511 忘れてた……
・1/26 一部修正(本当に忘れてた……白百合の君)
その後、街のあちらこちらで二足歩行の猫たちを見掛けるようになった。ここ、魔法学院内でも良くウロチョロしており、いつの間にか学生食堂で臨時雇いとして働いているようだ。大皿やお盆を頭の上に掲げて配膳する様子は可愛い。そのせいか、このところ食堂の利用者が増えたような気がする。一度、配膳して貰って……というか、お茶を注いでいる間に勝手に運ばれて、席に着いたのに傍でジッと立っていたので、不思議に思っていたのだけど、後でチップを待っていたのだと知った。お金持ちの学生は、結構チップを渡していて、猫達にとって結構な収入となっているらしい。それ以来、食事を運ぶ際には、隙を見せないようにしている。期待されてもない袖は振れないからね。私より絶対あんたたちの方がお金持ちだわ。
まあ、そんなこんなで二足歩行の猫がウロウロする光景にすっかり馴染んでしまった。ここなら猫の姿のエピさんが混じっていても違和感ないのじゃなかろうか。ちょっと……かなり、巨大なだけだし。どーんと厨房で調理するエピさん可愛いよね。
……ああ、ここのところ猫のエピさん要素が足りない。
それにしでも、これだけ大量の難民(にゃん民?)をよく政府が受け入れたと思う。
人道的避難措置ってやつ?
このままでは、猫に侵食されるのでは―――
ま、数百匹程度なら問題ないか。
それより、私の憩いの場、秘密の花園が彼らに侵食されないかの方が重要である。
「心配するにゃ。ここは俺たちのにゃわ張りだ。ほかの奴らには入らせにゃい。戦場を駆ける俺たちは武闘派だからにゃ」
山猫の行商猫がニヒルに言った。
「たいじょぶにゃ。皆んなここ以外のどこかで寝ているにゃ」
「そうにゃ」
黒と白の猫も賛同した。
何の根拠もないけれど、兎に角秘密の花園の平穏は何とか保たれそうだ。何故かこの三匹が常に寛いでいるけど……。
月来先輩の方をちらりと見る。
巨大猫のエピさんが存在するから彼らも安心するのだろうか。今日も人の姿の月来先輩だ。日向会長が言うには、私が来る前までは猫の姿のエピさんだったらしい。
うわっ、惜しい。エピさん成分が……
「ところで、お前らはこんなところで油を売っていてもいいのか? 他の猫たちは働いているようだが」
そう問う月来先輩の言葉に『迷惑だからサッサと立ち去れ』っていうニュアンスが含まれているように思う。しかし、猫たちは鈍感なのか、気づかない振りをしているのか、悪びれた様子もない。
「チッ、チッ、チ。俺たちは戦場を駆ける商人だぜ」
「戦場に行けにゃいから、聖剣の仕入れができにゃいにゃ。新しい戦場が生まれるまでジッと待つにゃ」
「そうにゃ」
ああ、あんたたちの売っているものはダンジョンで調達してきたものだったっけ。だからここでごろごろしているんだ……。
いや、ちょっと自由過ぎない?
「「「ホント、辛いにゃー」」」
そう言うと、猫たちはサンドウィッチを口に運んだり、舌を伸ばしてミルクを嘗めたりした。
ああ、エピさんのサンドウィッチーーー!
いや、あんたたち、絶対そんなこと思っていないでしょ。
「まあ、そんにゃに睨まにゃいでくれよ。俺のヒゲによると、近々この近辺に新たにゃ戦場が生まれるぜ」
山猫の行商人がヒゲをピクピクと動かす。
「にゃにゃ、仕入れにゃ。聖剣を仕入れて、売りつけるにゃ。これを機に販路拡大にゃ」
「にゃぁ、儲けるにゃ」
物騒なことを言わないで欲しい。
彼らにとってここは異世界だと思うのに、もう十分馴染んでいるようだ。この猫たち、大昔に離れたという元の世界に帰る必要ある?
私もエピさんのサンドウィッチ確保。パクッと一口。
「ところで、キサラギアスハ」
「んっつ」
突然、私の名前を呼ばれて、サンドウィッチが喉に詰まるかと思った。でも何で、私の名前が如月明日葉だってバレた?
「な、な、何で私の名前……」
「我々の情報網をにゃめてもらってはこまるにゃ」
「え、そうにゃの……じゃにゃくて、お見通しにゃ」
「おーみ、とうしにゃ」
何か私が事件の犯人みたいになってるんですけど……
「まあ、葵もこいつらの前で普通に“明日葉ちゃん”って呼んでしたしな」
ああ、それか……
「元々住んでいた世界に戻るってはにゃしだが、別に俺たちは切りはにゃされる前の世界に帰れにゃくてもかまわにゃいぜ。あれからどれだけの時間が経っていると思うんだ。そんにゃ世界に帰ったところで、またにゃん民扱いだろうしにゃ」
うんうん、そうだよね。
山猫の行商人さん、その言葉に救われます。
この国には獣人なんてほぼ伝説級だから、差別されて帰りたいのかと思ったら、そうでもないみたい。もう既にあれだけ馴染んでいるしね。師匠から知らないうちに押し付けられた任務だけど、このままバックレちゃてもいいかも……
「でもよ、一度くらいは、俺たちのルーツってもんを見たいじゃにゃいか。だから、よろしく頼むぜ、キサラギアスハ」
「は?」
「頼むにゃ、キサラギアスハ」
「にゃにゃ、キサラギアスにゃ」
ウルウルとした三対の瞳で私を見詰めてくる。こ、これは……
し、師匠――っ! 早く戻ってきて責任取ってください―!!!
私は猫たちの期待を前に絶望を覚えた。
そもそも、元々猫たちがいた世界をどうやって探せって言うの?
知らぬところで師匠に押し付けられた無理難題に私の口から出るのは溜息ばかり‥…
「「はぁーっ」」
あれ? 私のため息に誰かの溜息が重なった様な気がする。
「はぁーっ」
これは私じゃない。
横に目を向けると、日向会長が項垂れ盛大な溜息を吐いていた。
「はぁーっ」
あ、また。
そういえば、今日はずっと大人しかったよね。
「会長、どうかしたんですか?」
「明日葉ちゃん、聞いてくれるかい? 領地のダンジョンが封鎖されたんだ。くそっ、ダンジョンが活性化してこれから収入の増加が見込まれていたのに」
待ってましたとばかり会長が口を開いた。誰かに愚痴を聞いて欲しかったんだね。会長、ええカッコしいだから……
月来先輩に目をやると肩を竦めた。多分、ずっと愚痴を聞かされていたんだろう。ご愁傷様。
会長が言うには、先輩の実家の領地にあるダンジョンが活性化し、これは収入が見込めると騎士の数を増やしたのに、先輩の所のダンジョンも封鎖され、投資が無駄になりそうとのことだ。
うーん、進学がダメになって、いざとなったら日向会長のところで雇ってもらおうかと思っていたのに……
「おい葵、お前の場合、心配事はそれだけじゃないだろう?」
月来先輩がニヤッと笑みを浮かべる。
「は?」
会長は何の事だかわからないと首を傾げた。
「ほら、例の幼馴染の君に振られたんだろ」
「ばっ、馬鹿言うな。何で俺がアイツに振られるんだよ!」
なるほど。
「会長、野茨先輩に振られたんですか?」
「振られたにゃ?」
「元気出すにゃ」
「フッ、人生ってそんにゃものさ」
どうやら会長は、月来先輩には恋の悩みも打ち明けていたらしい。
「あ、明日香ちゃんまで、何を言うんだ。それに何でアイツなんだよ。それから猫は煩いぞ!」
「いや、野茨先輩以外に誰かいるんですか?」
振られた相手が杏子だったら驚愕だけど、杏子が会長を振る訳がない。そもそも杏子は会長の幼馴染ではないしね。まあ、私の知らないところでそんな事実があるのかも知れないけれど、野茨先輩で当たりみたいだから、その辺どうでもいいよね。
「あのな、別に俺が振られたとかじゃねーよ。最近、アイツの様子がおかしいんだよ。あの守銭奴が、新しいブロマイドの撮影予定とか、握手会の開催とか、汗を拭いたハンカチを渡せだの、胡散臭い儲け話を持って来ないんだぞ」
いや、野茨先輩……
「ここのところ、素っ気無いというか、硬いと言うか……いやに真面目なんだ。これは異常事態だろ」
野茨先輩がお金好きかどうかは一先ず置いといて、会長が狼狽える程、野茨先輩の様子がおかしいらしい。
……あ!
同室の菊子がいつも通り変わりないので、忘れていたのだけれど……
もしかしたら、野茨先輩、高砂先輩、菊子、董子の4人は、魔王の手下かもしれないんだった。




