第18話 松山柚希が問う
「すまないですな浅村氏。とっさのこととは言え巻き込んでしまいました。もっと良い方法が思いつけば良かったのですが」
「いや、本当にいいんだって。マジで助かったから」
このLHRは本日の時間割のラストだったので、終了後は帰宅する者や部活動へ向かう者、教室で駄弁る者など、三々五々に散り始めていた。堂前はなおも申し訳なさそうな顔をしていたが、俺に謝罪の意を示す必要は一切ないので、それを丁寧に制し続ける。
「ま、正直絵心にはそんなに自信はないんだけど、拝命した以上はできる限りやるさ。広いところの色塗ったりとか、それこそ看板組み立てたりとか、人手のかかりそうな作業であればどんどん降ってくれ。あれ取りにいって、とかでもウェルカムだぞ」
手のひらをくいくいっとやってみせる。おどけたつもりだったが、堂前の表情は晴れなかった。こうなると、まるで俺が滑ったみたいで恥ずかしい。本当に滑ったかもしれない可能性については、今は考慮しないこととする。
浅村氏、と堂前は神妙な顔で言う。
「羽咋氏と、何かあったのですかな? どうも先程のやり取りを見ていると気持ちが休まらず…………」
「いや、何かあったってほどじゃ……。ちょうど良く目をつけられてしまったって感じだとは思うけど」
ふむ、なるほど? とは言いつつも堂前は完全に納得はしていなさそうだ。
「とはいえ、気を付けてくだされ。私も彼はあまり得意なタイプの人間ではありせんが。何かあればいつでも相談に乗りますので、遠慮せず」
了解、ありがとうと堂前に礼を言う。ところで……と堂前が続けようとしたところで、くせ毛のショートカットがひょこっと目の前に現れた。
「えと、堂前……と、浅村。ちょっといい?」
松山柚希だ。クラスではいつも遠野と一緒にいる、端から見ても明るい性格の小柄な女子。彼女もまた、このクラスのカーストトップに君臨する人種だ。そのような天井人が、何故ここに? というか、相変わらず俺の名前を思い出すのは時間がかかるのね……。堂前はスッと出てきたのに。
「まあ堂前というより、聞きたいことがあるのは浅村の方なんだけど」
と思ったら目的は俺か。これは予想外だ。そんなら名前くらい覚えてきてくれよ。
「おや、浅村氏にご用ですか。ならば、私は外した方が良いですかな?」
「う、ううん、大丈夫。多分」
松山は親指を揉みながら言う。なんだか落ち着かない様子だ。そして、きょろきょろと周囲の様子を確認すると、顔を寄せてこいと、手でちょいちょい示してきた。
なんだろ、と一瞬堂前を目配せしあうが、堂前も見当ついていない様子だ。とりあえず指示のままに顔を寄せる。
いかにもヒソヒソ話という体で、松山は口に手を当てて囁いた。
「ひょっとしてなんだけど……。浅村、藍音と付き合ってたりする?」
「はあ!? な、なんでそうなるんだよ?」
あまりの質問に、俺は思わずでかい声でリアクションをしてしまった。「びっくりしたなー」と松山が耳を押さえて迷惑そうに言う。
「わ、悪い……。でも、あまりに突拍子もないこと聞いてくるから、つい」
「そんなに的外れなこと聞いたとは思わないんだけどな」
だって、と松山は続ける。
「羽咋、明らかに最近浅村を目の敵にしてるじゃん。今まで全然絡みなんてなかったのにさ」
「それ、理由になってる?」
「なってるよ、知らないの? ……って、ごめん羽咋と絡みないんだったね。うちらの中での常識だった」
松山は再びヒソヒソ声になったので、俺と浅村は再度耳を近づけた。
「羽咋、藍音のことが好きなんだよ。よく『うぜー』とか『だりー』とか言って藍音に絡んでるけど、あれは少しでも話したいからなんだよね。明らかに」
「そ、そう……だったん……だ」
我ながら全っ然気がつかなかった。大体あいつ、遠野のこと「オタクっぽい趣味がなければなー」ととかなんとか言ってた気がするけど、じゃあ何か? あれはひょっとして照れ隠しってやつなのか? 案外、可愛いとこあんじゃん?
「しかも、藍音は藍音で妙に浅村をこう……かばうでしょ? こりゃ、何かあったのかなと思って」
なるほど、松山は遠野のかなり近いところにいる女子だ。どうやら何か感付かれてしまったらしい。そして遠野が俺をかばうということは、俺の不徳によりかばわなくてはならないような事態になったということでもある。つまり元を辿れば俺のせいだ。
「ふむ、では私からも一点だけよろしいかな?」
ここまで沈黙を辿っていた堂前が口を開いた。なんだか怖くなる導入だ。それを中和(?)するためなのか、ある松山は不自然に明るく「ど、どうぞ!」と促した。
「実は私、この前見てしまいましてな……。友人の浅村氏のことですから、無粋なことはすまいと黙っておりましたが、性分は止められず私も気になっておりまして。この際ですから聞かせてくだされ。……浅村氏、遠野氏と、放課後空き教室で何やら話をしておりますな?」
答える代わりに、「げっ」と喉から声が漏れた。その反応は、イコール肯定の意味合いとして聞き手には伝わる。「えー! うそお!?」と松山のヒソヒソ声に熱がこもる。
「み、見られてたのか……」
「たまたま、ですがね。良い絵のモチーフはないかと校内を散策していた際に、偶然二人をお見かけしまして。珍しい組み合わせだと思ったものです」
「あっちゃー、それはやっちゃったね浅村。羽咋に恨まれても仕方ないよ」
「待て待て待て待て」
このままでは誤解されて話が進んでいってしまいそうだ。俺は慌てて二人を制止する。とはいえ堂前に見られてしまっている以上、ある程度は本当のことを言わねばならないだろう。
俺は一瞬考えて口を開いた。
「まあ、遠野と二人で話す機会があったのは本当だ。堂前が見た通りだな。でも、これは遠野の名誉のためにも言っておくけど、付き合ったりはしてない。たまたま共通の趣味があることが分かって、それで話してた。ほら、遠野って結構ガンガン来るだろ?」
「共通の趣味? なんかあったの?」
「えーと、最近遠野がイヤホン買い替えたの知ってるか?」
イヤホンというワードを聞いた瞬間、堂前のメガネがキラリと光り、うんうんと頷く。恐らく堂前にはバレたに違いない。というか、俺の趣味がASMR鑑賞くらいしかないことを、堂前は知っている。そんな俺と共通の趣味という情報が出た時点で、即座に相手方の趣味も確定するのだ。しかし堂前はそれを不用意に言いふらすような男ではない。俺は堂前のリテラシーを信じている。
「実はあれ、俺が教えたやつなんだ。ああいうイヤホンとかヘッドホンとか好きで、ちょっと詳しいんだよね。そんで、ちょうど遠野がイヤホンを新調しようとしてるっていうから、色々話聞いておすすめの製品を教えたりしてた。そんだけ」
我ながら事実と嘘を上手く織り混ぜられたと思う。真っ赤な嘘は追求に弱いが、この内容なら多少突っ込まれても乗りきれるはずだ。横でフムフムと頷く堂前に全てバレているのは分かっている。
「なるほど意外ですな。遠野氏もお好きだったとは。浅村氏がそうだというのは、無論存じ上げておりましたが」
「ああ、俺も驚いた。しかも、パッション的には俺以上だぞ」
それは素晴らしい、と堂前は深く頷く。俺たちの会話の真意は、きっと松山には伝わってはいない。
「へえ~、そうだったんだ。確かに藍音、イヤホン欲しいって言ってたかも。……でも、それならわざわざ別教室に移動する必要なくない?」
うっ、その通り。松山柚希、天然の顔して的確に俺の作り話の弱い点をつついてくる。えーと、えーっと……。
グルグルグルッ! と高速で脳みそを回すと、神経を逆撫でするようなにやけ顔の男の絵がパチンコのように三連で揃った。かなり嬉しくない当たり目だ。
「確か遠野が、イヤホンの話出した時に羽咋にからかわれたって言ってた気がする……。ひょっとしてそれが原因じゃないか?」
「あーなるほど納得。羽咋、たまに絡み方が鬱陶しいときあるからな……」
この嘘も事実として聞いている情報を下敷きにしているため、松山に怪しまれることはなさそうだ。人知れず羽咋の評価が下がっていくが、まあそんなのは俺の知ったことじゃない。
「基本的にはノリ良くていい奴なんだけどなー。そんなんじゃ、藍音のハートは一生射止められないよ」
「松山的には、上手く行って欲しいのか?」
少し気になって聞いてみると、「いや、全っ然」と真顔で返された。
「個人的には、藍音と羽咋は合わないと思うし、仮に付き合い始めたとしても続かないと思うな。二人とも明るくてノリ良いところは同じなんだけど、なんというかこう……方向性が違うというか。私の感覚なんだけどね」
たはは、と笑って松山はくしくし頭をかく。
「でも、あくまでもそれは私の感覚だから。口出しする権利ないし。仮に予想が外れて二人上手く行ったなら、それはそれで良いと思うんだ。できるだけ皆がハッピーになれる方が気持ちいいもんね」
思いがけず大人な意見に、俺は少しだけ面食らった。松山もちゃんと考えて人を見ているんだな。遠くから見てる分には、深いことは考えてない天然だと思っていたけど、失礼極まりない印象だった。
「なんというか……すまん」
「へ? 何に対する謝罪? ごめんよく分からないや」
気になさるな、こっちの話だと返すと「なんじゃそら」と松山はけらけら笑った。




