135年前の真実
東雲神社へ向かう足取りは、ひたすら重かった。
夕闇が迫る鳥居をくぐり、静寂に包まれた石段を上りながら、胸の奥で渦巻く不快な動揺を必死に抑え込んでいた。
あの日——5年前の惨劇。表向きは世間に「通り魔による強盗殺人」として処理されたあの夜の出来事を、目の前を歩く少女・東雲葵は『そうではない』とはっきり口にした。
(なぜ東雲の人間が事件のことを知っているのか。俺の中に宿るこの力と、一体何の関係があるというのか)
本殿の奥、張り詰めた霊気が漂う上段の間に通されると、そこには二人の男が待っていた。
厳格な佇まいで腰を下ろしている葵の父・厳山。そして、その傍らに佇む東雲の頭領。
「……よく来てくれた、暁の息子よ」
厳山の重々しい声が、静まり返った部屋に響く。
相手との一定の間合いを保ったまま、冷ややかな視線を彼らに向けた。
「無駄話をする気はない。……俺の家で起きたあの夜の事件について知っていると言ったな。一体どういうことだ」
詰問に対し、厳山は深く息を吐き出すと、苦痛に満ちた表情で静かに過去を語り始めた。
「あの日……5年前のあの夜、結界強化の儀をしている最中、地脈のバランスが突如として崩れ暴走を起こした。それにより封印されていた穢れの根源——マガツが解き放たれてしまったのだ」
厳山の言葉に、呼吸が止まる。
「地脈の負の波動と循環を担うのは、代々暁の役割だった。解放されたマガツは真っ先に地脈循環の吸収元である暁邸へと向かい、君の父と相まみえた。……異変に気付いた我々は、一般市民へ被害が拡大するのを防ぐため、即座に街全体へ認識阻害と遮断の結界を張ることを最優先とした。そして結界の維持を優先しつつ、私の率いる部隊が暁邸へと救援に向かったのだ」
だが、と厳山は痛切に顔を歪めた。
「現場に到着した時には、すでに惨劇は始まっていた。マガツは君の父と死闘を繰り広げながらも、結界の起点である東雲の頭目——つまり私を潰すことで、街の結界ごと破壊しようと襲いかかってきたのだ。……私を庇い、正面からその攻撃を受け止めたのが、彼だった」
「……父さんが、あんたを……?」
「そうだ。街を守る結界へ全霊力を割いていたため、当時の我々には、彼に力を十分に付与してやるだけの余力が残されていなかった。……実質的に丸腰に等しい状態で、最後の力を振り絞り、マガツへ致命的な痛打を与えたのだ」
厳山の声が微かに震える。
「しかし、傷負ったマガツから溢れ出した膨大な瘴気が暴走を起こした。……その瘴気は、幼い君を守ろうと庇いに入った君の母を飲み込み、命を奪った。さらに……東雲の者たちを守ろうと庇い続けた彼もまた、瘴気に身を苛まれ……命を落としたのだ」
耳の奥で、カチリと音がした。
脳裏に、幼い頃のあの夜の景色が凄惨な鮮明さをもってフラッシュバックする。
血の匂い。暗闇の中で倒れた母の姿。そして、眼前で黒い霧に貫かれて倒れた父の背中。
「マガツは力を大きく失い、去り際に幼い君に向かってこう告げた……『頃合いを見て、再び訪れる』とな。……そして、姿を消した」
静寂が部屋を支配した。
自身の心臓の鼓動だけが、耳元でやけにうるさく打ち鳴らされている。
(5年前、俺の家で何が起きていたのか。父と母がなぜ死ななければならなかったのか。そして、なぜ俺の中にこの力が残り、マガツは何故俺に「再び訪れる」と言い残していったのか——)
目の前の東雲たちの口から語られた真実によって、過去の残酷なパズルのピースがはまりはじめた。
溢れ出しそうになる感情を殺すように、素手を血が滲むほど強く握りしめた。




