↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/18

08 暁月流・四方茜刺

急ぎ学園へと戻ってきた蓮の足が、体育館の近くでピタリと止まった。


(……結界か)


 肌を撫でる空気が、不自然に重く、妙に歪んでいる。周囲の喧騒や鳥の羽ばたきすらも遮断されたかのような違和感。

 結界が張られていると蓮は即座に気づいた。


 その歪んだ空間の中で、弓道場の引き戸を飛び出し、必死の様相で隣接する体育館の扉へ駆け込んでいく少女の姿が視界に入る。その背後には、重苦しい障気を撒き散らす不気味な影が複数蠢いていた。


(……挟み撃ちにされるぞ)


 結界内で、次第に追いつめられる少女の危険を察知した蓮だったが、家に置いてある己の退魔刀を取りに戻る猶予などない。蓮はすぐに走り出し、一階の剣道場へと足を踏み入れた。武具棚に立てかけられていた練習用の樫の木刀を掴み取ると、すぐさま二階の体育館へと駆け上がった。


 制服のまま、壊れんばかりの勢いで扉を蹴破り、体育館内へと踏み込んだ蓮の視界に、四体の百足型怪異が葵を取り囲んでいる光景が飛び込んできた。


「ガァアアッ!」


 侵入者を排除せんと言わんばかりに、一番近くにいた一体がぬらぬらと黒く光る鎌脚を振り上げ、激しい速度で襲いかかってくる。

 蓮は木刀を滑らせるように構え、迫る巨躯の打撃を受け流した。


 ガキン! と、木刀とは思えない硬質で重厚な衝撃音が体育館に響き渡る。


 かつて惨劇の夜に怪異の核と接触し、その異能の力に晒された蓮の身体は変質を遂げていた。退魔刀ほどの威力や斬れ味はなくとも、たとえ木の棒であったとしても彼が手にして構えることで怪異同様の黒い霧を纏い、怪異と対峙戦闘できる程の武器に変化させることができるのだ。


 だが、相手は四体。

 多足特有の変幻自在で不気味な動きに、刃の無い木刀、リーチと質量の差も相まって、蓮ははじめ、敵の目まぐるしい猛攻乱撃を捌き、受け流すことに徹せざるを得なかった。木刀の打撃だけでは、怪異の硬い外殻を完全に粉砕し、消滅させるまでの決め手に欠けていたからだ。


 その攻防の合間、距離を取り体勢を整え直した葵の瞳が死線の中で冴え渡る。

 一人で四体を相手に立ち回る少年の背後に向けて、葵は制服のポケットから残りの護符を引き抜き、矢に刺して番い弓を引いた。


「そこです……!」


 空中で光を放った破魔の弓矢が、蓮の背後から迫っていた一体の胸部に直撃する。

 ジジュッ! と肉の焼ける様な音とともに、護符の貼りついた外殻が激しく煙を上げ、怪異が悶絶するように体躯を大きくのけぞらせた。


(……効いている。あの護符を利用すれば……!)


 その瞬間を、蓮が見逃すはずもなかった。

 のけぞった怪異が振り払った護符が、宙を舞い蓮の方へと揺れ落ちる。蓮は左手で滑らかにその護符を掬い上げると、右手に握った木刀へ間髪入れずに叩きつけるように貼り付けた。

 瞬時に、ただの木刀全体に蒼白い破魔の霊光が走り、鋭利な刃の如き気迫を纏い始める。


(これなら……斬れる!)


 木刀を浄化の刀身へと昇華させた蓮の雰囲気が、一瞬で冷たく研ぎ澄まされた。


 四体の怪異は、立ち塞がる存在の危険度を察知したのか、蓮を中心にして前後左右の四方へと散り、包囲網を敷いた。


 静寂が体育館を支配する。

 夕暮れの赤い光の中、蓮は木刀を腰の左側に引き寄せ、あたかも鞘に収めた刀をいつでも引き抜けるような——居合の構えをとった。


 次の瞬間、静寂が破れる。

 最初に動いたのは、蓮の隙を突こうと視界の外である左後方から跳躍した一体だった。頭上から巨大な鎌爪が襲いかかる。


「……後ろっ!」


 葵は叫んだが、蓮は振り返りすらしない。

 引き寄せた木刀の柄を鋭く押し出し、右足を軽く一本踏み出すと同時に、まるで鞘から抜刀をする様に柄に手を添え木刀を先に伸ばし……その瞬時、左後方へ向けて一直線に突き穿つ——!


 ドスッ! と、護符の光を纏った木刀の切先が、正確に左後方の怪異の眉間を貫いた。

 「ガ……ッ」と短い断末魔を残し、一体目の怪異が光の粒子のように細かく白く霧散する。

 それとほぼ同時——残る前方三体の怪異が、同調するように立て続けに襲いかかってきた。


 蓮は刺突の引き抜きと同時に敵の位置を目視し、身体を右前方へ向き直すと同時に、横薙ぎに刀身を振り払い、迫り来る三体との間合いを取った。

 間髪入れず切っ先を最小限の最短距離で頭上へと振りかぶる。 余計な動作を極限まで排した、目にも留まらぬ最速の居合術。


 まずは右正面から迫る二体目へ、振りかぶりからの真向斬り。

 蒼白い閃光が走り、巨躯が縦真っ二つに裂けて消滅する。

 斬り下ろした切っ先は止まらない。そのまま最小の軌道で再び頭上へ振りかぶり、素早く軸足を旋回させて左正面の三体目へ。

 一瞬の遅れもなく振り下ろされた真向斬りが、左から襲い来る爪を粉砕し、怪異を脳天から一刀両断する。

 そして間髪入れず、切っ先を最短で巻き上げて頭上へ返し、最後に正面から狂暴な顎を開いて飛びかかってきた四体目へ。


 全身の踏み込みと鋭く体重を乗せた完璧な三度目の真向斬りが、正面の空間を深く切り裂いた。


 ドォン!


 体育館の床を揺らすほどの衝撃とともに、光の刃が最後の怪異を尾先まで一直線に断ち切る。


 最後の怪異は、蓮の背後で白く輝く炎に焼かれるように完全に霧散していった。


 背後への一刺しから始まり、最短距離を通す無駄のない振りかぶりによる怒濤の三連続真向斬り。

 居合の極致とも言えるその完璧な四撃は、斜陽の刻に放たれた一閃、暁月流『四方茜刺(しほうあかねざし)』。

 蓮は瞬く間に四体を全滅させていた。


 彼はゆっくりと息を吐き出すと、手にしていた木刀を、あたかも見えない鞘へ納めるかのような静かで流れるような手つきで護符を外しながら腰元へ引き寄せ、納刀の所作を完了させた。


 外された護符は、ハラリと灰となって床に落ちる。ただの木刀に戻ったそれを手に、蓮は葵の方を一度も振り返ることなく、急足で夕陽が差す扉の向こうへと歩み去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。