11 正式入部の報告
早朝の校舎は、まだ半分眠っているようだった。廊下には人影もなく、窓から差し込む朝の光が、床に長い影を作っている。その中を、勇希は真っ直ぐ教員室へと向かっていた。
教員室の扉を開けると、中にはまだぽつぽつとしか教師たちがいない。デスクの間を漂うコーヒーの香り、控えめに響く書類の音――朝独特の静けさが広がっている。その中で、一人だけ際立って「やる気のなさそうな」男がいた。
間壁間男先生。勇希の担任だ。
間壁先生は、教員室の隅のデスクに腰掛けていた。片手には湯気を立てるカフェラテの紙コップ。くたびれたジャケットと緩んだネクタイが、彼の「どこかのんびりした」キャラクターを際立たせている。
その姿を目にした勇希は、迷うことなく一直線に向かっていった。
「間壁先生!」
その声に、間壁先生はカフェラテをすすりながら顔を上げた。その表情は眠たげで、「今はまだ忙しい時間ではない」と全身で訴えるようだった。
「どうした、武東?」
「あの、相談があって来ました。」
「相談?」
間壁先生はカフェラテを机に置き、眉を少しだけ上げた。その動作には「本当にこんな朝早くに相談か」という少しの驚きが含まれている。
「まあ、座れ。」
しかし勇希は座らず、そのまま立ったまま、まっすぐ間壁先生を見つめた。そして深呼吸を一つ。
「先生、俺、運営委員会に入りたいんです。それに、OCG部にも入るつもりです。」
その言葉を聞いた間壁先生は、少しだけ口角を上げた。
「ほう、それで?」
「将来、医者になるための勉強をしながら、プロデュエリストも目指したいんです。」
勇希の言葉には、昨夜からの熱意がそのまま込められていた。その真剣な表情を見て、間壁先生は椅子にもたれかかりながら、再びカフェラテを手に取った。
「なるほどな。」
「先生、どう思いますか?」
勇希が問うと、間壁先生は紙コップを机に置き、少しだけ間を置いてから静かに答えた。
「いいんじゃない?」
その一言に、勇希は思わず肩の力が抜けた。
「……いいんですか?」
「いや、ダメって言ったところで、お前はやるだろう?」
その飄々とした口調に、勇希は苦笑した。間壁先生は軽く肩をすくめて、続けた。
「ただし、体壊すなよ。二足のわらじはな、想像以上に大変だぞ。」
「はい、分かってます。」
「それでもきつい時は、ちゃんと相談しに来い。無理して倒れたら、それこそ意味がないからな。」
その言葉は、間壁先生らしい軽さを保ちながらも、どこか優しさがにじみ出ていた。
「……ありがとうございます、先生。」
勇希は頭を下げた。間壁先生は紙コップを手に取りながら、軽く手を振った。
「礼なんていらん。それより、カフェラテが冷めるから、そろそろ行け。」
「入部届と委員会加入手続き書あと持って来いよ。」
朝の教室は、まだ少し静けさを保っていた。廊下では軽い足音や教科書を抱えた生徒たちの声が響き、教室の中には談笑する声がぽつぽつと聞こえる程度。
勇希は自分の席にカバンを置くと、さっと辺りを見回した。目を引いたのは、いつものように窓際の席に腰掛けている鈴と、机に足を投げ出してスマホをいじる天保の姿だった。
勇希は一度深呼吸をしてから、二人の方へ歩み寄った。
「鈴、天保。」
その声に気づいた鈴が顔を上げる。朝の柔らかな日差しを受けて、彼女の髪が少しだけ輝いて見えた。
「おはよ、勇希!どうしたの?」
鈴はいつもの明るい声でそう言ったが、次の瞬間、勇希の少し引き締まった表情に気づいて小首をかしげた。
「実は……俺、正式にOCG部に入ったんだ。」
その言葉に、鈴の目がぱっと大きくなった。
鈴は嬉しそうに身を乗り出してきた。その反応が勇希には少し照れくさかったが、どこか誇らしくも感じた。
「いや、まあ、これからがスタートだけどな。」
「でも、決断して動いたのはすごいよ!おめでとう、勇希!」
鈴は満面の笑顔を浮かべながら言った。その笑顔に、勇希は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「ふーん、やるじゃん。」
スマホをいじっていた天保が、ようやく顔を上げた。その表情はどこか照れ隠しをしているように見える。
「お前、この前あんだけボロボロにされたくせに、よく入る気になったな。」
「お前のせいだろ。」
勇希が少し笑いながら言い返すと、天保はニヤリと笑った。
「まあ、悪くない判断だよ。いいセンスしてんじゃん。」
その言葉は、天保なりの褒め言葉だったのだろう。いつも飄々としている彼が少しだけ真面目な表情を見せると、勇希は「ありがとう」と静かに言った。
「部活で俺を倒したいなら、もっと腕を磨けよな。」
「倒すのはお前だけじゃないさ。」
勇希が真剣な目でそう言い返すと、天保は少しだけ目を見開いてから笑った。
「へえ、言うじゃねえか。」
モーニングミーティングのチャイムが鳴る少し前、勇希は二人に向かって言った。
「俺、本気で頑張るから。」
その言葉に、鈴が真剣な表情で頷き、天保も少しだけ照れくさそうに「期待してるぜ」と言った。
勇希の胸の中には、新しい一日への期待が静かに膨らんでいた。




