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【完結】翡翠色の光と銀の風〜失われた架け橋〜  作者: 碧風瑠華


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第十話 翻弄される絆


 王太子ジュリアンが、どこかおかしいとエルミージュが感じ始めたのはいつからだろう。

 微妙な違和感。

 きつい物言いをするようになった。

 部下を詰問する回数も増えている。

 明らかにおかしいと感じるが、正体がつかめない。


 エルミージュが人との仲を取り持つので、事なきを得ていた。


 そのエルミージュに対しても、王太子の接し方がきつくなっていた。

 かと言って以前と変わらずおふざけをしてくる時もある。


 どう接すればいいのか、得体の知れない不安にエルミージュは苛まれていた。


 王太子の側近は、マティアスとベルナールを失って以後、失態ばかりだった。

 人が入れ替わってばかりで、落ち着かない。

 その苛立ちの矛先が、一番近くにいるエルミージュに向かっているとしか思えなかった。


 ある日、エルミージュの職務に必要な魔導具が能力不足だった。

 彼女はジュリアンに増強を願い出た。


「必要ない。ある物でなんとか出来ないのなら、そこまでだ」


 ジュリアンはエルミージュを見もせず吐き捨てた。

 いつも相手を見て、穏やかに話を聞く彼とはかけ離れていた。


 ジュリアンは追い打ちをかけるように、続けた。


「増やしたからと言って、出来るようになるわけではないだろう」


 彼女の作業には足りないから、そう言ったのに。

 仕方なくエルミージュは自腹で可能か検討することになった。


 しばらく後に、他の補佐官が申請した時には、簡単に通るのだった。



 またある時は、ジュリアンは他部署から来ていた女性文官と楽しげに会話をしていた。

 男勝りの文官で、見た目の女性らしさのない男爵令嬢だった。

 相変わらず、距離感の近いジュリアンは、彼女の手を指先で撫で頼み事をしている。


 王太子と変な噂が立ったり、彼女が誤解しても困る。

 注意したほうが良いか、エルミージュは気が気ではなかった。


 この時も、財務大臣が王太子の背後で、話しかけようと待っていてもお構いなし。

 人目もはばからず、親しげにしているようにしか見えない。


 ジュリアンも背後で待っている財務大臣に気付いていない。


「他に足りない物はないかい?」


 と、爽やかな笑顔で女性文官に優しく聞いていた。


 エルミージュが申請した時には、却下されたのに。

 優しく聞いているジュリアンは同じ人物とは思えず、エルミージュの心は痛んだ。


 そして、ハラハラしながら見ていたエルミージュとジュリアンの視線が合った。


「エルミージュは? 足らなければ追加してね?」


 ジュリアンは昔と変わりない親しげな顔で言った。


「!?……同じ物を申請いたしましたが、必要ないと殿下に却下されました」


「俺に? 俺がそんなこと言うわけないだろ? 記憶にないな……」


 ジュリアンは少しの間考え込んだが、笑い飛ばした。

 それが一番エルミージュには堪えた。


(私は嘘なんか言ってないわ。なんなのよ)


 エルミージュはため息をつき、背後の財務大臣を示した。


「先程から、お待ちです」


 心の中では、もう何も言う気になれなかった。


 王太子と女性文官の二人だけのような時間は終わり、彼女はそそくさと帰っていった。



 その日、エルミージュはジュリアンと二人だけになるタイミングを作った。


「最近おかしくありませんか? ジュリアン様は、わたくしをお嫌いですか?」


 エルミージュは単刀直入にぶつけた。

 ジュリアンは、目を合わせようとはしない。


「やれるところまでやると決めておりました。職を退かせて頂きますね」


 やっとジュリアンがエルミージュを見た。

 驚愕した目からすがるような目に変わり、首を振っている。


「嫌だ。違う。駄目だ」


「どうされたいのですか?」


「言わなくてもわかるだろう……俺がどう思っているかなんて」


 これには、エルミージュが驚いた。


「言葉にしなければ、形にしなければ、伝わらない事などいくらでもあります。伝えずに失う人はたくさんおられます」


(わかるわけがないわ。わからないから聞いているのに)


 その日の二人だけの会話は、ここで終わってしまった。

 



 エルミージュから見ると、王太子は二重人格になってしまったのか、と言いたくなる。

 最近の王太子の変貌ぶりに翻弄されていた。


 記憶がないとはどういうことなのだろうか。


 いつの間にか、殿下に嫌われてしまったのだろう。

 私はもう殿下を支える必要はなくなったのだろう。


 そして……あの時、私が殿下を投げ飛ばしてしまったから……痛い思いをさせたから。


 何もわからないままただ心の距離だけが開いていく。

 嫌われたのだと、エルミージュは落ち込んだ。


 繰り返し積み重なった王太子の行為は、信じていた人による大きな裏切りとして、エルミージュの中に鉛のように沈んでいった。


 いつでも職を退く準備は固めておこうとエルミージュは動き出した。

 恩は十分返したわと思った。


 やんちゃな少年たちと笑顔の絶えなかった執務室は遠い過去の残像に成り下がっていた。






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