第十六話 精霊の揺り籠
真っ白い光が、人の目には眩しい精霊界。
目が慣れてくると周囲の景色が見えてくる。
澄んだ空気が満ち溢れた心地よい世界が広がっている。
エルミージュが、横たえられている傍に、五歳くらいに見える小さな男の子が甲斐甲斐しく動いていた。
「ね~ん、ね~ん、眠れ。健やかに~。は~やく回復しましょ~うね」
しまいには歌いだしていた。
なんとも緊張感のなさには、ハラハラしながら物影から様子を見守っていた他の精霊たちが苦笑した。
「今日も順調に回復してますね。良い姫様です」
小さな男の子は状態確認を行い、晴れやかな顔で独り言を言った。
「セリュス、目覚めそうなのか?」
ふいに背後から声がかけられた。
小さな男の子は名前を呼ばれた方を向いた。
風の精霊王シルフィエリスが部屋に来ていた。
「いえ、いましばらくかかります。でも、何十年もかかることはありませんよ、父上。この姫様は、かなりの頑張り屋さんですね」
とセリュスは笑った。
「出来る限り早く帰してやりたい。元凶には我も報復したいしな」
と、精霊王らしからぬ悪い笑みを浮かべた。
「父上、報復ではなく諭すのでしょう。気づかせてから」
「セリュスも相手を知れば、諭すことが届かぬと気づくさ。さすがにさじを投げたぞ」
シルフィエリスは人間界の映像を見ながら続けた。
「こそこそ影に隠れて、何かあれば自分は悪くないと押し付ける。加護で守られても悪運が強いと思う。己の力だと過信して権力の威を借りる。きりがないぞ」
「それは、またなんともな……」
「エルデリアの者は心の綺麗な者の集まりだったのだが……これまでなのか」
風の精霊王にさじを投げられた人間。
なんとまぁ、とセリュスは同情した。
気付き、悔い改めるだけで良かったのにな、と。
それが人間には難しいということは、セリュスは知らない。
気付くこと自体が難しいということに。
さらに、気付いたとしても、自分の至らなさを認めて変えていける人間は、さらに少ないということに。
それから幾日もしないうちに、エルミージュが目覚める時に向けてセリュスは、ある仕掛けをした。
エルミージュの父セルジオと弟リオネルに彼女の声が届くようにした。
喜んでくれるかなという想いからだった。
精霊王の許可も得ず、セリュスが勝手に行った特別なことだった。
のちにエルミージュが目覚めたとき、
「ここどこですの? 真っ白の光しか見えないですわ」
と、突然エルミージュの声が降ってきた弟リオネルは、腰が抜けそうになった。
父セルジオは持っていたティーカップを落とし、書類を水浸しにした。
眠りから覚めたとはいえ、完全には回復していない。
気を緩められない状態なのに、エルミージュは家族の様子を日々確認していた。
そのため、エルミージュの姿が消えかけてしまい、セリュスは焦った。
ここまで無茶をする令嬢だとは思っていなかった。
それでもエルミージュは、リオネルが呼びかければ応えるようにしていた。
彼は精霊を視認できる。
ルクレ家の血筋は目には見えない者が視える血筋だった。
声だけでなく、姿を視ることができたリオネルの安心感はひとしおだった。
セリュスは、エルミージュだけでなくルクレ家の者が好きだ。
綺麗な祈りを持つ人達が、大のお気に入りだった。
リオネルにもセルジオにも喜んでもらいたかった。
目覚めたことを一番に知れるように、彼らにだけ声をとどけた。
ルクレ家の敷地だけ精霊界と繋げた。
セリュスは、まさかこれが騒動の引き金になるとは考えもしなかった。
王都のルクレ邸に通っていた第三王子にエルミージュの姿が視られてしまった。
セリュスもエルミージュも、どうせ視えないと油断していた。
第三王子がエルミージュに求婚してしまい、その騒動から王太子ジュリアンにエルミージュの生存が疑われることになった。
精霊界で保護されていると、真実に辿り着く可能性が高くなった。
不完全だが、帰せないことはない。
エルミージュの回復計画と帰還計画が練り直された。
良いことをしたはずなのに、セリュスはシルフィエリスからは小言をもらう羽目になった。




