↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳が溶けるほど大好きなんだ ~クラスの1軍女子は耳舐めASMRを愛しています~  作者: 荒矢田妄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/26

第10話 リアルASMRは刺激が強い

 イベントが始まるとあっという間に家族連れが大挙して押し寄せ、俺と遠野の周りにも大勢の子供たちがやってきた。もちろんお目当ては遠野(が扮するぐれたぬ)で、俺は単なるお菓子配り役だ。休日の商業施設、思った以上の盛況振りだ。

 俺は精一杯の愛想を振りまく余裕もなく、我先にを手を伸ばす手をなんとかいなしつつ、順番にお菓子の袋を手渡していく。ハイ、ハイ、ハイ! と脳内でリズムを刻む。 


 ちらりと遠野の様子を見ると、子供たちにまとわりながらも握手したり手を振ったりハグをしたりと適切にファンサービスをしていく。素人とは思えない手腕ではあるが、物を渡せばお役御免の俺とは違い、明確な終わりがないため大変そうだ。


「お菓子くださーい」


「はいはい。どうぞ」


「おにーさん写真撮ってー」


「お、おう。じゃあそっち、隣並んでな」


「ぼくのお菓子はー?」


「わ、分かった分かった。ちょっと待って」


 遠野のサポートに入りたいが中々その合間がない! 列が完全に詰まってしまわないよう、ある程度張り付いている子にお菓子を渡して引きはがしていくが追いつかない。


「ぐれたぬさんぐれたぬさん。まいか、このあとハンバーグたべに行くの。ぐれたぬさんは、なに食べるの?」


 ちらと見ると、あいかと名乗る四~五歳と思われる少女に遠野が話しかけられていた。しかしながら当然、本家ぐれたぬの声と(そもそもこのキャラクターに声優が付いているのかは分からないが)遠野は別人なので、本日の遠野は声出し厳禁だ。こういう時、隣で俺がフォローしなければならないのだが。


「ねーおにーさん! お菓子まだー?」


「おとーさんとおかーさんの分ももらっていいのー?」


 こっちもこっちで子供たちに囲まれ、遠野のもとに駆け付ける余裕がない。すると、ぐれたぬからの反応がないことを不安に思ったか、あいかが泣き出しそうな顔になってしまった。これはまずいかも、と思った時。


「今゛日゛は、お゛にぎりを、たべよーかな゛」


 しゃがれた声で遠野が答えた。


「ぐれたぬさん、こえが変!」


「ごめん゛、ちょっと風邪ひいぢゃって」


 そーなのー? かわいそうー! とまいか少女が言う。どうやら上手く誤魔化せたようだ。それにしても、喉が悪そうな喋り方に全然違和感を感じなかった。遠野、結構喉が器用だな……。

 感心しているうちにようやく第一ターン終了の時間となり、人の波が徐々に引いていく。ふぅーっと着ぐるみの中で遠野が息をつくのが聞こえた。

 さっさと休憩に戻ろうと声をかけて、俺は着ぐるみの肩を支えて休憩所へ案内する。


「ふあーっ! あ、あっつー! しんどすぎ!」


 人目につかないところに入るやいなや、遠野は着ぐるみの頭をガポッと外して蒸気した顔をあらわにする。コンパクトにまとめられていた髪の毛もやや乱れ、髪の毛が汗で顔に貼り付いていた。


「こんなに子供が来るなんて予想外だったよ……。いや人気者になれた感じがして楽しくはあったんだけどさ」


「なかなか収拾つけるのが難しかったよな……。でも遠野、かなり様になってたと思うぜ。子供に話しかけられた時とかさ。……あ、ほらお茶。ちゃんと飲んどけよ」


 あんがとー助かるーと、遠野は俺からお茶のペットボトルを受けとると、がぶりがぶりと勢い良く喉に流しこみ始めた。そしてまた一息。

 机と椅子しかない殺風景な休憩室には、施設内のざわめきやBGMがぼんやりと響いてきていた。決して無音ではないが、それ故に世界から切り離されて、この空間だけが存在するかのような、そんな錯覚を覚えた。


 俺は横目で遠野の汗ばんだ顔を捉える。頬は恥ずかしさではなく暑さのために赤く染まり、汗の滴がその顔を照らしていた。はぁ、ふぅと普段より荒い遠野の息づかいや、こくり、こくりとお茶を流し込む喉の音が、俺と遠野しかいない空間にやけに響いて聴こえて、なんだか落ち着かない。

 自分自身の胸の鼓動も妙に大きく聴こえる。けれど、俺の耳と脳は確かな快楽を感じている。不思議な感覚だ。これではまるで、まるで、そう。距離感近めのASMR作品を聴いている時のような――。


「お疲れ二人とも! いやー大丈夫だった? 予想以上の人入りでこっちも大変で……」


 感傷を切り裂いて登場したのは島田さんだった。身体がびくっとした勢いで、俺は思わず立ち上がってしまう。


「あ、お、お疲れさまです! 正直、大変でした!」


「妙にハキハキしだして、どーした浅村。忙しすぎてハイになっちゃった?」


 ま、まあそんなとこだ、と気恥ずかしさを隠しながら、再度椅子に腰かけた。


「まあ、この手のイベントは大抵最初が一番カオスで、あとは段々落ち着いていくのが通例だから心配しないで。あくまでも、大抵の場合は……だけど」


 とすると、運が悪いとこの調子で丸一日か……。なかなかしんどいな……。


 じゃあまあ時間になったら呼びにくるから。しっかり休憩するように、と言い残して島田さんは去っていく。そしてまた休憩室には俺と遠野だけが残された。

 ふう、じゃあしばらく一息だな。遠野ほど過酷な環境かに置かれていなかったとは言え、俺も俺で子供相手に喋りっぱなしで疲れた。今日一日で一週間分の声を発したような気がする。喉と唇がカッサカサだ。

 水のペットボトルを手に取り、グビッと一口飲んだその時、


「私のASMRは高いぞ」


 唐突に遠野がぶっ込んできたもんだから、俺は飲みかけていた水を吐き出しかけて、盛大にむせ散らかすことになってしまった。


「なっ、なっ、なんっ、何をっ、急にッ……!!」


「や、丸分かりだし……。チラチラ見てきてるし、耳そばだててるし、鼻息荒いし」


 そう言って遠野はプイッと向こうに顔を向ける。心なしか首もとが赤いのは、着ぐるみに蒸されたせいだろうか。


「す、すまんかった! いやその、なんというか、遠野の息づかいとかお茶を飲み込む音とか、なんか凄いASMRっぽいなと一度思ったら反応する身体を止めることができず……。悪かった。とんだ失礼を……!」


「いや、ごめん、いい。そんな謝んなくても大丈夫。言うて私も、浅村の音を聞いてなんとなく同じこと思ってたから」


「そ、そう……か」


 なんだか無性に気恥ずかしくなってきて、俺も遠野が座る方向とは逆へ視線を向けてしまう。

 とりあえず何かをしてこの時間を埋めたい。そんな心理が再び俺にペットボトルを握らせる。先程よりもいくらかもたついて蓋を開けると、一気に喉へ流し込んだ。流し込みすぎたかもしれない。普段よりも喉奥に力を込めて、ごっくんと飲み込む。

 ぷっ、と遠野の唇から破裂音が漏れた。


「あはははは! 何そのクソデカ飲み込み音! そんなデカい音立つフツー? ひょっとして、ASMR意識しちゃった?」


 う、うううるさいな。自分の喉が奏でた音の大きさに、他ならぬ俺自身が驚いてしまったぞ。とは言わず、俺は黙って水をもう一口飲んだ。

 遠野はと言えば、けらけらとひとしきり笑いきると、目尻に溜まった涙を指で拭った。


「はーウケるわ。いつも飄々としてる奴が焦ってるところは倍おもろいね」


「楽しんでいただけたようで何よりだよ」


 精一杯の虚勢を張ったが、若干の震え声になったのでこれもまた逆効果だろう。俺はもう、何も言わん……。


「でもさ、なんだか思い出したよ。私がなんでASMRにハマっていったのかって理由を。私、そういう『人が生きてる音』を聴いていたくて、それでASMRを聴き始めたんだよね。だから最初はそれこそ吐息系とか、寝息系ばっかり聴いてたな。初心に帰ったような気分だよ」


「なるほど。それがいつのまにか息だけじゃ我慢できなくなって、ベロベロに耳しゃぶられる系を聴くようになったと」


「そうそう……って、それは別にどーでもいいでしょ」


 べしっと……のつもりだったのかもしれないが着ぐるみの手なので、ぼふっと肩を叩かれた。




 島田さんの言葉通り、休憩明けの人の波は幾分か落ち着いたようだった。やって来る子供たちにも開始直後のような無秩序さはなく、順番に着ぐるみ遠野とふれ合い、俺からお菓子をせしめて親の元へ戻っていく。


 一度こういった流れができてしまえば後は楽だ。年端もいかない子供だって、周りの空気を読んでルールを自主的に守る社会性は持ち合わせている。信用しすぎるのも危ないけど、かといって舐めすぎるのも良くないよなと、まさに自分自身が彼らくらいの歳だったころを振り返って思う。


 これなら最後まで気力も体力も持ちそうだ。開始直後の勢いがずっと続いたらほんとどうしようかと思った。少し安心だわ。……と、次のお客さんはなかなか大きなお友達だね。中学生……よりも大きいね。多分高校生だね。


 というか、同じクラスの男三人組だった。思いっきり知ってる顔。ちなみに一人は羽咋だ。全員クラスの中でも結構うるさ……もとい、目立っている奴ら。他人を落として場を盛り上げるのを良しとしているようなノリと態度が、個人的には正直あまり好きではない。例によって対して話したことはないけれど、さすがに顔は覚えている。


 目の前にやってきた連中が「おっ!」と何かに気づいたような声を上げる。どうしよ、なんて挨拶しようか。無視するのは感じ悪いよな。別に進んで軋轢を生みたいわけでもないし。いやでも仕事に集中していて直前まで気が付かなかったふりをしておけば——。


「あーこのキャラね! はいはい、なんかテレビでも見たことあるわ~名前知らんけど」


「だから言ったろ? そこそこ有名だって。まあ俺もそんくらいしか知らねーんだけど」


 わいのわいのと着ぐるみを取り囲み始める。うーん全然気づかれてない。というか、夏目前にして未だに同性のクラスメイトからも覚えられていない可能性すら浮上。そういや俺、松山にも覚えられてなかったな。ひょっとして、高校生になり俺のステルススキルが開花し始めている? 将来はスパイになって、国々を股にかけて暗躍すべきかもしれない。俺が国際社会を裏から牛耳ってやるよ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。