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脳が溶けるほど大好きなんだ ~クラスの1軍女子は耳舐めASMRを愛しています~  作者: 荒矢田妄


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第5話 遠野藍音は特に耳舐めASMRを愛している

 古典担当の教諭が授業終了を告げると、皆めいめいに身体を伸ばしたり、振り返って友人と会話を始める。今日の授業はすべて終了。今この瞬間から放課後だ。

 だんだんと使用感が出てきた教科書類をカバンに放り込んでいると、パシンと肩を叩かれた。ってーな誰だよと顔を上げると、なるほど下手人は遠野だったらしい。遠野は無言で自分のスマホを取り出すと、「……ん」と指さす。


 ん、と言われてもな……。あ、もしかして。


 今日の今日だ。さすがの俺でも思い当たる節はある。スマホのメッセージアプリを開くと、やはり遠野からのメッセージが入っていた。


『このあと 第二実習室』


 極限まで無駄を削ぎ落としたシンプルな呼び出しメッセージだ。タイパを重視する現代っ子の文章だね。


 指定された第二実習室とは、簡単に言ってしまうと昔は使われていたが、今は生徒数の減少など諸々の理由で使用されなくなった、いわゆる空き教室ってやつだ。普段の授業でもここは使われることがない。

 俺は特に部活に所属していないので、普段なら爆速帰宅をキメて自宅で心ゆくまでASMRに浸るのだが、さすがにこの呼び出しをぶっちするのは後が怖いし、バチがあたりそうだ。そんなことが陰キャ連中に知れたら、俺は五体満足でこの学校を出ることは叶わないだろう。というか、呼び出しを受けたのがバレるだけでも危ない。


 ふと周りを見渡してみると、松山達はまだ教室にいたが、遠野の姿はなかった。出遅れたようだ。

 俺はあたかも帰るような素振りでカバンをかつぎ、堂前に一声かけて教室を出ると、玄関とは逆の方向に向かって歩き出した。


 第二実習室がある階は、そもそも利用頻度の少ない教室が多く、人の気配が少ない。それでもちらほらと見える生徒達は、主に文化部に所属する人たちだ。

 目当ての教室を開けると、窓際に腰かけてパックのジュースを飲む遠野の姿があった。俺の入室に気づくと、「よっ」と手をあげてくる。


「やっと来たね浅村」


「そりゃ来るけどさ……。ところで、何でこの部屋? どっかの部活が使ってたりしないの?」


「一応、文学部が使ってる部屋なんだけど、大丈夫。私も部員だから」


 遠野はえっへんと胸を張る。


「へえそうだったのか。意外だわ。てっきり運動部なのかと」


「違うんだな~これが。まあ確かに、陸上部とかバスケ部とかバレー部にちょこちょこ助っ人で参加してるんだけど、正式に入部はしてないよ。あくまでも臨時だね」


 確かに思い返してみれば、着ているユニフォームが日によってコロコロ変わってたような気もする。


「でも、文学部ってのはまた意外なとこだな」


「友達にちょっと頼まれてさ。名前だけ貸すくらいならいいかと思ってたんだけど、誰もいない部屋で好きなことできるってのも悪くないし、今は結果オーライって感じ。……あ、ちなみに、今日はも一人の子は来ないよ。まあ、だから浅村をここに呼んだんだけどさ」


「そうそう。なんで俺はここに呼び出されたわけ? カツアゲか?」


 なワケねーでしょと遠野は言うが、あの簡素すぎるメッセージではそんな邪推をしてしまうのも無理はないと思う。

 そう遠野に苦情を入れると、


「あー……。私、絵文字とか使うの苦手でさー。だるくて……。お前のメッセ怖いって柚希達にもよく言われるんだけどさ。そっかー、浅村もそう思うかー……」


 遠野が思ったよりシュン……としてしまったので、少し慌ててフォローする。


「いや、まあ俺も人のことは言えないし……。冗談だ冗談」


 本当かー? と、じとりとした目が向けられた。


「ま、いいや。そんなことより、やっと浅村と話す時間ができたよ」


「お、俺と? 何か用だったか? というかなんでこんな場所に?」


 決まってんでしょと、遠野はスマホをバッと俺に突き出してくる。画面に映し出されているのは、昨日俺が送ったASMR動画のサムネイルだ。


「浅村が教えてくれた動画が良すぎてさー! それをね、直接言いたかったんだよ!」


「感想ならもう十分もらってるけど」


「直接! 言いたかったんだよ」


 遠野がずずいと顔を寄せてくる。大きく見開かれた目を彩る睫毛の一本一本が揺れるのまで見えた。ええい! 距離が近い! 陰キャには刺激が強すぎる! 光に焼かれて消し飛びそうだ!


 オタクに優しいギャルってのは、その優しさが故に、世に蔓延るオタクを塵ひとつ残さず駆逐してしまうのかもしれないな……。とりあえず、家に帰った綺羅ライムさんの『オタク君の耳を攻めてくるギャル』シリーズを聴こう……。


「どしたん浅村。なんだか遠い目してさ」


「いやなんでもない。こっちの話。それより、気に入ってもらえて何より。二つ送ったと思うけど、どっちが好みとかあった?」


「えー、迷うけど私はどちらかと言うと謝花まりささんの感じの方が好きかな。本当に落ち着く声でさ。あれは秒で寝れるねー」


 となると、耳かきの音にフォーカスした作品よりは、多少なりとも囁きなどが入っていたほうが好きということかな。


「遠野が聞くのは、女性がやってるASMRだけなのか? 男がやってる、いわゆる……女性向けのASMRとかは?」


「は? 聞くわけないじゃん」


 唐突な真顔。


「男に耳元で囁かれたってキモイだけでしょ。まあ、興味本位でちょっと聞いてみたことはあるけどさ、なんか妙にねっとりした声か、異様にガキ臭い声の二パターンしかなくてソッコー聴くのやめた。やっぱ、可愛くて綺麗なお姉さんにやってもらってナンボでしょ」


 おう……。その意見には完全同意だけど、思ってたよりずっと男っぽい理由だった。


「浅村は普段どんなの聴いてんの? 他にもオススメ教えてよ」


「いやまあ、本当に色々だぞ。耳かきなんかは王道だし、シチュエーションボイス系、マッサージ、散髪、その他いい音系もろもろ……」


「シチュエーションボイスって、例えばどんな?」


「た、例えばって言われても……」


 それはほぼほぼイコール俺自身の性癖を暴露するようなものなので中々言いにくいんだけど……。

 迷った挙句、「そういうお前はどうなんだよ」と矛先を逸らすことにした。


「あっ、私? 私は……まあ、いろいろ」


「おい、ずるいぞ」


 こっちは登録チャンネルとか自作の再生リストまで晒してるんだぞ。それなりの情報を開示してもらわないと、リターンが見合わない。まあ、とは言ってもだ……。


「耳舐め動画は聴いてたもんな。結構がっつり目のやつ。半面、俺が送った耳かき動画はどれも初見って感じだったから……。お前、ひょっとして耳舐め動画ばっかり聴いてるな?」


「へ? は? な、何言ってんの? そ、そそんなワケないじゃん!」


「お前、分かりやすいなー……」


 あまりに正直な反応に思わずそう溢してしまうと、遠野は柄にもなく顔を真っ赤にして耳を揉み始めた。


「今ここにバットがあったら、殴ってたよ私浅村のこと」


 相変わらず記憶飛ばしの方法が原始的すぎる!


「ま、まあいいじゃんか。俺もよく聴くぜ耳舐めASMRは。一回動画サイトの規制がキツくなって、軒並み削除やら非公開やらされたことがあったろ? あの時は辛かったな〜」


「あ、分かる〜。あれは絶望したわ。生きる希望がなくなった感じがした。あん時くらいコンプライアンスを憎んだことはないね。でもどうしても聴きたくてさ、自分で……」


 言いかけて遠野は口ごもり、さらに顔を赤々としてうつむいた。

 いったい自分で何をしたのか気にならないわけでもないが、もう何も言わない。バットで脳天をかち割られるのはごめんだ。というかこいつ、墓穴掘るの上手すぎんか?


 「ま、まあ……! そういうわけでさ、私、耳舐めASMRにも目がないわけよ。浅村、おすすめの動画、出せ」


 普段見せている太陽のような笑顔からは程遠い、口元をぷるぷる震わせながら口角だけ無理やり引き上げた歪な笑みを浮かべる遠野。目じりには涙が滲んでいる。

 これ以上刺激するのはよしとこう。この後が怖い……。


 俺は何も言わず、粛々と遠野のリクエストに応じ、先月の俺内ランキング耳舐め部門一位(総合三位)に輝いた動画を表示する。

 みみあさん『鼓膜を塞いじゃう、濃密舌圧マッサージ』だ。こんな動画を愛聴してるなんて、申し訳ないけれど他の連中には絶対に知られたくない。堂前ですらしんどい。


 しかし遠野は、「へ、へぇ~……。浅村も中々刺激強いの聴いてるね~。好きだね~」などと言いつつも、その口元は締まりなく緩んでいる。この女、興味津々である。さすがにこれは演技じゃない。遠野藍音は、完全に俺と同族、こっち側の人間だ。


「余裕そうな顔して、本当は聴きたくて堪らないんだろ? 良いぞ、ほら聴けよ。トぶぜ?」


 ごくり、と遠野が生唾を飲み込む音が聞こえる。


「ま、まあ。ちょ~っとだけ試しに。最初の触りだけ……」


 と言いつつ、遠野は自分のスマホをぽちぽちと操作して同じ動画を開きつつ、手慣れた動きでイヤホンを耳に装着した。


「――――ッ!?? ――――――………………!!!!」


 瞬間、遠野が悶えながら身をよじり始めた。俺にはその理由が分かる。


 みみあさんはその舌技で、いくつもの神耳舐めASMRを提供している投稿者だが、その作品は無駄な喋りや吐息などがないストロングスタイルで、サムネイルも黒地に白文字でタイトルが書いてあるのみのシンプルなもの。

 しかしそれ故に、その他一切の余計な情報がなく、視聴者はただひたすらに耳に感じる快感に浸ることができる。

 確かな奥行きと舌の存在感を感じられ、まるで脳の奥まで舐められているのではないかと思うほどに練り上げられた音作りも一級品。攻め方のレパートリーも豊富で、聴くものを飽きさせない作りになっているのだ。


 そんなみみあさんの作品は、余計なオープニングや前口上もなく、冒頭からフルスロットルで耳舐めが始まる。よって、遠野がこのような有り様になっているというわけだ。


「んっ……。あっ…………!」


 遠野の吐息が漏れ聞こえる。


 なんだか、このまま見ていてはいけないような気がして、俺はスッと目線をそらした。ん~煩悩退散煩悩退散! こうなったら俺もASMR動画を聴くしかない。そうすりゃ周りの音も聞こえなくなるし、俺は幸せになれるしでウィンウィンだね。


 遠野に遅れること数分。迷う時間も勿体なく、俺も同じ動画を聴き始める。再生と同時に、俺の右耳の中で、柔らかく水っぽく、蠱惑的な音が圧をもって動き始める。俺は瞳を閉じ、その快感の中に身を委ねる……。

 動画の再生が終わり無音の時間が流れたのを合図に、俺は目を明けイヤホンを外す。隣では遠野が俺を見ながらにやついていた。


「浅村、マジで気持ち良さそうだったね。でもちょっと人には見せらんない姿だったよ。気を付けな」


 お、お前がそれを言うんかい。

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