第17話 陰キャは応援団とは縁遠い
「じゃあ、体育祭実行委員は俺と里見がやるとして……続いて応援団を決めます。男女二人ずつなんですが、誰かやりたい人ー?」
LHRの時間、教壇に立ってファシリテーションを行うのは教師ではなく、クラス委員の小林だ。
本日の議題は、六月下旬に予定されている当校体育祭に向けた要人の選出ということで、まず体育祭そのものの運営に関わる事務局は、順当にクラス委員の二人で決まった。
続いては体育祭における花形役職、応援団の選出だが、まあ大抵この手の役職はヒエラルキートップの人間が務めるもんで、俺のような最下層の人間には縁遠い話だ。
パッと見で立候補者はおらず、皆がそろそろと顔を見合わせる気まずい時間が流れたが。
「藍音やらないの? 一年の時も応援団だったじゃん」
「あー、そういえばそうじゃん。藍音やりなよー」
女子の中から遠野を推す声が上がり始めた。
「ちょ、ちょっと待って。確かに私去年はやらせてもらったけどさ、二年連続っていうのもどうなのか……」
遠野はそう言って一歩引こうとするが、クラスの雰囲気は既に「まあ遠野じゃね」「ウチの女子っていったら藍音だよね」と、遠野決定路線が色濃くなっている。
結局のところ、学校におけるこの手の催し物というのは基本的に一部最上位層のものであって、他の奴らはそのおこぼれに預かるだけに過ぎない。所々のちょっとした場面で、彼らの青春における登場人物として関わることができるかどうか。またその役はネームドなのか否か。それによってその他大勢にとっての青春の色が変わってくるだけのことなのだ。
藍音がやるなら私もやるー! と松山が立候補したことで、女子の枠はほぼほぼ内定した。こうなるともう対抗馬は出ないだろう。この流れと、遠野藍音と松山柚希という対抗馬を押しのけて名乗り出る気概のある奴は中々いない。いたら大したものだ。仮にもしいたら、そういう奴にこそぜひ応援団をやってもらいたいもんだ。
けどまあ、カースト上位層というのもまたそれはそれで大変なんだろうと思う。先程の遠野はあからさまに乗り気ではなかったように見えたが、今は吹っ切れたように「しょーがないなあ……。じゃあ、やっちゃいますか!」と、普段通りの明るい笑顔で拳を突き上げている。しかし、人の本音ってのはそんな短い時間で変わることはないはずだ。
遠野が内心何を考えているのか、俺には計り知ることはできない。だがとにかく、周りのクラスメイトに合わせてぱちぱちと拍手をした。頑張れよ、と心の中でそっとエールを送っていると。
「女子が遠野だったら、男は浅村君じゃねえ? なあ浅村君!」
「は、はえぇェ?」
あまりに突然ぶちあげられた俺の名前を聴き、突然のことに意味不明な声を上げてしまった。まさか俺の名前が出るなんて毛ほども考えてなかったから、びっくりしちゃったじゃねえか!
浅村……? なんで浅村……? 浅村ってそういうことやるタイプだったっけ……? ていうか、浅村って誰? というざわめきの声が広がる。なんか俺のせいでクラスが困惑に包まれてしまった。誰だ。俺を辱めやがったのは。あといい加減名前覚えてくれてもいいんじゃないかな?
犯人をキョロキョロと探すと……いた。神経を逆撫でするような、気分の悪くなるニヤニヤ笑いを浮かべた羽咋が、教室広報の自席にもたれて座っている。あいつか。
小林が俺を見て遠慮がちに言う。
「えーと……。一応、そういう声も上がってるみたいだけど、浅村、どう?」
「いやいや。俺じゃ務まらないって。多分冗談だろ?」
相変わらずつまんねー、と後方からぽそりと聞こえてきた。声の主は、もう見なくても分かる。
「そっか……。でも、困ったな。他に候補もいないとなると……」
小林はぽりぽりと頭をかく。え? この流れ、ひょっとしてまずい? 立候補がない以上、現状唯一の他薦票を得ている俺が第一候補になるといいうこと? いや、それは本当にまずい。
体育祭において、応援団がどのような役割を果たすかについては、既に昨年見て知っている。一年から三年までの混合軍、およそ百数十名を前にして立ち、声を張り上げダンスを躍り、集団を行動で引っ張る。まさに体育祭における主役だ。
こう見えて俺は別に運動神経が悪いわけではないし、そうそう出す機会がないだけで人並みに大きな声は出せる。だから、応援団員としての振る舞いもできないことはないのかもしれない。けれど、それだけでは足りないのだ。集団を率いる上で最も大切なリーダーシップと人望が、俺には圧倒的に不足している。俺がいくら声を張り上げたとしても、このクラスの四分の一も俺に着いてこないだろう。
ど、どうしようと思っていると、教室中央でガタリと長身の天パ眼鏡が立ち上がった。
「いや~申し訳ない。実は事情がありましてな。このあと、看板作成班も決めると思うのですが、私と浅村氏で立候補しようと考えておりまして! というより、私が浅村氏に協力を要請したのですがね。それゆえに、浅村氏は応援団の要請にはっきりとした返事ができないのです」
堂前がまごつく俺を見かねて助け舟を出してくれたらしい。ありがたくそれに乗っかり、「そうなの?」との小林の問いに頷きで返すと、「え~」とまたまた教室後方から非好意的な声が飛んできた。
「堂前君たちで大丈夫なん? 俺、アニメキャラが看板とか嫌だわー」
「大丈夫、去年白軍の看板を描いたの堂前だから。お前の心配するようなことにはならねえよ」
言われてカッとなり、思わず食い気味に被せて言った。ここ最近の間で、同じようなことを何度かやらかしている気がする。俺、結構煽り耐性が低いのかもしれない。
嘲るように笑っていた羽咋の顔が歪み、誰にでも聞こえるような音量でチッと舌打ちをかました。教室内にピリッとした緊張感が走る。小林が困ったように眉をひそめた。
「えー!? 去年の白軍の看板って、あのめっちゃクオリティ高かったやつでしょ?」
そんな空気を切り裂くのはやはりクラスカーストの頂点に君臨する者たちだ。
「あの……なんだっけ、あの、羽根が生えた馬みたいなやつの……」
「藍音藍音、多分それペガサス。……でも、私も覚えるよあれ! 白軍の一年生が描いたっていうのは知ってたけど、堂前だったんだね!」
遠野と松山が手放しで賞賛すると、固まっていた空気が和らぐ。皆からホッ、という声が聞こえてくるようだ。そして人一番安心していそうなのは他ならぬ小林だった。
「じゃあ、順番は前後しちゃったけど、看板係は堂前と浅村ってことでいいかな? ……はい、異論なしってことで決定で。二人ともよろしく」
謹んでお受けします、と堂前は一礼。ワンテンポ遅れて、俺も「了解」と頭を下げた。
思いもよらず、体育祭で役割を得ることになってしまったが、あのまま応援団を押し付けられるよりは数倍マシだ。堂前が俺の方を見て「申し訳ない」と謝罪のジェスチャーをするのを、俺は首を振って制した。上手く助けてもらって、俺の方から礼を言わなければならない。しかし、堂前といい遠野といい、俺は誰かに助けてもらってばっかりだな……。
さて、本論の方だが、まだ肝心の応援団員が決まり切っていない。女子は遠野と松山。男子が誰になるかが問題だ。この手の役割は、意外と進んでやりたがる奴もいるもんだけど、このクラスはいなかったらしい。小林がまた困ったような表情になる。こういう時に頼りになるのが遠野藍音という女だ。
遠野はガバっと教室後方を振り返った。
「羽咋ー。あんたやれば?」
「はあ? なんで俺よ?」
「だってほら。応援団ってやっぱ声出さなきゃいけないし、皆を盛り上げる必要もあるでしょ? 羽咋なら部活で慣れてそうだし、いいかなって」
適任じゃね? と遠野。不思議なもので、遠野が言うと本当にそう思えてきてしまうから不思議だ。遠野藍音の発言力はかなりのものがある。
「いやいやいや! ダルいってマジで! 俺応援団とかマジで無理だから!」
羽咋は大げさな身振りで任命を拒否するが、その顔には満更でもなさそうな色がはっきりと浮かんでいる。その色を小林も感じ取ったようだ。
「確かに、羽咋なら適任だ! どうだ? やってみない?」
「いやマジで……」
「つーか、やんなよ。今のところ他薦で表入ってるのあんただけだし。それに、女子の応援団やってやろうっていう私の指名なんだから、拒否権はないっしょ」
いやうぜー! と言いつつも、羽咋は気持ちよさそうに口元を緩めている。なるほど「皆から注目されたい」という、少し前に聞いた遠野の羽咋評は非常に正確だったらしい。そう考えると、この男とても扱いやすい特性をしている。
その後も反対意見が出ることはなく、男子応援団員にはつつがなく羽咋が就任。もう一人は羽咋の「ツレ」が連鎖的に就任することと決定し、無事本件の決定事項はコンプリートした。
ふう、と小林が胸を撫で下ろすのが見えた。




