第三十三話「赤岳・晴天その6」
今までもそうだったのが、行者小屋を抜けてからというもの、一気に樹林帯っぽくなる。というのも沢沿いに歩いていた北沢と比べると道は狭く、両脇共に針葉樹に覆われどことなく薄暗い。
それでもテンションが下がらないのはそんな針葉樹や岩肌を覆う苔の存在だろうか。
苔は平地で見るようなものとは違って伸びており、朝露を孕んでいるのも視認できる。
「わびさびって感じだな」
わびさびとはたぶんこういう時に使うものだ。たぶん。苔ブームなる怪しいブームも近年あったらしいがわからないではない。苔の緑は単純に癒しになりそうだ。
比較的急勾配の道が続き、現れたのは稜線まで続く階段。そして気づく。ついにここまでやってきたのだ。憧れたあの景色の元へ。
「なんか一気に広くなった」
「そう。ここから森林限界だからね」
「森林限界?」
「高山に限らないんだけど、ある程度標高が上がると環境のせいで木が育ちにくくなるんだ。だからこうやってすっごく開けたいい景色になる」
遮るものがない見渡す限りの大展望。ネットや雑誌などで見かけた森林限界についにやってきたのだ。
本当はそんな景色にとことんまで浸りたいのだが階段の途中なので足早にすり抜ける。
上からは団体客が並んで降りてきていて、挨拶も疲れるくらいには延々と続く。
「この先一段ガタンってなるとこあるんで気をつけてください」
「はい、ありがとうございます」
この狭く高い階段で予告なくガタンは怖いだろう。先頭を行く会長が「あっここだよ」と注意喚起に注意喚起を重ねるので、
ガタンッ
注意深く行こうと思ったが無理なものは無理だった。分かっていたから良かったものの、わからないと冷や汗ものだ。
振り返る階段からの眺め。ここまでくると赤岳鉱泉や行者小屋も小さく見える。なんといってもスケールの大きさがすごい。青い空の下にそびえる八ヶ岳連峰、新緑の森。自分以外のすべてが壮大だ。
本当に、人間って小さいんだな。
そんな小さいことで悩んで、なんてよく思ったり他人から言われたりもする。ただでさえ小さな人間の形さえあるかどうかもわからない悩みというものは、この景色の前に掻き消えてしまうのだろう。
「高山、楓達先にいっちまうぞ」
目の前に悩みのタネがなければの話だ。
もやもやは消えないが、今は今だ。とりあえず稜線までさっさと上がってしまおう。
ところがそうもいかなかった。
階段を抜けてあとは九十九折に稜線まで向かう道で体が異常を訴える。
数歩登ると目眩のような症状が現れて、進めなくなるような、そんな感覚。まさか、高山病か?
見れば会長達も俺に合わせて止まっているようではなく、俺と同じく、数歩歩いては立ち止まりの繰り返しだ。
「流石に、平地と比べりゃ、酸素薄いな」
なるほど。それが原因か。
確かに酸欠とまでは行かないが、頭がふらつくのは酸素が行き届いていない証拠だろう。焦る必要はない。ただ稜線があれほど近いのに遠い。
「美優ちゃん大丈夫かい?」
「ん、まぁ。全然、ごめんやっぱキツい」
先行者も、後から来る人も、明らかにペースダウンする俺たちを追い抜いたりさらに突き放すこともない。平等に標高という鎖が登山客の足に纏う。
「見ろよコマクサだ」
桐生が指す方向には荒々しい岩肌に咲くピンク色の花があった。特徴的な花弁はこうべを垂れてひっそりと、かつ美しく咲いている。
「なんだこれ、見たことないな」
「そりゃ高山植物だもの。平地じゃ見かけられないありがたい花だよ」
吉岡は何を思ったのか「ありがたや、ありがたや」と手を合わせている。吉岡、酸素欠乏症になって……。
「でもすごいな。こんな岩壁に花が咲くんだもん。他の花にここで咲けったって無理があるよな」
「だからコマクサは高山植物の女王って呼ばれてるんだよ」
「他にも高山植物はこのあたりにたくさん咲いてるから見とけよ」
そりゃもちろん。しかしなんていうか、こんな環境でも咲くファンタジーみたいな花があるんだな。花に疎い俺でもその名前は容易く刻める。
同時にこのコマクサは桐生みたいだなとも思ってしまうのだ。たぶん、周りが同じような環境だったら生きていけないような厳しい状況でも、硬い地面にしっかりと根ざして花を咲かせ続ける。
想い人を花に例えるなんて、俺はどこまでロマンチストになっちまったんだろうか。間違いなく、恋とは病気だ。主に頭の。
数十分ほどかけてようやく稜線へと至る。ここからは阿弥陀岳と赤岳に道が続く。というか、ついに稜線歩きだ。
山頂と山頂を繋いで歩く稜線歩き。三百六十度の大展望の中を次なるピーク目指して歩く、登山の一番美味しい部分であろう。
阿弥陀岳に行けば確かにそんな稜線歩きになりそうなのだが、ここから赤岳はまだ登り続ける。見渡す限りの大展望、ではなく、目の眩むような岩の山。他の山に広がる山頂付近の緑とは一線を画すグレーと茶褐色。そこに垂れる銀色。紛れもなくあそこは鎖場だ。
「げぇ、鎖場だよ」
「美優ちゃん言うほど鎖場苦手だったっけ」
「……そうでもない」
棒ノ嶺で地獄の底から湧いて出るような声を出していたが大丈夫だろうか。近くまで来てみると斜度はそれほどでもなく、岩はそこらじゅうに突き出ているので大したことはない。鎖を使わなくても登れそうな感じだ。そう考えると妙義の大砲岩への鎖の方がよっぽど厳しかったと言える。
頂上まで残りわずか。ここを乗り越えれば山頂だ。この鎖場続きの道が逆に気分を高揚させる。このタイミングで険しい道というのがアドベンチャー的だ。
思えば赤岳はバリエーションに富み、決して飽きを感じさせない山だ。林道を歩き、沢を歩き、山荘を抜け、樹林帯を歩き、稜線までは森林限界の中の階段を歩き、山頂を目前にして荒々しい鎖場を登る。登山における楽しさというものがこの山に全て詰め込まれている。
初心者向きとは言わないが、ある程度慣れてきたなら十分に挑戦できる山だ。特に森林限界を越えるような山に挑戦したいなら赤岳はベストであると言えよう。
ともかく休み休みしながらも前進あるのみだ。というか休み休みは強制的に訪れる。夏山ハイシーズンなので登山客の多いこと多いこと。鎖場は基本一人づつ登ったり降りたりするものなので待ち時間が生じてしまう。バリエーションに富む一方で、理外の緩急もある山だ。
歯切れが悪くなったのでもう一度。
ともかく休み休みしながらも前進あるのみだ。
後々になって考えると「一人でいるからこその孤独」ってなんだよ。日本語やり直せ、お前は。
ということで前回の続きだ。
開幕自問したので自答したい。したいがこの数日間で何を言いたいのか忘れてしまった。メモを取れお前は。
本当に何が言いたいのか忘れてしまったので、順を追っていく事にする。
前回では人がいるからこその孤独について説明した。もはや流行り病と言っていいくらいに人々の心を孤独は蝕んでいる。じゃあ一体どうすりゃええねん。その答えが山登りである。
作中にもある通り、山登りとは己との戦いであり、己を見つめなおす時間でもある。
登山道を行く人の多くがその孤独な戦いの最中だ。山という環境の中では自分の年収、家族構成、趣味や好きなもの、交友関係、すべてが白紙になる。大自然は人間社会の中には無く、それらすべて意味を成さない。前を行く人、後を追う人、向かいから来る人すべてにアイデンティティがあるのは確かなのだが、客観的に見れば山を登る人でしかなく、それらを誇示しようと何の意味もない。
それは自分も同じで、あれほどツイッターのプロフィール欄に並べた好きなものも、フォロワー数も、交友関係でさえも大自然の前に掻き消えて、残るのは己のみだ。様々なことを考えつつも山を登るだけ。積み上げてきたアイデンティティ、他人から作られたアイデンティティ、自己を構成する要素から解き放たれ、山を登る人間という一単位でしかなくなる。そう。これだ。これが言いたかった。
この状態が「一人でいるからこその孤独」だ。おそらく周りに人がいたら作り上げられなかったであろう自己だ。アイデンティティクライシスとでも呼ぼうか。私はぼっち最終形態と呼称しよう。
ともかく、これが人間という繊細な社会を形成する生き物にとって非常に贅沢な時間だ。抱えていた荷を下ろし、裸の精神で見たものをそのままの形で受け入れていく。山登りをする人にはこの感覚がきっと分かっていただけると思う。分からなくても気にしないで。
山登れよと毎回毎回言っていて、ついに2000人を超えた読者の中からこの物語を読んで登山を始めた人がいるかどうかは分からない。3人いてくれたらものすごくうれしい。正直誰もいなくてもおかしくないのかもしれない。
何故山に登ってほしいのか、それはやはり前述した流行り病である疎外感から解放できる場所があることを知ってほしいからである。残念ながらというのは言葉がおかしいが、登山客の多くは高齢者だ。だいたい私が登山に行くと、有名な山はともかく、奥多摩あたりなら私が最年少ということはざらにある。
もちろんとっつきにくい趣味だし、世の中にはもっと刺激的なものがあるのは十分に理解している。だがやはり一人でいるからこその孤独が必要なのは現代社会の荒波の真っただ中である若い人である。
そしてもう一つ、山登りは多様化、簡略化した人と人とのつながりをクラシックなものにしてくれる点も現代疲れには有効だ。
山では誰もが孤独だ。それはたとえ同行者がいようと、完全な感情の共有には至らないからである。百人登っていれば百通りの楽しさや辛さがそこにある。それを理解しているからこそ声をかける。「あと少しですよ」「頑張ってください」二、三回山行を行えばきっとこのような声をかけられるはずだ。それほど声掛け文化は登山客に浸透している。
鷹ノ巣山に登った時のことだ。作中にも、あとがきでも書いたのだが、本当に人気の無い道をただただ数時間かけて登った。山頂に至っても自分一人だけの孤独な山行だった。山頂から出発した時、中年男性と鉢合わせ、彼も私もまるで肩の荷が下りたように挨拶を交わしてしばらく立ち話をした。
その時のありがたさといったらない。孤独を受け入れろとか言っといてこれなのだが、あの時は本当に怖かった。
もう一つ余談ではあるが高尾山に行った時のことだ。前から若い女性二人組がやってきた。いつものごとく「こんにちは」と声をかけたら、無視されたあげく「え、何今の」と背中越しに引き気味の声が聞こえた。格好からして登山客ではなく観光客だったのだろうが、双方カルチャーショックに陥ったし、こっちは別の意味でもショックだった。完全無欠の余談である。
人と人との繋がりというものは本来こういうものだと思う。一個前の話のことだ。
もちろん今の多様化した繋がりを否定する気はない。だが、確かにあの時はボタン一つで繋がれるようなそんな繋がりではなく、ため込んだ不安や恐怖を相互理解するような温かい繋がりを感じた。たった一回きりの出会いであったが、そこには確かにデジタルとの温度差というものがあると私は感じる。
そういった体験が人の心を豊かにする。街中で人の優しさや暖かさに触れることももちろんできるだろうが、最初に言ったように山では誰もが孤独だ。初期装備状態だ。アイデンティティをかなぐり捨てて弱弱しくなった自己があるという前提なら誰もが人と感情を共有したくもなるだろう。
ここまで書くと「結局孤独がいいのか、そうじゃない方がいいのかどっちなんだよ」と言われそうであるが私が言いたいのは「孤独になって、人の持つ本来の暖かさに触れて欲しい。」だ。そして究極的には「山に登れ」だ。
2000人のなん山読者の皆様に今一度、感謝の言葉と山登れの言葉を。




