515 魔王の僕たち2
短い。
「あら、“獣使い”が消えたわ」
豪奢な応接室で、革張りのソファーに腰掛けた巻き毛の美女が、何も無い空間を見つめ言葉を零した。艶やかな唇まで運んだ紅茶カップからは薄らと湯気が立ち上っている。
「申し訳ありません。私が鼠を取り逃がしたために……」
戸口に立つ長い髪を後ろで一つに束ねた凜々しい少女が頭を下げると、さらりと髪が肩から滑り落ちた。
「まあ、“剣”、そんなに畏まる必要は無くてよ。足の速い鼠が一匹逃げただけじゃ無い。さあ、こちらに座ってちょうだい。一緒にお茶を召し上がりましょう」
「……失礼します」
“剣”と呼ばれた少女は素直に巻き毛の美女の座る向かいのソファーに腰を下ろした。お願いという形をとっているが、実際は命令であるのは明らかだ。
黒い何かがポットを持ち上げ、“剣”の前に置かれたカップに紅茶をなみなみと注ぐ。
「そうね。“歌姫”も“獣使い”も媒体を見つけるまでに時間を要したので、繋がりが弱かったのかもしれないわね。この世界はわたくし達にとって毒だもの」
巻き毛の美女は紅茶を口に含み、こくりと喉を鳴らした。
「わたくし達が石棺に閉じ込められ、個としての意思を持ち、力を発揮するまでには永い時間が必要だったわ。結局、残ったのは四つだけ……“わたくし”、“あなた”、“歌姫”、“獣使い”」
「それも今は……」
「“わたくし”と“あなた”の二人だけ」
巻き毛の美女は肩に乗った黒いモノを指先で愛しそうに撫でた。黒い塊は嬉しそうに目を細める。まるで猫がゴロゴロと喉を鳴らしているようだ。
「ふふふ、さあ、早くこの世界を黒く塗りつぶさなければならないわ。この世界をより良きものにするためにね。そして、どこかに存在する“あの方”をお迎えするのよ。そのためには―――」
「佐倉杏子……ですか」
「そうね。目障りね」
「早急に排除しますか?」
“剣”が傍らの長剣に手を添えた。鞘の上を黒い何かが波のように這う。
「そう……ね。いえ、いいことを思いついたわ。ふふふ、彼女の力を我が王のために利用したら良いのじゃ無いかしら……聖女任命式。そう、その日、世界は慈悲深き漆黒に塗り替えられ、ついに王が降臨するのよ」
彼女は薔薇のようにうっとりと微笑んだ。




