰ることになっていたから、まだ城に残っていた。
タリアンさんから、私に執務室へ来て欲しいと、ルーセルから伝言があったと渋い顔で告げられたので、せっかくなので、お茶を持ってアレクシス様の執務室へ伺うことになった。
紅茶はタリアンさんが入れてくれる。
食事の時間以外に、アレクシス様が飲む紅茶を入れるのは、これはタリアンさんにしか、許されていないらしい。
アレクシス様が口にするものだから、信用のおける者にしかできないということなのだろう。
タリアンさんが琥珀色の紅茶をポットに入れて、トレイにのせて渡してくれる。
繊細で綺麗な色の紅茶、タリアンさんらしい印象だと思った。
私は紅茶をのせたトレイを落とさないように、気を付けながらアレクシス様の執務室へ向かう。
タリアンさんがアレクシス様専用に給仕をするための部屋があって、そこは執務室からそう離れていないから、もちろん紅茶も冷めることなく運ぶことができる。
いつもはタリアンさんが持っていくのだろうけど、今はルーセルの要望もあって、特別に私が持っていく。
溢れないように、少し緊張してそっと運ぶ。
細心の注意を払いながら、扉の前に辿り着いた。
右手をあげてノックをしようとしたそのとき、部屋の中からアレクシス様の苛立った声が聞こえてきた。
「いったい、いつまで待てばいいんだ!俺たちには時間がないんだ!」
「アレク」
レイの落ち着いた声も聞こえる。
「北のアイツが目覚めたというのに」
北のアイツ?
「まだ目覚めたとは決まっていないだろう?」
「時間の問題だ!」
アレクシス様、怒ってる。
どうしよう……こんな中、ドアをノックするなんてしづらい。
「俺に力が戻らない限り、この忌々しい呪いを解かない限り、対等に戦うことなど出来ないんだ」
力が戻らない限り?呪い?
どういうこと?
「まあ、何か対策はあるさ」
ルーセルの宥めるような声も聞こえる。
「対策?対策ってなんだ。それが聖女召喚だったろう?」
…………え?
「俺たちには、もう聖女を頼るしかなかったんだっ。それがアイツのせいでっ。アイツが聖女の代わりになるのか?そんなことは出来ないだろう!?」
息をのむ。呼吸が出来ない。
アイツって、私の、ことだ。
私が間違ってこの世界へ来なければ、あのときお節介なんてしなければ……
私があの日、ふくろう古書店に行かなければ……
なぜ?
どうして、ここにいるのが、私なんだろう……
自分が情けなくて、悔しくて、唇を噛んだ。
「アレク……言いすぎだ」
「ああ、そうかもな。でもな、」
「しっ」
ガチャリ……ギィィ……
重い音を立てて、目の前の扉が突然開いた。
私は声も出すことが出来ず、扉を開けたレイと目が合った。
「っ!……ミツ、キ……」
彼も驚きの表情を浮かべている。
ど、どうしよう!立ち聞きしたなんて。
レイも困っている。
「あ…」
「あ、あの!」
彼が何か言う前に、慌てて彼の言葉を遮さえぎった。
何も、聞かなかったふりをしよう!
「お茶をお持ちするようにとタリアンさんに言われたので、お茶をお持ちしました!失礼いたします」
私は気にしてませんって、平気な様子を装って、口元に笑みを作った。
レイが扉を開けている横を、すり抜けるように部屋へと入っていく。
彼が何か言おうとするけれど、あえて目を合わせず、足早にレイの横を通り抜ける。
そのまま部屋に置かれたテーブルの上に、ティーセットを置いた。
アレクシス様はこちらを見ようともしない。私の大好きな騎士様とそっくりな顔というのが、なおさら騎士様に拒否されているような、嫌われてしまったようで、さらにツラい。
ルーセルも、たぶん私のことを見てる。
でも、いま誰かに何か言われても、私はなんて答えればいいのかわからないし、うまく答えられる自信もない。
だから、私は彼ら誰一人とも目を合わせようとはせず、ただ自分の手元だけ見ていた。
何か言われるのが怖くて、平気なふりをしたまま、与えられた仕事を機械のようにこなしていく。
部屋の中の沈黙が重い。
カチャカチャと茶器の触れあう音が、やけに響く。
ダメだ……泣いちゃいそうだ。
息が苦しくて、これ以上誰かに何か言われたら、涙がこぼれ落ちそうだ。
お茶を三人分入れ終えると、私はお辞儀をして出口へ向かう。
レイの横を通りすぎるときも、トレイを胸に俯いたまま肩をすぼめて足早に通りすぎる。
なんだか自分の姿が惨めだと思うけど、こうすることが、今の私のできる精一杯だった。
横を通る瞬間、彼が一瞬身じろぎをしたけれど、それには気づかないふりして、足早に通りすぎていく。
私は扉のところまで来ると、もう一度深々と頭を下げ
「すみませんでした。失礼します」
と言って、逃げるように部屋を出た。
扉がゆっくり重々しく閉まっていく。
完全に扉が閉まったとき、自分と彼らとの間にも、互いを隔へだてる分厚い扉が閉められたように感じた。
美月が出ていった後、彼女の姿をかき消すように、重たく閉まっていった扉を、レイはしばらく見つめていた。
テーブルには彼女が用意した紅茶が三人分、丁寧に入れられている。
ルーセルが溜息をついて言った。
「アレク、言い過ぎだよ。お前もわかってるんだろ?彼女は悪くないよ」
「そんなこと解ってる……」
「いま、一番辛いのは、」
「わかってるよっ!けど、俺達には時間がないんだ。んっとに……どうしたらいいんだよ……」
アレクシスはくしゃりと頭を抱え込んだ。
黙って聞いていたレイは、二人のほうへ顔を向けると
「悪い、ちょっと出てくる」
とそれだけ言うと、部屋を飛び出した。




