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脳が溶けるほど大好きなんだ ~クラスの1軍女子は耳舐めASMRを愛しています~  作者: 荒矢田妄


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第6話 こう見えて多彩な男

 本日昼前の授業は調理実習だ。作った料理はそのまま今日の昼飯になるので、ある程度ちゃんと作らないと午後のモチベーションに関わる。

 そんなことよりも、昼休みの有効利用時間が減ってしまいそうなのが俺からすると死活問題だった。


 普段の俺は飯を五分で済ませて残りはASMRを聴くルーティンを取っているが、食事のボリュームだったり片付けだったりを考えると今日はその時間がゆっくり取れるか怪しい。これこそ、俺の午後のモチベーションに関わるのだけど。昨晩、杏瀬いうちゃんの『愛が重くて深い妹がお兄ちゃんのお耳を独占します』配信と時間が重なっていたため、泣く泣くリアルタイム視聴を断念した、mimi toroさんの『鼓膜が喜ぶ、圧強めごりごり系耳かき』を聴きたかったのだけれど!


 実習は男女それぞれ三人ずつの六人班で行われる。堂前と同じ班になれたのは俺的には少し気が楽だが、女子から見るとこの面々はいわゆる「ハズレ」のようで、面子を見た瞬間からヒソヒソとそんな会話をしているのが耳に入った。ASMRヘビーリスナーである俺の耳は、いつの間にか人の小声を敏感に察知するような能力を得ていた。


「ミートソースパスタとコンソメスープですか。まあ、普通の手順で作ればそう悲惨な結末を迎えることはないでしょうな。ここはひとつ、腕を振るうとしましょうぞ、浅村氏」


 瓶底眼鏡を光らせて気合いを入れる堂前だが、残念ながらこの班は女子三人と残りの男子メンバーである羽咋を中心に回っていきそうだ。


「お前ら~ちょっとは女子力見せてくれよ」


「はぁ〜? なにそれうざいんだけど〜! 羽咋こそ料理どうなん? 今時男でも料理くらいできないと、モテないよ〜」


「いや任せろって! 俺マジ上手いから! 毎日ペヤング作ってっから!」


 それ料理じゃね〜! とケタケタ笑って手を叩く。うーん、蚊帳の外ってこういうことね。

 隣のテーブルへちらりと目を向けると、ちょうど遠野と松山がクラス一のデュエリストである結城に話しかけているところが見えた。


「え~? 結城って料理できるんだ?」


「い、いやまあ、ハイ。一応、家族の中での料理担当が俺になってるだけっていうか……。親が共働きだから、自然とそうなった感じで。でもまあ、所詮は家庭料理レベルなんで、あんまりハードル上げられると苦しいんだけれども」


「あはは、めっちゃ早口じゃん、うける。じゃあ、ウチらは結城の指示に従えばいいんだね? 何すればい? なんでもするよ?」


 むほ、むほほと、結城は「今こそが人生最高の瞬間!」と叫びだしそうなほどに上がりまくっている。途中で陰キャにとっては中々に刺さる一言を挟まれた気はするが、そんなことはどうでもいいらしい。

 相変わらずの陰キャキラーっぷりに、内心で苦笑をしていると、


「ところでさ……。堂前のエプロン、やばくね?」


「いや分かる~! 早く誰か突っ込んで? って思ってた~!」


「萌えキャラってヤツ? いや今時別にいいと思うんだけどさ、身に着けるのはやばくね?」


 どうやら話題は堂前の身に付けているエプロンに及んできたらしい。鼻唄混じりに調理器具の準備をしている堂前の胸元では、奴の魂のお姉さん、月ノ瀬あかりがデカデカと刺繍され、優しげな微笑みを見る者に投げかけている。

 まあ調理実習で身に付けるような代物かと言えば、決してそうではないかもしれない。けれど、あんな風に影でひそひそと嘲笑されていいものじゃないはずだ。非常に面白くない。

 もやもやとする俺の胸の内を見透かしたかのように、堂前は言った。


「心配ご無用ですぞ浅村氏。私なら平気ですので。愛する者をこの身に刻もうと言うのです。周囲からの揶揄など、想定の内、必要経費ですな」


 堂前はフッハハと笑い飛ばして見せる。でもよ、納得できないものはできないんだ。

 俺は周囲のテーブルにも聞こえるように、少しだけ声量をあげて言う。


「でもよー堂前。相変わらずすげーな。そのエプロン、自分で作ったんだろ?」


「いやいや浅村氏。お恥ずかしい限りです。本当はもっとこう……彼女の魅力を余すところなく描きたかったのですが、私の技量不足でして」


 自作って……ますますやばくね? とひそひそ声に拍車がかかる。俺はますますムッとして、「そんことねえって」とさらにボリュームを上げかけたところ、


「えー? そうなの!? これ自分で縫ったの? やばー売り物じゃん!」


 目をキラキラに輝かせた遠野がフェードインしてきた。いきなりのことに、さすがの堂前も少し面食らったようだ。


「え、ええ。僭越ながら自前で仕立てさせていただきました」


「マジでー? うっそこれやば! めっちゃ細かいじゃん! プロ?」


「いえいえそんな。滅相もございませんな」


 クラス内カーストトップの遠野がべた褒めするもんだから、堂前を揶揄していた連中の声もどんどんと萎んでいく。

 こうして形勢を一気に逆転させた遠野は、「ちょっとー。お喋りばかりしてないで、早く作業を始めなさーい」という先生の声を聞いて「やべっ」と一言言い残し、自分の班へと帰還していった。


 少しでも堂前の凄さが伝わればいいと思って口に出したのだが、思わぬ援軍が現れてくれて素直に嬉しかった。どんなヤツのどんなところでも純粋に凄いと言えるところが、遠野藍音の凄いとこだなと思う。

 お陰さまで、これ以上連中も下手な陰口は叩かないだろう。まあ、この先作業が進めば、特に女子達は堂前を邪険に扱ったことを公開するはずだ。

 気まずそうにしている連中に、そろそろ始めようぜと声をかけると、やつらも少し気を取り直したようで食材を手に取り始めた。


「えーっと、まずは玉ねぎのみじん切り……だっけ。こんな感じ?」


 そう言いながら、一人の女子がどうにも慣れない手つきで玉ねぎ刻み始めようとする。


「あーっと、失礼。切る向きが違いますな。また、始めにある程度横に切り込みを入れておくと、簡単にみじん切りができますぞ」


「え? あ、あー……。こ、こう……?」


「そうそう。いい感じです。最初はある程度で構いませんぞ。あとで細かくすれば良いので」


「へ、へー……。堂前って、料理できるんだ」


「まあ、人並み程度といったところですな。あ、浅村氏、羽咋氏。乱切りの際は、包丁は斜めに入れると綺麗にできますぞ」


 玉ねぎのみじん切りを見守りつつ、テキパキと鍋の準備をしつつ、震える手つきでにんじんを切ろうとしていた俺と羽咋にも注意を配る。あっぱれなマルチタスクっぷりだ。


「こ、こんなもんかな……。っと……。あー、目が痛い」


「おっと失敬。この量の玉ねぎを一人で切るのは中々難儀か。どれ、代わりましょう」


 堂前は慣れた手つきで包丁を握ると、トントントトトンとリズミカルにまな板を鳴らし、素早く、それでいて細かく玉ねぎのみじん切りを量産していく。少し見ただけで分かる熟練の動きだ。


「うっわ、すごい。堂前めっちゃ料理上手じゃん」


「なになに、所詮は慣れですよ。しかし……くぅ~! やはり目にきますなあ! こればかりは数をこなしても慣れるものではないですな!」


 そう言って堂前は眼鏡を取り、目じりにたまった涙の雫をぬぐった。瞬間、世界が止まった。


 そこに立っていたのは、簡単に言えば絶世の美男子。切れ長でくっきり二重の眼差しは、見つめられた者の心を居抜くような目力がある。野暮ったいモサモサの天パも、もはやそういうファッションなのねと納得してしまいそうなキマり方だ。

 女子達も、羽咋でさえも「うっそ……」「え? マジ……?」と口々に驚嘆の声を上げている。


 そんな皆の様子なんてどこ吹く風といった調子で、堂前はまたどギツい瓶底眼鏡を装着する。周囲の時を止める存在感がシュン……と急激に冷めていくが、輝きの余波は残っていた。


「さ、気を取り直して作業を進めて参りましょうぞ。お次は挽き肉を炒める工程ですな。どれ、次はどなたが……」


「あ、わ、私。私、やる……。やります……」


 まだ夢でも見ているかのような様子で、女子はフライパンを手にした。


「びっくりしたー。堂前ってあんなにイケメンだったんだね。浅村は知ってたの?」


 ぬっ、と俺の横に現れたのは遠野だ。


「そりゃまあ知ってたよ。……それよりお前、自分の班はいいのかよ。サボりか?」


「固いこと言わない言わない。私だって材料は切ったよ? でも結城が、『あとは俺に任せて。簡単な料理だからこそ、火の入れ方で出来上がりに差が生まれて、それは普段から料理に慣れている俺がやったほうがベストな選択肢だと思うから』って」


 結城……。お前、遠野と松山に良いとこ見せようとしたんだろうけど、目論見が甘かったな……。遠野はここに出張してきてるし、松山はお前の隣にいるけど、視線はさっきから堂前に釘付けだ。そもそも調理実習の本分からもズレてるし。人間、欲を出すとろくなことにならないな。


「眼鏡も変えて、エプロンとか服とかも変えればすっごくモテると思うのに。ちょっと勿体ないな」


「そうか? 堂前はああだからこそ格好いいんじゃんか」


 周囲の誰に何を思われるかとかは関係なく、好きなものを全身で好きだと表現する、その生き様が堂前の一番格好いいところだし、同じオタクとして尊敬すべきところだと俺は常々思っている。


「俺なんかは、そういうのこそこそ隠しちゃうからな。だから堂前は格好いいよ」


「そう…………だね」


 遠野は歯切れ悪く呟く。そっか、遠野もASMRリスナーだということは隠してるのか。


「俺からすればお前も同じだけどな。さっき、堂前のエプロン誉めてくれたろ。あれだって、俺から見れば凄いことだなと思ったよ。俺にはちょっとできねえな」


 そんなこともないよと、遠野がぽつりと漏らすのが聞こえた気がした。断定できないのは、遠野が「自分の班に戻りなさい!」と先生にどやしつけられて、飛び上がって自班に緊急帰還していくのとほぼほぼ同時だったからだ。

 まあ、そりゃあんなに堂々とサボってればバレるし怒られるよな……。

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