第十七話 消えた架け橋と繋ぐ者たち〜第二部完〜
王太子ジュリアンが、エルミージュまでも失って二ヶ月が経とうとしていた。
王宮の庭園は花々が咲き乱れ、季節が巡っていた。
ジュリアンは庭園で一人空を眺めていた。
ここは、幼い頃エルミージュと初めて会った場所だった。
あの頃は、弟であり第二王子のマティアス、従兄のアルベールとともに政務を行っていた。
毎日が目まぐるしかったが、不思議と疲れは感じなかった。
(エルミージュは、俺のことをどう思っていたのだろうか)
(言葉にしなくても、伝わっていたのだろうか)
いまさら考えても意味のないことなのに、ジュリアンは思考の闇に落ちていた。
ジュリアンも薄々気付き始めていた。
自分の傍に最後に残った幼馴染、エルミージュとの仲をおかしくした要因に……
マティアスも、アルベールもいなくなり、ジュリアンの傍にいたのはエルミージュだけだった。
彼女には、なんでも話せた。すべて受け止めてくれた。
馬鹿にすることなく聞いてくれていた。
そんな彼女に、いつしか甘えていた。
決していなくならないと奢っていた。
何を言ってもいい、何をしてもいいと彼女の器の大きさに甘えていた。
(俺は大馬鹿者だ)
エルミージュがいた時は、物事のすべての流れに滞りがなかった。
「君、あれを持ってきて」
「あれとは何でございますか?」
「……いや、いい。自分でするよ」
ジュリアンは多忙のせいか、物忘れなのか伝えることが出来ない時があった。
そんな時、いつもエルミージュに助けられた。
自然と人が話しやすくなる空気を作り、言葉足らずの者の思いを補う。
まるで通訳のように、互いの意図を繋いでいた。
王族と民や新人との橋渡しをする、エルミージュの存在は特別だった。
(本当に消えてしまったのか? 俺があんな言葉さえ言わなければ……)
(誰が大事なのかなんて、どうでもいいことだった……)
あの時、エルミージュは答えなかった。
答えることなく……直後に魔力暴走を起こした。
ジュリアンの周りからは、エルミージュと距離が開き始めた頃から人が消えていった。
エルミージュのいない王太子執務室は、かつての明るさは消え、黙々と仕事をこなすだけの場所になった。
ジュリアンを慕う部下もいなくなった。
王太子として接してはいるが、それだけだ。
自然と人が集まっていた以前とは違い、普通の王族になっていた。
まるで運に見放されたかのようだった。
エルミージュは、人と人とを繋いでくれていたのだ。
言葉足らずや、勘違いされる会話の時に、さりげなく手を差し伸べる。
勘の良さなのか、察知能力なのか、エルミージュは誰よりも繋ぐ役目に長けていた。
王太子や国王という雲の上の人へ、敬意は失わず接する事が出来るように。
新人や民衆との橋渡しを自然にしていた。
支える者であり、単独でも動け、采配できる者だった。
その稀有な能力をわかっていたはずなのに、ジュリアンは……
今ジュリアンの傍にいるのは、挨拶のように人を貶める言葉を言い募る、宰相補佐ギルガンディアだった。
「君、もっと無駄なく動け。そんなんじゃ評価できないぞ」
ジュリアンは、知らず知らずのうちにギルガンディアの口調にそっくりだった。
今度はエルミージュではなく国王に指摘された。
指摘されて数日は本来に戻るが、結局そっくりな口調に戻ってしまう。
エルミージュがいない今、臣下との間を取り持つものはいない。
すれ違いなど放置のまま、気づく者はいない。
ジュリアンさえ心が強ければ、この事態を招かなかったのかもしれない……
この程度のことが、人を失うことに繋がるとは思ってもいなかった。
周囲の悪意ある様々な言葉は、ジュリアンの心に静かに根を張っていった。
心が強くても、一人では同じ結果になるだろう。
マティアスとアルベールをジュリアンから引き離したことは、長い時間をかけてエルミージュを失わせることにつながった。
無意識に悪意を垂れ流す者を野放しにしたことも、人々の手のひらから零れ落ちるように、大切な物が静かに消えていくことになった。
エルミージュのいない世界は、ジュリアンの世界から静かに色を失っていった。
『殿下、しゃんとなさいませ』
『早く来てください。マティアス様がお菓子を食べ尽くしてしまいますわ!』
エルミージュとの記憶がいくつも流れ出てくる。
ジュリアンは何度も庭園に来ては、あの頃の記憶に溺れていた。
もう元に戻ることはないのに、ジュリアンは過去の残像に悔いていた……
繋ぐ者も、癒す者ももういないのに……
◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、ルクレ領邸を一望できる高台で、夜空に光る星を彷彿とする、冴え冴えとした銀髪に青い瞳の美少年が、目深にフードを被り街を見下ろしていた。
彼は、レオルディア帝国の商船に同行しエルデリア王国に来ていた。
光の柱事件が起きた日、彼は異様な胸騒ぎがしていた。
突然、「ダメだ! ミュウ!」と叫び席から立ち上がった。
胸を締め付ける痛みが走り、上手く呼吸ができなかった。
なにごとだ? と周囲は訝しんでいた。
今、高台からルクレ領邸を見つめる彼の手には、
『エルデリア王国にて光の柱出現! 巻き込まれた伯爵令嬢生死不明!』
という見出しが踊る、レオルディア帝国でばら撒かれた号外記事が握り締められていた。
「すぐに来られなくてごめんね……」
彼の手はさらに強く握りしめられていった……
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