第11話 嫌味な陽キャに絡まれる
着ぐるみの中の遠野もさすがにこの三人組がクラスメイトの男連中だということに気が付いたようで、目に見えて動きがぎこちなくなる。が、それでも最低限の愛らしさを保っているのがプロの仕事だ。
そんな遠野を小馬鹿にするように、
「つかさ、この中ってめっちゃ暑いんだろ? 中の人汗だくじゃね?」
「よーやるわマジで。どーせオッサンなんだろうけど。ちっさいオッサン」
バンバンバンと着ぐるみを強めに叩き始めやがった。
「あ、あのーすみません。あまり強く叩くのはやめてください」
「あーすんませーん。……って、あれ? 確か……。あー、浅村君じゃん! 何してん? バイト?」
さすがにこれを見過ごすのは職務怠慢と罵られても文句言えない。すっと連中の手を制すると、さすがに俺の正体隠匿力も効果を発揮せず、普通に身バレしてしまった。身バレするまでにいささかタイムラグがあったような気もしたが、気にしないことにする。
「ま、見ての通り。それより、着ぐるみって本当に視界悪いし動きにくいから、なるべくソフトタッチで頼む」
「え? あー、いや大丈夫っしょこんくらい。中はオッサンなんでしょ?」
「いやマジで。危ないから」
淡々と伝えると、「ごめんごめん」と意味合い的には謝罪の言葉が返ってきたが、顔中から「コイツつまんな」という内心がありありと伺い知れた。「やっべー浅村君に注意されちちゃったよ」「ばっかお前、ちゃんと謝っとけ?」「つか大袈裟じゃね?」とヒソヒソ聞こえるが、こいつら人間の聴力舐めてんのか。ASMRで鍛えてなくたって丸聞こえだっつの。
「あの、用が済んだらそろそろ」
「えー、俺らのターン短くね? 前の奴らはもっと長かったろ? つか俺ら三人だし。三人分のサービスしろよ」
興味もねえのにそんな長い時間必要ねえだろ……。と内心思いつつも、タイミングが良いのか悪いのか、今は列が途切れてしまっているので中々強制終了もさせづらい。
「あー、じゃあお菓子持っていくか? 一応来てくれた子に渡すことになってるから」
「いや、いらねー! つかさ、浅村君って普段からこういうバイトしてんの?」
「いや別にいつもやってるわけじゃ……。たまたま。ちょっと買いたいものがあって」
へぇー何買うん? 興味あるわー! 返ってきたは来たものの、「イヤホン」と答えると一気にトーンダウンされた。なんだその顔。「こいつマジおもんねー」とでも言いたげな。カードとか漫画とかフィギュア買うって言えばよかったんか?
「ふーん、なんだ以外と普通の買い物だったわ」
「そういや、今週遠野もイヤホンがどうとか話してたな。なに、流行ってんの?」
「いや多分そんなことは……。たまたまだと思うけど」
いかにも興味なさそうな「ふうん」が返ってくる。
「でもアレだな。やっぱ遠野って、たまに結構オタクっぽくね?」
その言葉を受けて、遠野扮するキャラクターがぎくりと動きを固める。その様子を視界の端で捉えつつ、俺は聞いた。
「イヤホン欲しがったくらいでオタク呼ばわりは偏見ってやつじゃねえか?」
「いやそれがさ! 音楽聴くのかと思うじゃん? けどあいつって別に全然アーティストとか詳しくなくてさ。そんで突っ込んで聞いてったら、配信とか聴くためなんだってよ!」
「そういえばあいつ、アニメとか漫画とか妙に詳しいよな」
「あー確かになー。この前も……えーと誰だっけ、そうそう、角野君たちとなんかカードゲームの話してたっぽいし。そこさえ無ければめっちゃいい女なんだけどなー!」
羽咋達はやいのやいのと勝手なことを言って盛り上がるが、俺に言わせりゃこいつらの目は節穴もいいとこだ。もう全然分かってない。遠野藍音の良さのなんたるかを。
「そういうところが遠野の良いところなんじゃねえのって思うけどな。自分の好きなものに対しては真っすぐで、だからこそ相手の趣味も絶対に否定しないし」
お前らと違ってな。という意を言外に込める。
「アニメ漫画が好きなところだってよ、話しやすくていいじゃんか。コスメとかスイーツの話ばっかされるよりはよっぽどさ」
隣に遠野藍音本人がいると言うことを一瞬忘れて、俺は思わず口を挟んでしまった。
クラスの中でもギリギリ名前を覚えられているくらいのパッとしない男から急にまくしたてられて、羽咋達は一瞬面くらったように目を丸くしたが、やがてフフッと鼻でせせら笑った。
「え、何? 説教? 急に語りだしちゃって、どした?」
「つーか浅村君、なんかさもよく知ってるみたいな言い方だけどさ、遠野と関わりあったっけ? 俺、遠野と浅村君が喋ってるところなんか全然見たことねえけど」
「いや、ない。でもそんなことくらい、少し見てれば分かる」
実はなァ! 俺と遠野はなァ! 放課後やメッセージでよく話す仲でなァ! 日々熱くASMRについて語りあってんだよォ! ……なんてことを言えるはずもないので、そこは毅然とした態度で隠し通すことにした。結果、自分で見ても「なんか俺、言ってることおかしくね……?」と疑念が湧くような主張になってしまった。
羽咋達は嘲るような口元を少しこわばらせて「へ、へぇ~……」と言った。続けて
「浅村君って、こんなやべー奴だったん?」とヒソヒソ。だから聞こえてるって。
「ま、いいや。んじゃ俺らそろそろ行くわ。いやー、今日は浅村君がマジ面白いやつだって分かって良かったよ。週明け遠野にも伝えとくわ。浅村君の熱いメッセージをさ」
「いや、それは大丈夫。今聞いたから」
厚手の布を被せたような、くぐもった声が聞こえた。羽咋達の声ではない。もちろん俺の声でもない。そもそも女の声だった。
羽咋達も声の出所を探してキョロキョロとしている。そんな連中の肩を、着ぐるみがぬっと近寄りもふっと掴んだ。
「ここだよ、羽咋」
「え? は? う、嘘……。遠野? マジで?」
「ちっさいオッサンじゃなくて悪かったな。私も今日はここでバイトさせてもらってんだ。来てくれてありがと。でも、もう帰るんだね? じゃまた」
突然のご本人登場劇に(肝心の本人は今だ着ぐるみの中だが)、羽咋達は「え? え?」と戸惑うばかりで動けない。
そうこうしていると、遠くの通路から遠野の姿を見つけた子供達が歓声を上げながら駆け寄ってくる。遠野はすぐにファンサモードに切り替え、愛らしい仕草を子供に向ける。
羽咋達はなおも何かを言おうと口をパクパクさせていたが、さすがにこの状況は気まずかったようで、何も言わずに踵を返し去っていった。
それからほどなくして、本日の労働時間が無事終了した。
三度休憩室に戻ってきた遠野は、頭をガポッと外してまずは水分補給。そして、汗に濡れた顔をタオルで拭き始めた。
その間、俺は時折水を口に運ぶばかりで黙っていたが、
「私だって、コスメとスイーツの話くらいするけどな」
唐突に言われて、俺はまた水の嚥下に失敗した。
ゲッホゲホゲホと盛大に咳き込んで喉の調子をなんとか取り戻す。
「いやアレは別に、その……。つい、思わず言葉が口をついて出てしまったと言うか……。別に本心ではなくて……」
言いかけて、思わず止まった。あれはバチバチに本心だったからだ。ぶっちゃけ、俺はコスメとスイーツには毛ほどの興味もないのだ。
じっとりとした視線を俺に向け続けていた遠野だったが、早口言い訳から急停止した俺を見てぷっ、と噴き出した。
「あははははっ! だっさ、墓穴掘ってやんの! ……別に、怒ってなんかないよ。ちょっとからかっただけ。私だって全然興味のない話だってあるし、そんなん当たり前のお互い様でしょ」
「おいやめてくれよ。調子乗って失言したと思って、ちょっと焦ったじゃねえか」
「ごめんって。でも、さっきはありがと。言い返してくれて」
「いや、それもいい。俺が言いたいことを言っただけだから。なんか変な勢いで言っちゃって、思い返すと結構はずいから、蒸し返さないで忘れてくれ」
遠野は「バカだなー」と言うと、机に頬杖をついて、斜め下から俺を見上げてきた。
「そんなこと言われたら、私一生覚えていちゃうよ?」
相変わらず真っすぐな遠野の言葉に、俺は顔面の表面温度が一気に上がるのを感じる。やっぱりこいつ、相当に危険な奴だ。こいつが歩いていく背後には、人知れず恋敗れた陰キャ達が死屍累々の様相を呈しているに違いない。陰キャ達! 今すぐ遠野藍音から離れるんだ! 俺が食い止めているうちに! 早く!!
「羽咋達って、まあ別に悪いやつだとは思わないんだけど、たまにノリがキツいんだよね。めちゃくちゃ浅村をバカにしてくるからさ。我慢できなくなって出て行っちゃったよ。週明け学校気まず~」
「あ、そうそうそれも。俺の方こそ礼を言わなきゃと思っていたんだ。でも、遠野がわざわざあんなこと言わなくてもよかったのに」
「いや、そりゃ言うでしょあれは。浅村だって勢いでって言ってたでしょ? おんなじよ、おんなじ」
まあ、そう言われたらそうなのかとほんのり納得しかけつつも、一抹の罪悪感を感じる。遠野藍音の順風満帆な学生生活を、俺が乱してしまったのではないか。
俺の内省をよそに、遠野はハァーっと大きなため息をついた。
「にしても、やっぱ私って変わってんのかな? 羽咋達にさっき言われたからってわけじゃないんだけどさ」
「まあ、少なくとも耳舐めASMRのヘビーリスナーである女子高生はマイノリティだと思うけど、でもそんなこと気にする必要なくね? 本人が好きなんだからそれでいいだろと思うけどな」
「本当に?」
「本当本当。大マジだって」
ふうん……と遠野は呟く。
「ま、今日は付き合ってくれてあんがと。帰りになんか甘いもの食べて帰ろうよ。スイーツのなんたるかも教えてやるから」
奢りか? と聞くと、「割り勘だ」と無慈悲な回答が返ってきた。ま、バイト代も入ったし、よしとするか。




