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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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09 竜は名を呼び、夢は爪痕を残す


 白い空間の中へ、我が家よりも巨大な影が現れる。


 いぶし銀の鱗。岩肌のように重厚な皮膚。背には巨大な翼。

 伝承画でしか見たことのない存在だ。


「竜……」


 見上げた先で、黄金色の瞳がこちらを見下ろしていた。

 縦に裂けた瞳孔が、心の奥まで覗き込むように細められる。


「本物……なんだよな?」


 状況が理解できない。興奮も相まって、頭の中が混乱していた。

 あの日、尋ね人が来ていると呼び出され、街外れで中年の行商人と会った。


『おまえが、リュシアン・バティストか。仲間から預かってきた』


 差し出されたのは、細長い布包だった。

 紐を解く前から、見覚えのある筆跡が目に入る。

 ジェラルド・バティスト。間違いなく、兄からの荷物だ。


『詳しいことは聞いてない。ただ、必ず渡せと言われただけだ』


 商人はそれだけ告げて立ち去った。


 包みの中には、一本の長剣(ロングソード)、黒い手帳、そして赤子の拳ほどの宝玉(ほうぎょく)が入っていた。


 宝玉へ触れた瞬間、碧色の光が弾けた。


『我を呼んだのは、汝か』


「え!? えぇ!?」


 低く響く男の声が、頭の内側へ直接流れ込んできた。

 周囲を見回しても誰もいない。


『どこを見ている。話しているのは我だ』


「嘘だろ……」


『信じられぬのも無理はない』


 声に合わせるように、竜の瞳が鈍く輝く。

 伝承では、竜は思念で会話すると語られていた。


「二百年も前に消えた存在だろ……」


『その通り。我々は人の前から姿を消した……だが、今はそれについて語る時ではない。残された時間はわずかだ』


「時間がわずか?」


『これは運命の悪戯か。あるいは時代が汝を選んだか。見れば、混じっているようだな。資格を有する者か』


「混じってる? 資格?」


 竜だけが納得していて、話がまるで見えない。


『我の意識が途絶える前に……汝へ、力の一部を授ける……』


「力? そんなもん、いらねぇって」


 右手の甲が碧色に染まった。

 光は腕を這い上がるように広がり、肘を越え、肩まで飲み込んでいく。


「がっ……あぁぁぁっ!」


 爪の先から異物が入り込んでくるような激痛。

 焼けるような感覚が腕の中を這い上がってくる。


『邪悪なものを……討て……そして……』


 余りの激痛で思考は飛んでいた。

 何かを言われたはずだが、覚えていない。


※ ※ ※


「リュシアンさん、目を覚まされましたか。間もなく、ヴァルネットに到着しますよ」


 鈴を転がすような声と、肩へ触れる温もりが、穏やかに覚醒を促してくる。


「悪い……寝ちまったのか」


「お疲れだったのでしょう。本日は陽気も良く、うたた寝には最適ですから」


「依頼も無事に終わったしな」


 眠った勢いで、もう一度膝枕をしてもらえたら最高だったのに。

 そんな考えが浮かび、慌てて振り払う。


「がうっ、がうっ!」


 左肩の上でラグが鳴いた。


 街へ入った馬車は、ゆっくり速度を落としていく。


※ ※ ※


 ヴァルネットに戻ったその日の午後。

 三人で冒険者ギルドに顔を出すと、泣き出しそうな顔のシャルロットが駆け寄ってきた。


「リュシアンさん、怪我はなかったですか? 本当に心配したんですよ」


「あぁ、問題ねぇ。おまえは衝立(ついたて)の具合だけ気にしてくれればいい」


「ひどっ! っていうか、昨日のこと、まだ根に持ってるんですね」


「まぁな。俺は心が狭い男だ」


「そんなこと、自分で言わないでください」


 軽口を交わしながらも、声の奥には安堵の色が滲んでいる。こういうところは、素直に可愛いと思う。


「とにかく、お帰りなさい。ささ、受付で討伐報告を済ませてください」


 談笑していたセリーヌとナルシスを呼び、報酬受領の手続きへ向かう。


 報告されたルーヴの数は想定より多く、ランクールの街長が追加報酬を申し出てくれた。

 しかし、セリーヌは迷いなく首を振った。


『そのお金は、どうか復興にお使いください』


 柔らかな声に、街長は感激を隠せない。

 しかも彼女は、人目を避けるように紙幣の束まで差し出していた。冒険者登録の際に換金した宝石を、惜しげもなく寄付したらしい。豪胆というより、自然体での優しさが眩しかった。


『街長。すみませんが、少しいいですか?』


 セリーヌとナルシスをさりげなく引き離し、俺は街長と言葉を交わした。


 寄付を無駄にしないよう釘を刺し、俺自身の目的も伝えてある。

 あの街長なら、きっと上手くやってくれる。そう信じられた。


「結局、報酬は三万ブランか。ひとり一万ずつだな。セリーヌがランクDへ昇格するには、累計三十万ブランの功績が必要なんだ」


「このような戦いを、幾度も……おふたりとも、ずいぶん研鑽を積まれてきたのですね」


 長い道のりだが、彼女なら必ず辿り着くはずだ。


「今回は共闘になったけど、本来は後追いで受けた依頼には先発者に優先権があるんだ」


 セリーヌを見つめ、説明を続ける。


「達成すれば、ギルドと先発者に手数料を払って報酬を分け合う。偶然の遭遇でも原則は同じだ……最悪、偶然を装った横取りも起こり得る」


 忠告しながら、ふと重要なことに思い当たった。


「ちょっと待て。ルーヴ・ジュモゥ……あの大型魔獣の報酬はどうなるんだ?」


 身を乗り出して女性職員に詰め寄ると、ナルシスも割り込んでくる。


「命を落としかけた、危険極まりない相手だったんだ。見合った報酬を頼むよ」


「おまえはダメだ。俺とセリーヌで山分けだ」


「待ちたまえ! 僕の閃光玉(せんこうだま)がなければ、君もやられていただろう」


「じゃあ百歩譲って、閃光玉の代金だけ払ってやる。それで我慢しろ」


「おふたりとも、少しは恥を知りなさい」


 セリーヌの叱責は、よく通る。


「山分けなんて、とんでもない。ナルシスさんは一割。リュシアンさんは三割。そして(わたくし)が六割を……」


 とんでもない守銭奴(しゅせんど)がいた。

 俺とナルシスは、同時に冷めた目を向ける。


「あの……冗談ですからね。そんな目で見ないでください……仲良く三等分で、よろしいではありませんか……」


 顔を真っ赤にして俯く姿は、妙に愛嬌がある。


「あの~。ちょっと」


 中年の女性職員が声を張る。


「大型魔獣については、正式な討伐依頼が確認できません。対象外ですので、報酬は発生しません」


「冗談だろ。どう見ても討伐対象ランクAかSの相手だったぞ」


「私に言われても困ります!」


 この開き直り方。ベテランの貫禄ってやつか。


「ってことは、泣き寝入りかよ……」


「ギルド本部の調査隊から、非常に稀少な個体だと連絡が来ています。研究対象になれば報酬検討の余地はありますが……遺体の損傷が激しすぎる、と」


 彼女は少し間を置き、言葉を続ける。


「まるで、伝説に残る竜撃(りゅうげき)のようだ、と」


 心臓が、大きく跳ねた。

 辺りの職員までもが手を止め、伺うような視線を向けてくる。


「それは大げさだ。強力な魔導具もたくさん使ったからな……」


 天をも破壊すると言われた竜の一撃。それが、竜撃だ。

 俺の力の正体を示す言葉でもある。変に触れられるわけにはいかない。


「がう?」


 左肩の上でラグが首を傾げ、セリーヌが静かに近づいてきた。


「危険な魔獣は退治できました。それで十分です」


 穏やかな微笑みを見ているだけで、こちらの気分まで軽くなる。


「嬉しいので、今夜は山盛りのボンゴ虫をいただきたい気分です。いかがですか?」


「いや……まったく」


 思わず顔が引きつる。

 そういえば、彼女は少し残念な人でもあった。


 助けを求めて、ナルシスを見る。


「竜撃とは、興味深いね」


 面倒な男が、妙なところへ食いついてきた。


「いや、今はボンゴ虫の話だろ……」


「あいにく、僕は満腹でね」


「じゃあ、これにて解散だな」


「待ちたまえ」


 逃げかけた腕を掴まれた。

 腕輪に巻いていた黒のバンダナが床へ落ち、ナルシスの目が見開かれる。


「その腕輪……赤ライン。君のランクはAか!?」


「だから秘密にしてたんだよ。面倒だから」


「ナルシスさん、知らなかったんですか?」


「シャルロット。黙ってろ」


 誇らしげな彼女を遮ると、ナルシスは震える声を絞り出した。


「ランクA。そして剣が帯びる色……まさか君は、碧色の閃光!?」


 ギルド内の視線が、一斉にこちらへ集まる。

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