↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/51

第三十六話「赤岳・晴天その9」

 赤岳鉱泉でテント受付を済ませたあと、各自テントを張る。といっても何故か俺だけは一人でテント張りだ。もともとソロ用のテントなので出来なくはない。たまに会長が解説しにきてくれたり、桐生がじっと見て何も言わずに去って行ったり、吉岡が「寂しいねぇ」とだけ言って去って行ったりしてくれたので……してくれたので何にもならねぇ。


 テントの張り方その一。整地を行う。

 某立方体を積んだり崩したりのゲームの整地とは違う。テントを張る場所にある岩などを退かして快適なスペースを作る。これだけである。

 稜線上や河川付近など、テントを張る場所には気をつけたいところだが、赤岳鉱泉や行者小屋の場合、特に登山道を遮るようなことがなければテント場は他に気をつけることがない。この辺初心者向けである。


 その二。組み立てる。

 テントの種類によって組み方は違ってくるので説明書を読みましょう。俺が必死に熟読しているところに現れて言い放った桐生先生からのありがたい言葉がこちらになります。


「……今日初めて張るのか?せめて家で一回張っとけよ。アホか」


 桐生先生のスパルタ講座終了。同じモデルのテント使ってんだから教えてくれよ。


 その三。固定する。

 ペグを打つのが本来のやり方ですが、俺はもうポールを穴にぶっ刺すのに力を使いすぎてやりたくありません。そこで赤岳鉱泉近くにある大きな石で代用します。要は押さえつけるだけです。地面が硬くてペグが刺さらない場合の対応です。

 稜線上のテント設営では風が強いために非推奨ですが、ここは稜線でもなんでもないので周りも石を置いています。桐生さんたちはペグを打っています。


「高山手抜いてる」


「一人でやってんだからこれぐらいいいだろ」


 その四。これからの半日を過ごす準備をする。

 とりあえず、ザックの奥深くにしまったコッヘルや寝具を取り出して衣食住を整えます。狭いテント内での生活をできるだけ快適にしましょう。一日だけのマイホームです。


 ……そういや、誰か隣で寝るんだよな。


「あんまり広げ過ぎるのもよくねぇよな」


 果たして、誰が隣に来るのだろうか。どうせ寝るだけなのだが気にはなる。自分の持ち物だし桐生がここに来るのはまずないだろう。じゃあ会長?違うな。やっぱ吉岡か。

 どう考えても結論は吉岡に行き当たるので頭の中では吉岡が隣で眠るのを想像していた。


 実際は全く違う結果となった。




「よーし!じゃあウチここをキャンプ地とする!」


「あぁー……いい場所だね。我々はもう少し歩くか。あんまし近くても迷惑だしね」


「遠慮しなくてもいいよぉ!ウチのお父さん達なんだから近くでも平気だよ!」


「お父さんかぁ……嬉しいねぇ」


「多田さん、あんたどっちかっていうと爺さんだろ!」


「言うなぁ木村君は!」


 テント越しに聞こえる先ほども聞いた声。何やらあの怪しい集団にまた出会ってしまったらしい。

 しかも女性の方はたぶん俺のテントと近い場所に立てるらしく、ザックの開いた音がやけに近くで聞こえた。


「……あっれぇ。あっれぇ!!うわ!やっぱ明日香じゃん!奇遇だねぇ!!」


「……やっぱ手前か。なんか嫌な予感してたんだ」


 どうやら桐生の知り合いらしい。ただ俺も何か嫌な予感がしている。無意味に息を殺して二人の会話を聞いていた。


「まさか八ヶ岳で明日香に会うとは思ってなかった!」


「あたしも八ヶ岳でお前に会うとは思ってなかった。お前、夏はアルプスしか行かないんじゃなかったか?」


「いやー……今日の北ア天気悪そうなのよ。八ヶ岳はそんなに悪くなさそうだったし、現に山頂良かったじゃん?そういやすれ違ったっけ」


「見なかったことにした」


「声かけろよ」


「めんどくせぇ」


「そういやなんかもう一人懐かしい顔見た気がするんだけど」


「……あぁ。目の前のテントにいるぞ、お前の舎弟(たかやま)」


「えっ!?マジ!?なんで明日香と!?付き合ってるの!?」


「馬鹿言ってんじゃねぇ」


「おーい舎弟ー!隠れてないで出てきなさい!ウチが来てやったぞ!」


「……ウチって誰だよ」


 仕方なく無抵抗のままテントから歯磨き粉のように出てくる。あぁ、やっぱり知ってる顔だ。懐かしい……ぐぁぁ……懐かしい……懐かしいってだけにしとけ。他は何も思い出すな。


「んあー!なっつ!!なっつい!!」


 すぐさま脇で首を固められて犬のように撫で回される。あぁ、懐かしい。この屈辱的な行為も涙が出るほど懐かしい。


「元気だったか舎弟?久々にウチに会えて嬉しいか?」


「……すごく、嬉しいです」


 心にもないことを言ってしまうあたり、俺の中では桐生より恐ろしい位置にいる。彼女が恐ろしいのは、桐生はともかく、会長や吉岡には知られたくない秘密を握られた上、そんな秘密を握っている彼女には絶対逆らえないという事実を中学時代になすりつけられながら生きてきたからだ。


 星野優姫(ほしのゆうき)。見ての通り俺は今の今まで彼女の飼い犬だった。




『星野さん……俺と付き合ってください!』


 あぁ……なんで一番最初に思い出すのが一番思い出したくないシーンなんだ。


『えぇー?高山と?ウチが?うーん……悪くないけどねぇ』


 星野はニヤニヤしながら俺の真剣な想いを転がしていた。


『高山、ウチのこと好きなん?』


『う、まぁ、その、最近仲良かったし……』


『そうだね。ウチも高山の事好きだよ』


 思い返せばあの一言を聞いた時ほどブチ上がった時もない。ただ、


『だが断る』


 あの一言を聞いた時ほどブチ落とされた記憶もない。失恋とは恋が失われると書いて、誰もがひゅうと音を立てて自分に何かが落ちていく感覚を覚えると言うが、俺の場合は高所からものすごい力で地面に叩きつけられたみたいだった。


『高山が彼氏ってのも悪くはないんだけどねぇ……でもなんか彼氏ってほどピタっとハマらないんよ。どっちかっていうと……ウチの舎弟みたいな感じ?って事で今日から高山はウチの舎弟です!!……ってあれ聞いてる?高山ー。違うや。舎弟ー。起きろー』


 中学二年の秋。場所は鎌倉遠足中の湘南。遠くの西日を背後にした江ノ島を見ながら砂浜で二人きりになった瞬間。タイミングは最高だった。


 その年の夏に星野とは隣の席になった。見ての通り社交的で誰とでも明るく接する、会長から賢さを引いてチャラさをマシマシにした彼女はやはり男子の注目の的で、その中でも彼女に一番近かったのは俺だった。そのはずだ。


 好きなテレビ番組、歌手、俳優、食べ物……彼女の好きなものを席が隣のうちに出来るだけ共有した。天然というか、会話をしていても自分の思う通りに話が流れていかず、飛び飛びになったりする彼女との会話は奇想天外で、すごく楽しかった。


 半月も経てば将来のことだとか、付き合いたいタイプだとか、多分普通の男友達として見ていたら話さないであろう込み入った内容の話もしていた。


 たまに途中まで一緒に帰ろうものなら、友人たちの心地よい恨み節を聞いたり、逆に女子の『俺と星野がデキている』という噂を聞きながら優越感に浸っていた。授業中に会う彼女の意味ありげな目線を分かった気になりながら……もうやめよう。甘酸っぱい。

 んで奥手な俺もいい加減告白に至ったわけだ。結果はめちゃくちゃ酸っぱかった。甘さ控えめどころではない。酸味を凝縮させた液体を口の中に強引に押し込められたような、そんな思い出となった。


 それから星野は俺のことを「舎弟」と呼び、あろうことかその「舎弟」と呼ばれることになった経緯まで言いふらされた。あの孤高の少女だった桐生まで知っているのだ。その範囲たるや説明の必要もなかろう。死のうかと思った。

 天使に見えていた彼女は根っこまで悪に染まって俺の青春に泥を塗り続けた。


 それでも悪い気がしなかったのは、一番彼女に近かった俺がフられたことを受け、この機に告白しまくったスクールカースト上位の連中がことごとく彼女に切り捨てられたからだ。

 舎弟になっても俺が一番近いのは変わらなかった。情けないものであるが確実に優越感だった。


 高校に行ってからは知らない。音沙汰もなかった。

 ただ一つ分かることは、またしても山に登っていた。それだけだ。


「桐生と高山の知り合い?」


 会長がアクの強すぎる星野を見て桐生に尋ねた。俺は完全に首をホールドされたままだ。離せ。


「同中だよ。勝手にアルプスの姫を名乗ってるうさんくせぇ女だ」


「勝手にじゃないよ!雑誌で書かれてるもん!木村っち!!説明してやって!!」


「あいよお姫様」


 木村と呼ばれた壮年の男性が山岳雑誌のページをめくる。なんでもいいけど、いつもそれ持ってるんですか。


「ほらあった。『山と渓谷と私2017年9月号SNSで大人気!アルプスを愛するお姫様!山ドル星野優姫ちゃん、北アルプスを語り尽くす!』」


「ほれぇ。書いてあるでしょ」


 ページには全く露出度のない山ドル(おそらく山のアイドルのことだろう)の写真がデカデカとインタビュー記事とともに載っている。


「って、君は桐生さんじゃないか!」


「あ?」


「ほら、小さいけどここに載ってる」


『優姫ちゃんのクールなお友達、人呼んで氷の女帝、桐生明日香さん』


「……掲載許可出した覚えはねぇぞ」


「ウチが出したんだよ!かっくいいじゃん!ほれ!氷の女帝!」


「お前、星野のクールなお友達で氷の女帝だったんだな。知らなかったわ」


「優姫、そいつを今すぐ離せ。ぶん殴る」


「やだー。久々の舎弟だもん。存分に味わう」


 彼女の香りと会長より豊満な胸の感触を味わっているのは俺なのだが。やーねー男の子って。万年こんなこと考えて生きてるのよ。




「なるほどねぇ。テントが無いと。じゃあウチんとこ明日香が来ればいいじゃん。高山でもいいよ。存分にこき使ってやる」


「だそうだ。行ってやれ高山」


「男のテントに誰が入るのかで話し合ってたのにそれじゃ本末転倒だろ。お前行けよ」


「こいつと二人は絶対に嫌だ」


 時間が経つのは早い。高かった日もだんだんと落ちてきて、早くも夕食を作り始めている人たちもいる。

 俺はずっとホールドされたままだ。疲れたのなら離せばいいのに「舎弟。こっち」と右から左に移動した。移動する俺も俺だ。分かってる。泣きそうなくらいだ。


「高山って昔からそういうキャラなんだね」


「どういう意味だそれ。俺は昔からワイルドな男だぞ」


「鏡あるけど見る?」


「いらん」


「で、結局どっちが来るの?なんなら明日香のお友達でもいいよ?仲良くなろうゼェ…」


 星野の悪魔の手招き。会長ですら取って食いそうな勢いに竦んでいるのが手に取るようにわかる。


「じゃあ、私行くよ」


 手を挙げたのは吉岡だった。その手が若干震えている。


「おっ、可愛い子ちゃん一名入りましたー。高山(しゃてい)の彼女?」


「だったら一緒に寝てる」


「だよねぇ」




「つーかお前まで山かよ。なんでそうなったんか全然分かんね」


 ようやくホールドから解放されてすることもなくなった今、あの時のように二人並んで座って西日に染まる八ヶ岳を見ていた。

 今となっては桐生の存在があるので星野と隣にいようがあの時の感情は湧き上がってこない。そのはずだ。


「んあぁ、ウチ高校行って山岳部入ったんよ。体育会系苦手だし、なんか楽しそうだったしさ。したらもうハマっちゃって。もうずっと休みの日は山登りよ」


「じゃあ桐生とはそこで再会したわけか」


「そうそう!あれは確か乗鞍だったっけかなぁ……もうすっごい嫌な顔されちゃってさぁ」


「今日もお前通り過ぎた時すっげぇ嫌な顔してたぞ」


「マジかー。ウチ明日香に嫌われてる?まっさかね」


「自覚ないのがすげぇよ」


「でも高山も山で明日香に会ったんでしょ?意外だよねぇ……明日香が登山なんてさ」


「なんか色々あるんだろ?まぁいつも一人だったかららしいっちゃらしいよな」


 そういえばここには叔父と来たって言ってたような。あの若い男の人が叔父さんだったならって考えも浮かんだけど、それにしても若すぎる。


「ねぇ、あの時の話してもいいかな?」


「……どの時のだ?」


「鎌倉の」


 確実に心臓がドスンと音を立てた。おそらくは流れていたそこそこ鮮明な赤が冷たい温度とともに濁って身体中を駆け巡った。


「……俺も忘れるのに必死なんだから忘れてくれよ」


「……やっぱそうだよねぇ。申し訳ないことしちゃったな」


「いや、謝らなくていいよ。謝る謝らないの話じゃないし」


「違うよ。ほんとは付き合いたかったよ」


 ……そうか。今それ言うか。俺の視界の隅では桐生が眠たそうに夕陽を見ていた。


「でも、なんかあまりに綺麗すぎたっつーかさ。その、なんか、あんな綺麗な景色の中ではっきり言われちゃうと、こっちもうまく言葉にできないっていうか」


「お前にそんな葛藤があったことに驚きだよ。まぁ、いいよ。昔の話だし」


「そっか。ならいいんだけどさ。もしかしてどっかで高山に会った時に一番最初に言わなきゃいけないなって思ってた。あー……なんかめっちゃスッキリした。あ、今でも高山はウチの一番の舎弟だぞ」


 そりゃありがたい話だ。どうせなら今でも好きだよくらいは言って欲しかった。……違うな。話がややこしくなる。


「そろそろご飯にしようぜ。かわいこちゃんたちが作ってくれるんじゃん?」


「どうせ俺がやるんですよ。下ごしらえも俺だったし」


 曲がりなりにも調理の仕事に携わっている以上、その辺はプロの仕事を期待されているらしい。一応、資格も持ってるがあまり誇らしいものでもない。


「あ、元カノとなんか話してきたの?」


 会長たちのところへ戻ると開口一番釘が刺さる。というより刺さった釘をさらに打ち尽くされる。


「桐生、話したんかお前」


「あぁ。どの道時間の問題だろう」


「確かにそうなんだが、元カノは語弊だろ」


「知ってるよ。振られたんでしょ?」


 吉岡が金槌乱舞。釘は埋まってるのでもう痛くもなんともねぇ。


「高山。私どうすればいいと思う?」


「何が?」


「だって……!桐生さんはクールな氷の女帝だし、会長は万能メガネだし、あの、星野さんはギャル系だし、私は……なに?誰?何キャラ?」


「何を心配してんだ」


「知ってるよ!これ私、セリフどんどん少なくなっていって、最終的にかませ犬ですらなくなって『俺は相手にすらならねぇからこの辺から見てるぜ』とか臆面もなく言い出すんだよ!?」


「ヤムチャかよ」


「ヤムチャは嫌だよ!!」


「美優ちゃんなら天津飯くらいにはなれるよ」


「会長それ慰めになってないよ!むしろディスってるでしょ!?」


「あたしには何言ってんだかさっぱり」


「ベジータは圧倒的な余裕をかますよね!!ベジータだからね!!」


 訳の分からないうろたえ方をする吉岡は放っておいて、ご飯を作りましょう。吉岡さんにはこれからの頑張りに期待です。

上野さんの小説は基本的に男の子が虐げられてますよね?ドMなんですか?という指摘は頂かなかったのですがただのフェミです。お間違いなきよう。

さて、久々の更新ですが、実は前回URLを載せたコドクトリップになん山出張編「妙法ヶ岳・曇天」が載ってます。赤岳に無理やりつながっているので是非どうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。