第十五話 深海の底、静かな決意
ルクレ領の邸に新しく整えられた部屋で、リオネルは泣き暮らしていた。
「姉さま……僕がもっとしっかりしてさえいれば……姉さまを護れていたら」
長姉エルミージュとの思い出の残る品や景色に触れるたび、涙が止まらない。
何をしていても突然涙が流れ、胸に風穴が開いたように冷たい風が通り抜けていく。
リオネルはエルミージュを護れなかったと、底なし沼に引きずり込まれ浮上出来なくなっていた。
下手な声かけなどできない状態だった。
日々元気がなく、必要最低限しか話さなくなったリオネル。
見かねたセルジオは、重い口を開きエルミージュのあの日の真相を話した。
「あの日、エルミージュを連れ去ったのは、風の精霊王様だ」
リオネルの肩がピクッと動いた。
「精霊界で心身の回復に入っている。いつ眠りから覚めるかはわからない」
セルジオは穏やかに、リオネルの様子を見ながら言葉を続ける。
「何十年も先かもしれない。目覚めないかもしれない。が、ゼロではない。エルミージュは戻ってくるよ……私も、戻る日を信じて環境を整えているんだ」
ただの慰めと受け取られるかもしれない。
それでもセルジオ自身にも言い聞かせる言葉だった。
黙って静かに聞いていたリオネルは、
「戻られるのですね?」
一言呟いたあと、続けた。
「今度こそ僕が護ります。もう誰にも手出しさせない」
と、両手を握り締めセルジオをまっすぐ見つめながら伝えた。
そして、「ごめんなさい。姉さま」と声を上げて泣いた。
セルジオは、そっとリオネルを抱きしめた。
自分が忠告を聞かず魔獣ヴァンリュールと戯れたことが原因で、長姉を失うことになった。
リオネルの中では、その想いが消えなかった。
自分のせいだと、ずっと責め続けていたのだ。
自分の甘えから取り返しがつかないことをしたと。
七歳の少年の姉を失った心の痛手は誰にも補えなかった。
その日以降、リオネルは次姉セリーヌにもセルジオにも甘えなくなった。
子供特有の無邪気さは消え、涙すら見せることがなくなった。
学問、剣術、武道と、ありとあらゆる物を身につけるべく貪欲に学んだ。
そして、彼は急速に大人びていった。
王家より、近衛騎士の打診があっても表向きは穏やかに断った。
王太子ジュリアンとエルミージュの確執を知ったリオネルは、王太子をよく思っていなかった。
王家の為に動くなど微塵もなかった。
打診は国王からであったが、代が変わればジュリアンになる。
それが受け入れられなかった。
『あの国王だから、不敬罪に問われなかったんだぞ』と、セルジオにリオネルは灸を据えられた。
リオネルに灸を据えるセルジオも、あの事件以降王都に戻ることはなかった。
復興に時間がかかるという理由をつけ、ルクレ領に引きこもっていた。
王都にて必要な事は、エルミージュの祖父セリュール侯爵がすべて代行するという体制にしていたのだ。
王太子ジュリアンには国王からも正式に告げられた。
「ルクレ伯爵家長女は生死不明、消息不明だ」
ジュリアンは、国王をキッと睨み、
「生きています。誰かが匿っているんです」
と、爪の跡がつくほど拳を握り締め憎々しげに言った後、俯いた。
「何のために? 影の者が見た白銀の光は消滅時の光だと結論が出た」
国王はジュリアンに近寄り、うつむいた顔を手で持ち、上げさせた。
「お前は、この始末をどうつける? どのような王になる気だ? 素直すぎても弱すぎても為政者にはなれぬぞ」
「エルミージュさえ居てくれれば……俺は」
「失ったものは、元には戻らない。失う前に気付ける機会はいくらでもあったであろうに……」
国王は今はまだ聞く耳を持たないかと、これ以上は叱咤することはやめた。
いつか来る期日までに気付けよと、心で呟きジュリアンを見つめていた。




