第4話 陰キャはメッセに気づかない
ところがだ。今日はいたるところで遠野の視線を感じるような気がする。特に、堂前と談笑している時なんて、明らかにこっちを見ているように思う。
俺が意識しすぎなのだろうか? でもまあ、それも仕方ないといえば仕方ない。クラスのヒエラルキートップに君臨する遠野とメッセージのやり取りをして、朝も会話してしまったのだ。浅村好太が積み上げてきた十六年間の人生で、未だかつてないほどの幸運に襲われているが、それを受け止める器が俺にはないのかもしれない。
いわゆる陽キャと陰キャの違いの一つが、幸福を溜める器の容量なのかなと思った。俺たち陰キャの容量は少ないので、少しの幸福で舞い上がり、いっぱいいっぱいになってしまうのだ。陰キャってやつは、とっても悲しい生き物なんだよ。だから優しくしてね。
ハッ! もしかして、堂前に気があるとか? ……ありえなくもない。堂前は、中身こそゴリゴリストロングスタイルのオタクだが、その実小顔で手足が長くスタイルが良い。普段はどぎつく曇った眼鏡に隠れて見えないが、顔立ちも意外なほど整っていることを俺は知っている。
うん、まあ相手が堂前なら、あり得ない話じゃないかもな。あいつ良いやつだし。
授業も話し半分に、ボーッとそんなことを考えていたら、昼休みの突入を告げるチャイムが鳴り響いた。おっとっと。こうしちゃいられない。今日も日課の準備をしなきゃな。
なんのかんのと構ってくれる堂前も、この時間は話しかけて来ない。お互いの趣味の時間を尊重するのが、正しいオタク同士の付き合い方だ。
とはいえ堂前も、週の半分位は俺と同じようにイヤホンをつけて過ごしている。曰く、らぶ☆ぱんがリアルタイムで放送していた時に声優さんがやっていたラジオや、ドラマCDなんかを何度も繰り返し聴いているらしい。
ビデオテープの時代でしたら、摩りきれてカスカスになっていたでしょうな! と、堂前は以前にフハハと笑っていた。
最低限の会話をしつつ、俺はおにぎり二つを爆速で胃に納めると、「じゃ」とだけ堂前に伝え、耳にイヤホンをはめた。「ごゆっくりどうぞ」と言い、堂前も自席へと戻っていく。
さて今日の昼は、りさまるさんの『母性溢れる大学生のお姉さんシリーズ』最新作で決まりだ。りさ姉、今会いに行くからね……。
動画を再生しようとしてふと目線を上げると、教室の前方で友人と談笑中の遠野に気がついた。視線がフォーカスされると、自然と会話内容も耳に入ってくる。
「昨日の試合、マジヤバかったな」
「分かるー。三打席連続ホームランとか、ゲームかっつーの」
「藍音ってほんとスポーツ好きだよねー。野球でしょ、サッカーでしょ、プロレスとかも好きなんだっけ?」
「あー、お父さんとか兄貴が好きで、家でよく見てるんだよね。なんとなくボーっと見てるうちに、ルールと選手覚えちゃって、そっから」
ほーん。カードゲームとか、アニメや漫画とか、どっちかと言えば男っぽい趣味にもよく興味を示すし、わりに詳しそうなやつだとは思っていたが、なるほどそれは遠野の生育環境に起因するものだったらしい。
そんなことを考えながらボーっと遠野を見ていると、今度は勘違いでもなんでもなく、間違いなく目があった。
ここで無視するのも視線を逸らすのも変だ。俺に目線を向けている人間しか気がつかないくらいに小さく右手を上げて見せる。軽い挨拶のつもりだった。
遠野が、一瞬ムッとしたように眉をひそめた気がした。
あれ……? なんか遠野、怒って……る…………?
もう一度よくよく遠野の様子を伺おうとしたが、会話を再開したらしく、俺からはもう後頭部しか見えない。
俺、何かまずったかな? けれど朝は普通に声かけてくれたし、それ以降俺と遠野の間に会話もその他接触の機会もなかった。つまり、何かをしでかす余地はなかったはずだ。
でも、心当たりがないというのが考え方によっては一番まずいのかもしれない。自覚がないままに人から距離を置かれるような所業を繰り返してしまう。こうして陰キャは孤独の沼に沈んでいくのだ。
……ほんとに原因が思い付かないな。まあ、考えても分からないことは考えても仕方がない。いつもの日課に戻ろう。
さっきまではりさ姉に会いに行こうとしていたけど、今は甘やかしたり慰めたり、ただ単に優してもらうだけではなく、少しだけこのダメな俺自身を見つめ直したい気分になってきた。
というわけで、今日の昼のメニューは炉利井ポップちゃんの『メスガキに罵倒されちゃうシリーズ』へ急遽方向転換だ。
目当ての動画をタップすると、キャンディを転がすように甘く、幼さ故の生意気さのようなものを内包した声が「お兄さん、なっさけな~」と俺を蔑んできた。そうなんです、俺は情けなくて雑魚で犬以下の人間なんです……。
こうして俺はメスガキボイスの中に脳みそを沈めていく。
ポップちゃんに甘く罵倒されること数十分。普段と変わらぬ無情さで鳴り響くチャイムの音で覚醒する。……と同時に、机の隅に覚えない付箋が貼り付けられていることに気がついた。
『スマホ 見ろ』
書いてあるのはこの二語だけだ。誰がこんなことを……? スマホを見ろって言われても、別に変わったことなんて……あ、なんか裏面に見覚えのない傷があるな……。
いつからだろう? と記憶を探りながらスマホを観察していると、カツカツカツカツ! と、妙な迫力を携えた遠野が素早く接近してきた。
「そうじゃねーよ!」
小声ではあるものの強い口調で、ズバリと言われた。
「えっと……。何が?」
「メッセージ! 送ってんだけど!」
メッセージ? と思いながらスマホ内のメッセージアプリを開くと、遠野とのトーク画面に未読件数十一件を示すバッジが付いていた。
「あ、悪いそういうことか。気がつかなかった」
そう詫びると、遠野はピッと俺に人差し指を突きつけ、「ちゃんと返せよ」と言い残して自席へと戻っていった。
想像するに、昼休み直前に俺に向けられた遠野の不機嫌顔はこれが理由だったのだろう。未読スルーしてるくせに呑気に挨拶してんなよってことね。
でも仕方ないじゃない。基本的に俺のスマホに届くメッセージなんて、大抵が飯屋のクーポンとかなので、恒常的に開いて確認する習慣がないのだ。昨日は「メッセージ来るかな~来ないかな~」とそわそわしていたのですぐに気がつくことができたけど、普段はこんなもんだ。
とはいえ事実としては、俺は遠野の連絡を無視した格好になるので、その辺りは素直に申し訳ないと思う。まだ次の授業開始まで時間があるし、少し確認するか。どれどれ……。
『とにかく耳垢を削る音が気持ちよくてサイコー!』
『壁をごりごりする音圧もちょうどいいし、何より耳垢の感覚がたまんないわ~。しっかり乾いていて、ゴリゴリパリパリする感じね!』
どうやら、昨晩共有した俺的オススメ動画への感想を綴ってくれているようだ。気に入ったようで何よりだね。
で? メッセージの方はそんな調子で続いて、最終的には「スマホ 見ろ」と、付箋にも書かれていた内容で締め括られていた。
なるほど、複数人で映画を見たあと、カフェ等で感想戦をするように、ASMRを聞いての感想を交換したいのだろう。良いコンテンツを接種して「良い」と思ったその気持ちをシェアしたいと思うのは、誰しもが抱く普遍的な欲求だ。
ところで……。
今更ながらだが、ぽちぽちと遠野に返信する。
「気づかなくて悪い。来ると思ってなくて」
「ところで、このメッセージが送信された時間が思いっきり授業中なのはどういうこと?」
少しだけ待ってみると、短いバイブレーションと共にトーク画面にスタンプが投下された。
いや、てへぺろではなくてですね……。




