第五話 笑顔の裏側・闇の入口
王太子ジュリアンの傍には、マティアスもアルベールももういない。
それでも王太子執務室は以前と変わらず明るく、新人職員に人気の場所だった。
「王太子さまのもとで、精一杯学ばせていただきたいです!」
「王太子さま、ルクレ補佐さまのお傍で、お手伝いさせていただければ光栄です!」
家のためではなく、より良い上司のもとで学びたい。
その思いが彼らを動かし、次々と売り込みが来た。
「ルクレ補佐さまの隣のお席に座らせていただくのは僕です」
という、勇敢な新人まで現れた。
これには、さすがにジュリアンも「なぜだ?」と聞いた。
「本当に優しい方です。何を尋ねても丁寧に教えてくださる上、決してお怒りになりません」
と、嬉しそうに目を輝かせて答えた。
(あれ? 叱ったことはあるはずなのに?)
と、エルミージュは不思議に思っていた。
ジュリアンにも、エルミージュにも、マティアスとアルベールがいない寂しさがある。
それでも、思いは表に出すことなく過ごしていた。
そんなある日、宰相補佐官ギルガンディアが、王太子執務室を頻繁に訪れるようになった。
宰相補佐官なのだから、別におかしなことではない。
だが、必ず王太子と二人きりになろうとしていた。
護衛騎士すら『人払い』と称して追い払う。
補佐官たちは、そんなギルガンディアを快く思っていなかった。
たまに二人きりにならず、補佐たちとも話すことがあった。
しかし、世間話のような内容なのに、皆が憂鬱になった。
「私はこの歳で宰相補佐官ですぞ! 当然私を敬いますよね? 偉いんですから!」
いかに自分が有能であるかと自画自賛が始まるからだった。
ギルガンディアと二人きりになった後のジュリアンは、必ず機嫌が悪い。
疲れ果てて、強い苛立ちを垣間見るようになった。
ジュリアンが、ぼーっとエルミージュを見つめる行動も頻発していた。
エルミージュが視線に気付き、小首を傾げてジュリアンを見返す。
少しして正気に戻り、彼はニカッと笑い返し政務に戻る。
この繰り返しが、日常化してきていた。
ある日、
「どうされました?」
エルミージュが尋ねると、ジュリアンは重い口を開いた。
「なんでもない……君はもっと単独で任務をこなせ」
「しておりますが……何か不都合がございましたか?」
ジュリアンは視線を落とし、言葉を飲み込むようにして続けた。
「だよな……ちゃんとやってるよな。でもアイツ、何も見ないんだ」
握りしめた手に力を込め、忌々しげに
「何故、君のことを認めようとしないんだ?」
悲しげな瞳で、エルミージュを見つめた。
「そういう方なのですよ。かばって下さり、ありがとうございます」
「庇ってなどいない。本当の事を言い続けているだけだ」
ジュリアンは弱々しい声で言った。そして、
「奴は、皆を認めようとしないんだ。もう疲れたよ」
そう言って、ジュリアンは黙り込んだ。
この頃、エルデリア国王は第二王子マティアスの留学先であるベルテア王国へ赴いており、不在だった。
エルミージュは通信を通して陛下に相談するよう伝えた。
ジュリアンが、陛下に相談出来たかは、誰にもわからなかった。
彼は誰に相談することもなく、一人で溜め込んでいった。
息抜きをしようにも、マティアスもアルベールも傍にはいない。
それでもジュリアンは明るさやヤンチャな面が失われることはなかった。
彼の素直過ぎる内面は関わる人間によっては、危険だった。
そのことにエルミージュも気付けなかった。
アルベールの最後の言葉を、エルミージュは聞かされていなかった。




