20 顧問という未知なる存在
勝負が決し、部室にはまだ熱気が残っていた。
カードが織りなす物語の終わりには、いつだってこうした妙な余韻が漂うものである。
勝者の胸には実感と興奮、敗者の胸には悔しさと、そして何かしらの収穫。
しかし、部活というものは、勝負のたびに物語が閉じられるような単純な世界ではない。
「雫君!」
そんな空気を打ち破るように、重厚な声が響いた。
部員たちが、反射的に背筋を伸ばす。
「……肩仏部長。」
雫が目を細める。
天保が小声で「まずい、肩仏さんのお説教タイムか!?」とささやき、鈴が「静かに」と肘で突いた。
、仏のような貫禄。
まるで学校の廊下に仁王像が歩いているような迫力で、部長としての風格を背負っている。
「練習デュエルもいいが、顧問にも挨拶へ行ってくれ。」
彼は腕を組みながら、静かに言った。
「そろそろ補習授業も終わり、教員室にいるだろう。」
雫は小さく頷いた。
「わかりました。」
「あと、新人相手だからといってデュエルで気を抜くなよ。いつでも本気だぞ!」
雫はさらりと肩をすくめる。
「教員室へ行きましょう。」
廊下を歩く二人
廊下には、夕焼けが差し込んでいた。
窓の向こうには、校舎の屋上が赤く染まっている。
勇希は、雫の少し後ろを歩きながら、ふと疑問を口にした。
「そういえば……顧問って、誰なんですか?」
それまで何気なく歩いていた雫が、微かに口角を上げる。
「昨年着任した若手の先生よ。」
「へぇ……どんな先生なんです?」
「まぁ、会ってからのお楽しみね。」
彼女は、少し意味深な口調でそう言った。
勇希は、なんとなく胸の奥に奇妙な期待と不安を抱えながら、足を進める。
学校という場所は、日中は戦場であり、放課後は楽園である。
昼間は教師の叱責と試験の脅威が支配し、放課後になれば部活という名の自由が広がる。
だが、放課後の教員室には、その戦場の名残が残っているものだ。
勇希は、緊張しながら雫の後をついて歩いた。
教員室の扉を開けると――そこにいたのは、まるでリスのように忙しなく動き回る女性だった。
小柄で、髪をふわりと揺らしながら、書類の山と戦っている。
片手にはペン、もう片手にはファイル。
机の上には、授業プリント、未整理の答案用紙、何かの申請書。
その合間をぴょんぴょんと動きながら整理している姿は、まるで秋の森でどんぐりをかき集めるリスのようだった。
「美琴先生。よろしいですか?」
雫の声が響いた瞬間――
リスの動きがピタッと止まる。
ちょうどペンを持ち上げたまま、目をぱちくりとさせている。
「……ん?」
ゆっくりと視線をこちらに向ける。
「新人を連れてきました。」
リスの目が、勇希をとらえた。
勇希、顧問と対峙する
その瞬間だった。
リスが、勢いよく動き出した。
「おおおおお、新人!? 新しい部員!? ほんとに!? ほんとにほんとに!?」
机を挟んで反対側にいたはずなのに、一瞬で勇希の目の前に来ていた。
いや、瞬間移動したのではない。
ただ、とんでもない速度で動いたのだ。
「えっ、えっ、君が新人くん!? えええっ!? すごい! すばらしい! ありがとう! OCG部!」
手をバンバン叩いて喜ぶ。
リスだった。
まぎれもなく、リスだった。
勇希は圧倒されながらも、なんとか返答する。
「え、あの、はい……武東勇希です。よろしくお願いします……?」
「よろしくお願いします、じゃないわよ! もう、ほんとにありがとう! もう、! あ、わたし、美琴先生! 顧問! 一応!」
「一応!?」
勇希の脳内に、何かしらのツッコミ回路が全力で作動する。
「まってまって、君、デッキある? あるわよね!? どんなデッキ!? 何系!? え、もうデュエルした!? どうだった!? 雫ちゃんには勝てた!? 勝てたの!? ほんとに!?」
「え、ええと……はい。勝ちました。」
その瞬間――
リス、固まる。
まるで冬を迎えたリスが、木の上で動きを止めるように。
時が止まった。
美琴先生、驚愕
「……え?」
完全に動きを止めた美琴先生は、次の瞬間、雫を見つめた。
「え、ほんと?」
「ええ、負けました。」
「え、ええええええええええええええ!??」
リス、大きく跳ねる。
「ちょっとまって!? 雫ちゃんが!? 負けた!? 嘘でしょ!? え!? えええ!? え!? ほんとに!?」
あまりの動揺に、机の上の書類が揺れた。
「だから、ほんとよ。」
雫は呆れたように答える。
「信じられない……そんなことある……?」
美琴先生は、勇希を凝視する。
「君……いったい何者なの!?」
勇希は、困惑しながらも答える。
「ええと……ただの、高校生ですが……?」
リスは、新たな発見をしたような顔をした。
この世には、あらかじめ決まっている運命というものがある。
朝の目覚ましが鳴った瞬間に二度寝を決めること、バスに乗ったら必ず一番奥の席が埋まっていること、そして、学校の教員という生き物は何かしらの情報網を持っているということ。
そう、ここに一匹のリスがいた。
ただのリスではない。
このリスは、どうやらすべてを見通していたらしい。
勇希、謙遜するも、リスは動じない
「けど……雫先輩はプラクティスデッキでしたけど。」
勇希は、なんとなく言い添えた。
事実だった。
あのデュエルは、雫先輩の“本気”ではなかったはずだ。
それを考えると、あまり自慢げになれる勝利ではない。
が――
「それでもすごいわ!」
美琴先生は、目を輝かせながら机をバンバンと叩いた。
「今年も1年生は豊作ね!!」
「え……豊作?」
「そうよ!鈴ちゃん、天保ちゃん、御伽ちゃんに勇希ちゃん !!雫ちゃんに勝つなんて! プラクティスデッキだろうが、そんなの関係ないわ!」
先生は、それはもうリスらしい軽快な動きで、勇希の肩をポンポンと叩く。
「雫ちゃん! すごい新人が入ったじゃない!」
「……まぁ、そうね。」
雫は、腕を組んで苦笑した。
リスは、すべてを知っていた
「……というか、実はね。」
美琴先生は、ふっと笑いながら机の上に腰を下ろした。
「入部の件は、もう知ってたのよ。」
「……え?」
勇希が眉をひそめる。
「間壁先生から聞いてたの。」
「……あの担任の先生ですか?」
「そう! 今日の朝ね、『武東がOCG部と運営委員会に入る』って報告を受けたのよ!」
勇希は、思わず視線を彷徨わせた。
……間壁先生、そんなことまで言ってたのか。
雫、なぜか納得
「なるほど。」
雫は、何か合点がいったように頷いた。
「どうりで、美琴先生が妙に落ち着いてたわけね。」
「そうよ! もう、君が来るのを楽しみに待ってたの!」
「……でも、すごいですね。」
勇希は、思わず呟いた。
「間壁先生、まるで俺の行動を全部読んでたみたいじゃないですか。」
その言葉に、美琴先生と雫は顔を見合わせ――
「それが、間壁先生のスタイルよ。」
ぴたりと、口を揃えた。
「あと、先輩?この状態で先生は落ち着いているんですか??」




