第十一話 湖畔に潜む危険(前編)
リオネルは父セルジオと共にルクレ領に帰ってきていた。
ルクレ領は、王都から比較的近い南東の場所にあった。
次姉セリーヌは、他家の子息・子女たちと共に、数日間の遊学で他国へ赴いており不在だった。
彼女は、得意分野である魔導具開発を学ぶために喜んで出発していった。
本来ならリオネルたちと一緒に来るはずだった長姉エルミージュは、後から遅れて合流することになっている。
出発直前で王太子ジュリアンに呼び出され、共に来ることは叶わなかった。
最近、何かと王太子ジュリアンがエルミージュを独占する。
仕事だから仕方ないと思っても、リオネルは気に食わなかった。
父セルジオも、エルミージュを心配していた。
帰りが遅いことを快く思ってはいないのだ。
明らかに過重労働になっている。
エルミージュは家族に心配かけまいとして、弱音を吐くことは少ない。
せっかく家族一緒にのんびり移動から楽しめると思っていたリオネルは面白くなかった。
移動魔法を使えば一瞬で済むが、そんな味気ないことはしない。
あくまでも、魔力を使わない人々と同じようにしたかった。
だからリオネルは幾日も前から楽しみにしていた。
エルミージュの前では、物分かりの良い子供の顔で、
「わかりました。父上と先に行っています」
と、後ろ手に自分の服の裾を握り締め、笑って告げていた。
リオネルは、父セルジオと二人での移動も嬉しい、
が、エルミージュがいれば更に嬉しい。ご褒美だった。
ルクレ領の邸に到着後、リオネルはすぐに『敷地内を探検します』と、一人遊びに出かけた。
彼にとっては、むしゃくしゃする気持ちを落ち着けるためでもあった。
一人きりになりたかった彼は、身体の小ささを利用して護衛を巧みに撒いた。
「ちえっ!」
リオネルは手に持った木切れを振り回し、草木にぶつけながら歩いていた。
「僕一人だけだって楽しめるもん! 姉さまがいなくたって……」
護衛がいない気楽さから、一人で歩き回っていた。
そのうち見つかるだろう、それまでの自由だった。
「湖のほうに行ってみようかな……」
リオネルは、邸の敷地内をあちこち探検と称して歩き回り、湖の近くまで来た時、小さな白い動物を見つけた。
「あっ! 狐ちゃん」
白っぽい小さな狐のような動物は、毛並みがボロボロでやつれて見えた。
不思議だったのは、瞳の色が青色に見えたことだった。
リオネルは疑問を抱いたが、すぐにかき消えた。
遊んでくれとばかりに、リオネルはその動物を追いかけた。
追いかけながら、エルミージュに言われていたことが頭をよぎった。
『領内で、可愛らしい動物を見ても無闇に近付かないでね。特に狐に見える動物は近寄っては駄目よ』
と、忠告されていた。
でも、大丈夫だよと思った彼は気にとめなかった。
その動物は捕まえようとしても、捕まえることが出来ない。
リオネルの足元をクルクルと器用にすり抜けた。
目が回りそうになりながらも、逃すものかと攻防戦が続いた。
そのうち、濃い緑色に金色の粒子が混ざった光がリオネルから、わずかに漏れ始めた。
その動物はリオネルの足元を回りながら、わざと尻尾でリオネルの身体に触れていた。
触れるたびに、リオネルから光が狐に吸収され、外にも溢れていた。
その動物に吸収されるたびに、狐の毛並みは艷やかになっていた。
そんなことなどお構いなしに、リオネルはやっと動物を捕まえ抱きしめた。
「あれ?」
(なんか、変だ……)
抱きしめた瞬間リオネルは息が切れた。
追いかけすぎて、疲れてしまったのだと彼は思った。
急速に身体が鉛のように重くなり、目がチカチカする。
その場に座り込むつもりが、崩れ落ちるように倒れた。
倒れた彼の身体は熱くなり、身体全体から濃い緑色に金色の粒子が混ざった光が大量に漏れ、一気に、その動物に吸収された。
あたかも霧が立ち込めるように、辺り一帯にも漂った。
リオネルから出ていた光は、リオネルの魔力色だった。
魔力は個人によって微妙に色彩が異なる。
リオネルに抱きしめられていた動物は、倒れたリオネルの手から抜け出た。
ありがとうとでも言うように、一度振り返り、繁みの中に消えていった。
最初に見かけた時とは、違って綺麗な白いツヤツヤとした毛並みで、とても元気な姿になっていた。
薄れゆく意識の中で、リオネルは反省した。
(心配してくれると思った、心配させたかった)
(僕を放置してる姉さまなんか、心配させてやると……)
(もう会えないのかな、姉さまたちに。失敗してしまったな……)
「リオネル様!」
リオネルは、遠くから護衛の声が聞こえた気がした。
湖周辺へ捜索に来ていた護衛が、ほかの場所へ捜索に移動しようとした時、霧のように立ち込めたリオネルの魔力色に、気づいて見つけ出したのだった。
リオネルが巧妙に逃げ回って、隠れたことが護衛の失態につながった。




