表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/20

風の噂と、宙を舞う酒瓶

 夕暮れの〈月夜の杯〉は、いつにも増して賑やかだった。


 今日やって来たのは、街道を旅する小さな商隊。獣使いや魔道具職人を含む男女6人ほどの集団で、どの顔にも旅の疲れと笑顔が混じっている。


「店主さん、この町に来るたび噂だけ聞いててな。やっと寄れたよ」


「“冷たい酒に、温かい言葉”って言うんだろ?」


「ここの“月の雫”ってやつ、一度飲んでみたかったんだ!」


 初めて来たはずなのに、まるで常連のような勢いで喋る一団に、ミアはややたじろぎながらも笑顔で応じた。


「皆さん、お酒の種類はお任せですか?」


「おう、任せた!オススメで頼むよ、若いの!」


「若くてすみませんねー!」


 ロルフはいつも通り無口に、それでいて的確に注文を捌いていく。


 旅人の男のひとりが、カウンターでグラスを傾けながらロルフをじろじろと見た。


「アンタ、ただの店主にしては手際が良すぎないか? 

もしかして昔、王都の貴族の執事とかだったんじゃ?」


「貴族の前でしゃべるときゃ、もっと猫かぶる」


「ははっ、たしかに!」


 ふと、別の女性客が小声で言った。


「なあ、さっき飲んだカクテルさ……なんか、見た目がすごかったな。まるで……酒が、浮いてたみたいだった」


「そうそう!重力魔石でも仕込んでんのかと思った!」


 ミアが、ふふんと胸を張る。


「それ、ロルフさんが“動きながら注ぐ技術”なんですよ。

3種類の比重の違う酒を、それぞれ傾けながら層にして――氷に当てる角度も計算してるんです」


「それ、魔法よりすげえだろ……!」


「ロルフさん曰く、“魔法で味は整わねえ。整えるのは技術と手間”だそうです!」


「名言っぽい!!」


 店は笑い声と酒の香りに満ちていた。


 そんな中、ひとりの獣使いの青年がふと思い出したように話し出した。


「そういや……ちょっと前、北の方の町で“あの香り”に似た匂いを感じたことがある」


「どの香り?」


「これだよ。“月の雫”の香り。

旅籠の台所近くでな。一瞬だったけど、甘くて、ほんの少しだけ冷たい匂いがして……なんでか、心に残ったんだ」


 周囲の旅人たちは耳を傾ける。

 ロルフは黙って、その声だけを聞いていた。


「で、厨房から出てきたのが……一人の女だった。

歳は……40前後くらいかな。旅人の格好で、くすんだ青のローブを着てた。

顔はよく見えなかったけど、黒髪で、動きが妙に静かで……なんていうか、料理人っていうより薬師に近い雰囲気だった」


「へぇ。話しかけたの?」


「いや、それができなかった。目が合ったんだけどさ、どこか遠くを見てる感じで……。

そのまま立ち去ってっちまって。あ、でも――なんか呟いてたな」


「なんて?」


「“もし伝えられるなら、また――”って。そこまでしか聞き取れなかったけど」


 ロルフは、静かにグラスを磨いていた。


 酒の瓶が、淡い光を反射してきらめく。

 けれどその手は、一瞬だけ――ほんの一瞬、止まりかけた。


 ミアはそれを見逃さなかった。

 商隊は夜の終わりまで飲み、笑い、そして明るく帰っていった。


「いやー、うまかった!また来るぜ、“月夜の杯”!」


「今度は3日泊まるぞ!」


「予約してないけどな!」


 扉が閉まり、静かになった店内。


「ロルフさん。……さっきの話、聞いてました?」


「ああ。……ああいう話、たまにある」


「……」


 ミアはそれ以上聞かなかった。

けれど、ロルフがそのままグラスを一つだけ残し、もう一杯の“月の雫”を注いでいたことには、気づいていた。


 その酒は誰にも出されることなく、カウンターの隅にそっと置かれたままだった。


 今夜も、味は整っている。

だが、“思い”が溶け込んだ酒は、少しだけ――冷たくて、やさしかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


「月夜の杯」は、ちょっとだけ疲れた誰かが、ふらっと立ち寄って、あったかい飯と酒で少し前を向けるような──

そんな物語を目指して、のんびり綴っています。


この先も気が向いた時にふらっと読みに来てくれたら嬉しいです。

そして、もし「いいな」「ちょっと好きかも」と思ってもらえたなら、

良かったら高評価やお気に入り登録などで応援してもらえると、とても励みになります!


また、月夜の杯でお会いしましょう。かんぱい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ