第四話 気付かれぬ静かな崩壊
第二王子マティアスがベルテア王国へ留学した。
悪い出来事ではないのだが、どこか寂しい。
そんな思いが人々の心の内に漂っていた。
王太子執務室では、ある人物がその静寂を打ち破った。
マティアスが去ったいま、ただ一人の側近であるロナン侯爵令息アルベールが、王太子側近を突然辞した。
アルベールは男気の強い性格で、物言いは怖いが、筋の通らないことが許せない。
王太子ジュリアンより一歳年上の十五歳の多感な年頃だ。
「ジュリアン、あの男の影響を受けるな! 決して近付けてはいけない!」
「あの人だって、そんなに悪くないんだよ。そこまで警戒する必要はないよ」
「悪くなければ何をしてもいいのか? どうしてわからないんだ……もう、俺には耐えられない」
側近を辞する前、ジュリアンとアルベールは何か揉めていたと、エルミージュは護衛騎士から聞かされた。
揉めて数日後、アルベールは姿をくらました。
辞職の旨を伝えるために登城したあと、侯爵邸に戻ってこなかった。
アルベールは宰相の息子であり、ジュリアンの従兄であり、次期宰相だった。
それがある日、彼の歩むはずだった道は狂い始めた。
宰相であるロナン侯爵は、三ヶ月前、急な病で身罷られたのだ。
前日まで、とても元気で、常に周囲を笑わせていた豪快なお方だった。
次期宰相のアルベールが、すぐに宰相職を継ぐには、十五歳という年齢が枷になった。
少し早すぎると判断された。
アルベールは語学は得意ではなかったが多方面に非凡な才能を持っていた。
それでも、老獪たちは宰相の任に就くには若すぎる、時期尚早と決めた。
だが、宰相の要職を長く不在にするわけにはいかない。
宰相補佐として、最近城に上がってきた商人上がりの男が取り立てられた。
何らかの功績があり採用されていたはずだが、誰も功績内容を知らなかった。
この男、セルド・ギルガンディアが実質的に宰相の職務を行うこととなった。
ギルガンディアはクセの強い男だった。
常に卑屈に動くギルガンディアを、アルベールは毛嫌いしている。
アルベールとギルガンディアは水と油だった。
絶対に認めることができないギルガンディアが宰相補佐になった。
俺が次期宰相だというアルベールの矜持もギルガンディアと衝突する要因になった。
ぽっと出の胡散臭さこの上ないギルガンディア。
そんな奴が宰相補佐となり、王太子の職務に色々と口を出し始めた。
これは、アルベールの神経を逆撫でしていた。
「あの物の言い方どうにかならないのか?」
「悪気がない? 悪気がなければ何をしてもいいってわけじゃないだろ!」
「あいつの話は、底なし沼に引きずり込まれるような気持ち悪さがあるんだ」
アルベールはエルミージュに、その苛立ちをブツブツと零していた。
彼は従兄弟でもあるジュリアンのために、我慢し続けたが、続かなかった。
側近を辞するのみならず、彼はエルデリア王国から姿を消した。
その後の消息は誰にも分からなかった。
弟であるマティアス、従兄でもあるアルベールという大切な側近二人を失った。
ジュリアンは、両翼をもがれた状態となり、深海の底のように失意は深かった。
「アルベールは馬鹿だ」
と、ジュリアンは言い続けた。
二人を立て続けに失って一年。
十五歳になったジュリアンは、新たな補佐官達に囲まれ、粛々と政務を行っていた。
元々他人と接する時の距離が近いジュリアンだったが、この頃からさらに距離感が近くなっていった。
甘えるような仕草を人々がよく目にするようになっていた。




