12 対話の機会
放課後。終業を告げる鐘の音が校内に響き渡る。
葵は鞄を手に取ると、賑わい始める教室を後にし、静かに正門へと向かった。
校庭に差し込む夕日を背景に、生徒たちがグループを作って楽し気に下校していく。葵は正門の脇にある大きな桜の木の下に佇み、風に髪をなびかせながら静かにその時を待った。
(……来てくれるだろうか)
胸中で淡い不安が過る。拒絶されるかもしれない。だが、朝の教室で見せた僅かな焦りと鋭い眼光を思えば、彼がこのまま放置するとは思えなかった。
人波の向こうから、鞄を片手に提げた蓮が一人で歩いてくるのが見えた。
葵の姿を捉えた蓮はより警戒心を露わにしながら近づいてくる。
教室で葵から声をかけられた事を知っている生徒達は、不思議そうに、怪訝そうに蓮を横目に帰っていく。
「……こんな場所に呼び出して何のつもりだ」
蓮が低い声で吐き捨てる。
「立ち話を聞かれたくはないでしょう。少し移動しましょう」
蓮は既に振り返り歩き出している葵の後を追うように学園の敷地を出た。
二人は賑やかな下校路を外れ、静まり返った住宅街の奥へと無言のまま足を進めていく。やがて辿り着いたのは、蓮にとっては見慣れている場所である自宅の前だった。
敷地の入口で立ち止まり振り返った葵を、蓮は冷ややかな眼差しで見つめる。その佇まいからは、触れるものを切り裂くような警戒心が立ち昇っている。
「こんな場所までやってきて、どういうつもりだ」
蓮の第一声は、低く硬かった。
射抜くような漆黒の瞳。葵は怯むことなく、まっすぐにその視線を受け止めた。
「昨日、体育館で私を助けてくださったのは……あなたですね、暁さん。ありがとうございました」
「……なんのことだ。人違いだ。俺は昨日、放課後すぐに帰宅した」
「ええ、知っています。あなたが一人で下校していく後ろ姿を、私は見ていましたから。それに……」
葵はわずかに間を作り言葉を続けた。
「私は、放課後、と時間を明確にする言葉は言っていませんよ」
葵の静かな言葉に、蓮の眉がわずかに跳ねる。
「まさに放課後、私は弓道場へ向かい……そこで穢獣に襲われました。危機的状況で、結界の中へ助けに入ってくれた人の影。それは、数日前の夜に私を救ってくれた影とも、昨日一人で帰宅していったあなたの背中とも、寸分違わず重なりました」
冷たい風が吹き抜け、葵の髪が靡く。
「それに、あの夜に見せてくださった圧倒的な一閃と、昨夜の鮮やかな剣技……。あの研ぎ澄まされた雰囲気も、完全に一致していました」
言い逃れを許さない葵の論理的な指摘に、重い沈黙が二人を包み込む。
しかし、蓮は氷のように冷ややかな眼差しを崩さないまま、冷たく言い放った。
「全部、お前の思い過ごしだ。お前が誰に助けられようと俺には関係ない。……くだらない話はこれで終わりだ」
関わりを拒み、冷たく踵を返し屋敷内に戻ろうとする蓮。
その背中に向けて、葵は投げかけた。
「……私は、5年前ここで起きた事件のことを知っています」
ピタリ、と蓮の足が止まった。
振り返る首の動きが一瞬固まり、その背中に明確な動揺と、刺すような緊張感が走る。
「……通り魔で両親を殺されたことなら報道で……」
蓮の言葉を遮り、葵は手を握り込みながら伝えた。
「世間で報じられているような、ただの通り魔事件ではないことも……」
葵の言葉に、蓮の瞳の奥でゆらりと黒い気が揺らめいた。表の社会では隠蔽された事件の真相を葵が口にしたことで、二人の間の空気が一変する。
蓮はゆっくりと体ごと振り返り、俯き加減に話す葵を視界に納めた。
葵も動揺しているのか、先ほどまでの凛とした威勢は無く、握りしめた手は小さく震えていた。
「お願いです、暁さん。私達はあなたとお話ししたいことがあります。……一度、東雲神社へ来ていただけないでしょうか」
一歩も退かない葵の澄んだ瞳と、過去の真実を知るという者の言葉を突きつけられ動揺を隠せない蓮の漆黒の瞳が、静まり返った暁邸の前で真っ向から交錯した。




