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第三話「高尾山・雨 その3」

 降ってるんだか降ってないんだかよく分からなかった雨は未だにそんな雨模様で、山頂にはちらほらと若い男女が集まってきている。みんなそれぞれグループでたむろしていることを見るに、課外授業の一環で来ている中学生か高校生なのだということは分かった。あいにくの天気だが、彼らはこれで満足できたのだろうか。


 楽しそうな彼らとは一転して俺はなんだかよく分からない空気のまま山頂に留まっている。目の前には皆殺しの桐生。その間にガスバーナーでふつふつと沸き立とうとしている小さな鍋。

 早くここから立ち去りたい。だがそれをしようものなら彼女はここで拳を振りかぶり俺の顎を射貫くだろう。そんなことあり得るはずがない?俺はそんなワンシーンを何回か目撃しているんだ。


 遡れば数分前。


「なんで高山がこんなところにいんだよ……」


 頭を抱える彼女のそれは俺に尋ねているわけじゃなく、予想外の出会いに苦悶しているように見えた。


(それは俺のセリフだよ)

 言えるわけねぇだろそんなこと。とりあえずは「あー。えーっと。登山に来たんだ」と返す。彼女はキッっと俺を睨みつけていた。他に何と答えれば彼女の機嫌を損ねずに済んだのだ。


 彼女がしばらく黙ったままだったので、「じゃあ」と礼儀正しく一礼をして逃走しようとすると「待て」と鋭い声が飛んできた。彼女を知らない人からすれば心臓の縮まる瞬間であろう。小柄な彼女から発されるその声は誰彼構わず触れたものを傷つけるような研ぎ過ぎたナイフそのものだ。


「お前、ここまで何で来た?」


「いや、登山しに来たからロープウェイじゃなくて自分の足で」


「誰がいつそんなこと聞いたよ」


 今です。


「この高尾山まで何で来たって聞いてんだよ」


 ああ、そういうことか。まぁそりゃそうだ。ただ今の俺は酷い緊張状態にある。求められた回答を出すのは少し無茶というものだろう。猫に追われるネズミ。チーターに睨まれたガゼルの気持ち。草食系男子とはよく言ったものだ。


「車で来たんですけど」


「今はどこ住んでんだ?」


 少しの間もおかない質問にたじろぐ。今何歳?どこ住み?てかLINEやってる?と聞かれる女性の気持ち。


「昔から変わんないよ。……実家暮らし」


 一人立ちの機会を逃したままいい大人になってしまったのだ。それが恥ずかしいかどうかは分からないが、周りがあちらこちらへと巣立っていく姿を見て自分では恥ずかしいと思っている。


「そうか」


 彼女はその言葉に何を思ったのかは知らない。だが次の瞬間には彼女の性格を思い出していた。


「じゃあ帰りにあたしを乗せてけ。帰りの電車賃払いたくないから」




 だからこうして彼女とともにコーヒーを飲んでいる。無骨な光を放つコップでコーヒーを啜る彼女。同じく無骨な光を放つ鍋から直接コーヒーを流す俺。鍋コーヒーなんて当たり前だが初めて飲んだ。


「とりあえず、それが料金代わりだから」


 強調しておくが俺は「コーヒーを飲みたい」なんて一言も言っていない。


「……なんでここに来たん?」このまま二人無言が桐生を送り届けるまで続くことが目に見えていたので世間話を持ち掛ける。まるでギャルゲーのようだ。あちらは恋愛関係になるためだが、こちらは自分の命がかかっている。


「来ちゃ悪いか?」


 早くも黄色信号だ。っていうか桐生の場合、万年黄色か赤信号だ。つまりは通行止めだ。


「いや、なんていうか、昔の桐生しか知らなかったから桐生がこんな趣味持ってるなんて意外だなって」


「趣味だなんて一言も言ってねぇ」


 そう言った彼女だが、長い金髪は邪魔にならぬように後ろでまとめ、ここに来るまでに何度か見たような濃いピンクのジャケットを纏い、背負ったザックも俺の背負っているものとは明らかに違う。それが趣味でなければなんだというのだ。


「でもいかにも登山してますって恰好だし、ほら、これ、なんかこういう湯を沸かすやつとかも持ってたら趣味だとしか思えないっていうか」


「男のくせによく喋るな」


 必死なんですよ。この後が目に見えてるから。このままの空気であと何時間一緒に居ればいい?お前は良くても俺は嫌なんだよ。


「まぁ、趣味なんじゃねぇの」


 あくまで他人事のように答えられる。じゃあ、じゃあ最初からそう言ってくれよ。俺の心臓は確実に数ミリ縮んだぞ。


「そういうお前は登山でここに来たのか?」


「ああ」俺は桐生より幾ばくか素直な人間だ「なんか突然登山したくなってさ」


「それで勢いで山登って来た?」


「まぁ、そんな感じ」


 桐生はそう答えた俺をじろじろと見つめる。上から下まで、その獣のような瞳が上下する。


「まぁ、そうだろうよ。見りゃ分かる。ロクな下調べもしてねぇってのはなんとなくな」


 下調べ。桐生には似合いそうもない発言が飛び出す。そういえば、桐生は超がつくほどの問題児だったのは確かだが、そういう奴にはついて当たり前の頭の悪いイメージはなかったような気がする。


「高山」


「……何?」ドスの効いた声に今度こそ肩が跳ねる。


「山舐めてっと殺すぞ」


 明らかな脅迫に俺の心は縮まって元の大きさに戻ることを知らなくなる。……はずだったのだが、桐生のそれはどこか山に登ることのひたむきさがあって、俺は素直にそれを飲み込んだ。なんとなく、プロの意見のようにも思えた。まぁプロではないのだろうが。


「やっぱ、それなりの恰好しないと駄目だったかな」


 それは薄々思っていたことだが、自分なりに動きやすい服装で来たつもりだ。だが彼女はそれを叩き切る。


「当たり前だ。つーか、なんか始めんならちゃんと調べろ。山登るのにそれを怠ったら普通に死ぬぞ」


「……おう」


 なんだこれ。なんかおかしい。そりゃ人は変わるよ。月日や出会いや経験で人は変わるよ。でもこれは、あの皆殺しの桐生明日香がここまで物事に真剣になるってなんなんだ。言葉や外見は相変わらずだけど、その真剣さは伝わってくる。彼女の言うように俺が山を舐めてただけなのかもしれないが。


「とりあえずそれ飲んだら下山するぞ。景色も良くねぇしここに居る意味ないだろ」


 そりゃそうなんですけどね。明日には響くであろう足の疲れとともに彼女の小さな背中を追う。これはもう願望でしかないのだが、桐生が「皆殺しの桐生」ではなく、普通の「桐生明日香」だったなのなら、もう少し心も弾んだだろうに。触れる者皆傷つける棘を持つ彼女は、美しいかどうかは個人の趣向に委ねるとして、花であることには間違いなかったのだ。


一応山行録なんで、一割合ってます。天候とか。稲荷山ルートで行ったこととか。とりあえず勢いでは行ってないはず。雨降ってんのは予報外れたからです。こんなはずじゃなかった。とりあえず登山用の装備も揃えて行ってます。だいたいモンベルさんです。だらだら高尾山の話し続けても物語が進行しないので下山は割愛すると思うんですが、六号路で帰りました。ドMですねこれは。まぁ往路は嫌で下山も登山っぽいのが良いと思ったら六号路になるんです。雨で濡れた木の根とか石とか、結構危ないので悪路危険の看板も出てました。なぜ行ったし。

次回(もしくはその次の回)一週間のうちに二回登った埼玉県は武甲山のお話になります。また天候に恵まれてません。昨日丹沢行ったんですがお察しです。たまには晴れろよ!!!!


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