512 魔王の歌姫?
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今日もいつもの朝が来た。
「フン、フン、フーン……」
窓から差し込む柔らかな光を浴びながら制服姿の菊子が鼻歌混じりに教科書と楽譜を鞄へ詰め込んでいく。
いつもと変わらぬ、いつもの風景。
「ふむ……」
「ん、なぁに? アスアス、ジッと私を見て……そんなに見詰めちゃうほど、デイジーちゃんは魅力的かしら?」
ちょっと品を作って菊子が微笑む。あー、何だか杏子っぽい。これって営業スマイルってヤツだよね。
「んー、菊子はいつもと変わりないなって……」
「もう、何変なこと言ってるのよ?」
菊子がさらっと髪をかき上げ、唇を尖らせる。釣られるように私も頭に手をやると、髪が指に絡んだ。そういえば、今朝は菊子に急かされ日課に連れ出されたから、まだ髪も梳かしていなくてボサボサだった。
うわあ、こんな頭で走り回っていたのか、これはちょっと……というか、かなり恥ずかしい。
ブラシ、ブラシ……
「そりゃあ、アタシはいつだって可愛いに決まっているわ。ちょっと、アスアス、ベッドの上で髪を梳かさないで!」
うん、いつもと変わりない菊子だ。とても魔王の手下になったとは思えない。でも、もしかしたら……があるのだろうか?
「菊子はさ………………………何でもない」
『魔王の手下なの?』何て聞ける訳がない。そもそも、例えそうだったとしても正直に言う訳がないよね。
「何よ、そこまで言っておいて、気になるじゃない」
「いや……えーっと……菊子は卒業したら……蘭子先生の内弟子になるんだった…ね」
咄嗟に話題を逸らす。
「何を今更……ああ! アスアスが進学に失敗したら、一緒に内弟子になれるよう蘭子先生に頼んであげてもいいわよ。何たって、アンジェリカは私の宿命のライバルだものね」
「アンッ、ごほっ……いえ、結構です」
突然アンジェリカの名前が出てきて、一瞬噴きそうになった。歌は嫌いじゃないけれど、私にはとてもショービジネスで生きていくような根性はない。
有難いお申し出ですがお断りさせていただきます。
「そう? まあ気が変わったらいつでも言って」
う、もし就職先が見つからなかったら、頼ることになるんだろうか……
『みんなの心を虜にしちゃうゾ。魔法のアイドル・アンジェリカ、華麗に参上―』
なんてね。
………………。
ないわー。
「ところでアスアス、この子達、何とかしてくれない?」
「え、何?」
菊子の視線の先を辿ると、突起付き埃……ではなく、猫耳精霊達が菊子の鞄に潜り込もうとしていた。
「あれ? 菊子見えるの?」
「何言ってるのよ。見えるに決まっているじゃない。この子達、アスアスが拾って来たんでしょ。飼い主なんだから、責任もってちゃんと面倒見てよね」
菊子が精霊を摘むと、ポイ、ポイ、ポイっと私に放り投げてきた。
『ワァー』『キャア』『アハハー』
いや、こいつらの飼い主になった覚えはないんですけど。それより……
「もしかして、菊子って精霊憑きなの?」
「何を今更……あれ? 言っていなかったっけ? 私には“親衛隊員”っていう精霊が憑いているのよ」
「は?」
シンエータイイン? 何それ?
「陰ながら応援するだけらしくて、何の役にも立たないけどね」
「ああ、それは……」
わかる!
それから私達はいかに精霊が役に立たないかで盛り上がり、危うく遅刻しそうになった。
結論。菊子は魔王の手下じゃない!
こうして、『もしかして菊子が魔王の歌姫、ブラックデイジーではないか?』という疑惑は、杞憂に終わった。
いやあ、良かった、良かった。
これなら、野茨先輩も、高砂先輩も、董子も魔王の手下ではないのじゃないだろうか。
やっぱりゲームはゲーム、現実は現実なんだよ。
このところ野茨先輩がおかしいと言うのも、日向会長の気の所為じゃないかな。うん。野茨先輩も思春期の乙女、色々あってもおかしくないよね。
と、視線を上げたら最前列に座る董子の姿が目に入った。選択講義が中心になったけれど、へ組での講義が無くなった訳ではない。
そうだな。念のため董子の様子も探っておこうか。
高砂先輩の様子を確認することは難しいし、そもそも普段を知らないから、違いがあっても判断付かないしね。まあ、董子の様子を確認して、魔王なんてゲームの中だけだって、安心しておこう。保険ってやつね。
「はいっ!」
有明先生が講義を始めようとすると勢いよく手が上がった。
「センセー、あたしぃ、もうジュぎょーに出なくてもいいですかぁ」
杏子が何か巫山戯たことを宣った。
「だってぇ、あたしってば、聖女様になるじゃないですかぁ。聖女様がぁ、ジュぎょーなんて受けてる場合じゃないかなって。ソレにぃ、光魔法のセンセーから誘われて、院に進学することが決まっているしぃー、もう勉強なんて必要ないと思うの」
杏子はさらに巫山戯たことを宣った。
は? 杏子が聖女とか何巫山戯んてんの? 突然、治療魔術に目覚めたとでも言うの?
「皆んな、聞いてくれ! あんずちゃんは、神聖力に目覚めて、近々聖女様に認定されるんだぜ」
クラス内が騒つく中、事情通が言った。
「佐倉、馬鹿なことを言っていないで、大人しく授業を受けろ。単位が足りないと進学も無効だぞ」
「えーっ、あたし、聖女様なのにぃ」
董子が頭を杏子に向けたが、静かに前を向き直す。あれ? 何だか違和感。
でも、そんなことよりも……
え、神聖力? 何それ?
いやいや、それより進学って……おバカでも院に進学できるの?
ガーン、ガーン、ガーン……




