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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第5章

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514 私が悪い?

「うぐぐぐぐ……」


 誰かが私を羽交い締めして口を塞いでいる。これって、もしかして命の危機!?


「ううううう……」


 こうなったら、思いっきり噛んでやる!

 何とか口を開くと、口の中に毛が入ってきた。


「うぐっ…?」


 ん? 毛?


「シッ、静かに」


 耳元で囁く声。それに、この背中に感じるもふもふ感は……


ふぇふぃ(エピ)さん?」


 視線を後ろに向けると巨大な猫が私を見下ろしていた。辺りが暗いせいか目が鋭く輝いて見える。エピさんの手(前足? 肉球?)が私の口を解放する。


「ぷふぁあ」


 何とも気の抜けた呼吸が漏れた。

 私の身体はエピさんの胸に背後から抱きかかえられていた。これは何という贅沢。着る毛布。猫襦袢。もふもふの背後霊。それに久々の猫のエピさんだ。つい、頬ですりすり。

 いや、こんなことしている場合じゃなかった!

 私は何者かに―――多分高砂先輩に追われている身だった。

 耳を澄ます。


 ガチャ、ガチャ……


 扉の向こう側、廊下から音が聞こえる。

 どうやら鍵の掛かっていない部屋がないか、一つ一つドアノブを回して確認しているようだ。


 ガチャ、ガチャ……


 徐々に近づいてくる。

 か、鍵、鍵を掛けないと!

 目の前の扉に視線を向ける。

 鍵がない!

 目の前にあるのは、内側から鍵を掛けることができない扉だった。否、正確には、内側からからも外側からも鍵を掛けるには、鍵そのものが必要な扉だった。

 どーしよ! どーしよ!! どーしよ!!!


 ガチャ、ガチャ……


 段々と迫ってくる。




 ガチャ。




 遂に目の前のノブが音を立てた。


 ガチャ、ガチャ。


 目の前のノブは、ゆっくりと………………回…らなかった。

 は?


 ガチャ、ガチャ……


 ドアノブを回す音が徐々に離れていく。

 息を殺す。心臓がバクバクと五月蠅い。これって、辺りに響き渡っているんじゃなかろうか。


 ………………。


 しばらく耳を澄ます。物音はしない。


「はぁーーーっ」


 気配が消えたところで、静かに息を吐いた。

 助かった。


「…………でも、何で?」


 目の前の扉の鍵穴を見つめ、首を傾げる。


「鍵を掛けたからな」


 エピさんが鍵の束を掲げて見せた。旧式のいかにも鍵って形の奴が輪っかに大量についている。ほら、本とかの挿絵で牢屋の看守が良く持っているヤツだ。どうやら、私をこの部屋に引きずり込んですぐに鍵を掛けたらしい。いつもながらエピさんは猫の手なのに器用だよね。

 それにしてもこの部屋は何だろう?

 危機が去ると、周りを見回す余裕が出てくる。狭い部屋だ。窓を覆うカーテン越しに漏れている光が、部屋の中の様子を薄っすらと浮かび上がらせる。窓の前にどっしりとした机、それを挟むように両の壁には書棚が配置されている。こじんまりした書斎という感じ。ここは、エピさんの部屋……じゃないよね? 埃っぽくて、長い間使われていない様子だ。


「エピさんは、何故こんなところに? 何でそんな鍵束を持ってるの?」

「………………調子に乗って出歩いていたら、突然獣の姿になった……」


 エピさんがぷいっと視線を逸らし、ボソボソっと嫌そうに答えた。


「誰かが騒がしく近づいてきたので、慌ててここに逃げ込んだ。なお、この建物を正当に借りているので鍵を持っていた。以上」


 つまり人間の姿になって浮かれて歩いていたら、突然猫の姿になってしまい、誰か―――私だけど、が近づいてきたので、慌ててここに隠れた……と。

 もう、エピさんったら恥ずかしがり屋さんなんだから。

 多分、猫の姿でその辺を歩いていてもダンジョンからの難民だと判断されると思う。大分、相当、巨大だけど……。

 で、この部屋で様子を窺っていると、私が何者かに追われていることに気づいて、引きずり込……否、匿ってくれたということらしい。


「それで、そういうお前は、何故こんなところにいるんだ? さっきのは一体何事だ?」

「え、ああ……うーん……」


 そりゃ聞かれるよね。


「えっと、董子……級友(クラスメイト)の姿を見つけて、何か様子がおかしかったので後をつけたら、部屋のドアが少し開いていて……何か聖女任命式で魔王を降臨させるとか話していて……」


 そう言いつつ自分でも荒唐無稽な話をしているな。と思う。


「は? マオウ?」


 う、そうだよね。普通に考えて魔王降臨とか妄想癖があるとしか思えないよね。


「あー、……魔王とかは言っていなかったような気がする……かも?」


 さっき聞いた話とゲームの話とがごちゃ混ぜになって、どこまでが現実かよくわからなくなっている。


「えーっと、何か盗み聞きみたいになって、高砂先輩が怒って追ってきた?」


 それが全てのような気がしてきた。

 うわっ、これって、客観的に見て悪いのは私だよね。私ってスッゲー恥知らずな奴じゃない?


「あはははは……、私が悪い?」


 小首を傾げて誤魔化すも、エピさんに軽蔑されるかも……。折角のもふもふのエピさんが目の前にいるのに……とても居心地が悪い。


「えーっと、何かもういないみたいだし、行かなくちゃ……」


 うん、逃げよう。

 私はエピさんから鍵を奪うように受け取ると、鍵穴に突っ込み……回らん。いや、これどれが正解よ。片っ端から真鍮製(多分)の鍵を突っ込んでいく。

 違う、これも違う、違う……


 ガチャ。


 漸く正解の鍵を見つけ出し、扉を内側にギギギと開く。


「で、では、また……」


 エピさんにソソクサと暇を告げ、廊下へと―――


「ヒッ!」


 目の前に巨大な市松人形が立っていた。


「董…有明サン?」


 董子が感情の籠もらない瞳でジーッと私を見上げている。心臓に悪い。


「ネぇ、聞いテいタのデしヨ」


 話し方にもどことなく呪われた人形感があって……怖い。関わり合いになりたくない。

 よし、白を切ろう!


「あ、えーっと……いえ、私は何も聞いてないです。誰かと勘違いしているんじゃ……」


 ブンブンと大きく頭を振って、すっとぼけてみる。ほら、自分で言うのもなんだけど、私って印象薄いでしょ。もしかして特定されていないんじゃないかな……って。

 董子がニタリと嗤った。だから怖いってば。


「主ノ降臨ヲ邪魔さレてハ困るノ。だカらラ消えテ」


 うわっ、全然誤魔化せてなかった。ていうか、何かすごい物騒なこと言われたよ。これって、明らかに正常な状態じゃないよね。まさか薬物とかやっていないよね。実はさっきのって、そういう集まりだったりして……

 うん、これは話を逸らそう。


「あ、董……有明サン、肩に大きな綿埃が……」


 実は、董子の肩に黒い塊が乗っていて、さっきから視界に入って気になっていたのだ。

 でも、この埃、何かに似ているような……

 埃を摘まもうと右手を伸ばす。


 バシッッッ!


 真っ白な閃光と共に衝撃が走った。


「ウワッ、何?」


 巨大な静電気が起こったような感覚の後、綿埃がブルブルと震え、黒い煙を撒き散らし、それから真っ白な光の粒になって空間に消えた。


「は……?」


 一体、何が起こったの? 董子は肩の上に爆弾を乗せていたの?


「!」


 董子の身体がビクッと動く。そして、ふぅと息を吐くと―――


「ん、あれ? ……?」


 董子はまるで今目覚めたばかりとパチパチと瞬きする。まさかアレ、実は目覚まし時計でしたなんて言わないよね。


「おい、一体何事だ? さっきの閃光は何だ?」


 エピさん……いや、ヒト化した月来先輩が、背後から私の頭にのし掛かるように顔を覗かせる。もう全然もふもふしていない。残念。

 董子の視線がゆっくりと私の頭の上へと移動し、月来先輩を見ると顔を真っ赤に染めた。


「月来馨……噂は本当だったのね。いやっ、不潔だわ!」


 そう言うと、董子は踵を返し駆け出して行った。


「ちょ……」


 え? これって、どういう展開?

 走り去る董子の方へ右腕を伸ばすと、拳をぎゅっと握ったままだったことに気づいた。強く握り絞めたために、指は白く変色している。その硬直した指を一本一本剥がすように開いていくと、掌には白い花びらのようなものが残っていた。それがふわりと浮き上がり、そして空間に溶けていった。



     ***



「はぁ、はぁ……」


 有明董子は荒い息を吐き、中庭で足を止めた。花の季節を過ぎたためだろう。冬に向かう中庭はうら寂しく、枯れた花が目についた。


「あの噂は本当だったんだわ」


 董子はキッとグラデーションに色づく夕暮れの空を睨んだ。

 確かにこの目で見たのだ。件の人物は見知らぬ女生徒を人気のない建物の一室に連れ込み、そして彼の着衣の襟元は乱れていた――――

 董子の頬は、不埒な想像にカッと熱くなる。

 とにかく、留学生の月来馨が女性にだらしがないという噂は本当だった。


「全く、こんなところで不謹慎よ!」


 董子は夕闇に佇むドッシリとした建物を振り返った。元々この建物は貴族の子女など、特別待遇が求められる学生の寮として建てられたものであるが、建物の老朽化と表向き貴族との身分差が無くなったことにより、現在の仕様に適さないということで寮としての使用は廃止された。

 ただ、お金を掛けた贅沢な作りということもあり、今は貴賓を迎える部屋として活用されている。

 また、一部の特別待遇が許された学生に貸し出されたりもしているが、昔の規格で建築されているため建物が薄暗く、学院の中心から距離があることからあまり人気はないようだ。

 だからといって、女生徒を連れ込むのに使っているとは……


「穢らわしい! 不潔だわ!」


 董子は自分がこのような場所にいることすら許せないと思った。


「でも、董子は何故こんなところにいるのかしら?」


 董子は首を傾げた。この場所は、董子にとって縁の無い場所である。

 何故ここにいたのか。

 思い出そうとすると記憶の断片は、脆くも崩れていく。まるで、先ほどまで見ていた夢が目覚めと共に一瞬で消え去っていくように……


「まあいいわ。こういう時は、お兄様に会いに行きましょう」


 こんなもやもやした気分の時は兄に会うに限る。

 教職員棟へと向けられた董子の足取りは軽かった。




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