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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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09 竜は名を呼び、夢は爪痕を残す


 白い世界を埋め尽くすように、巨大な影がゆっくりと姿を現した。


 いぶし銀の鱗。岩肌を思わせる重厚な皮膚。そして、白い空間を覆い隠すほどの巨大な翼。伝承画でしか見たことのない存在が、目の前に確かに存在していた。


「竜……」


 黄金色の瞳に見下ろされている。縦に裂けた瞳孔が細められ、心の奥まで覗き込まれているような錯覚がした。


「本物……なのか?」


 心臓がうるさい。


 ずっと憧れ続けてきた存在がここにいる。


 あの時の俺は、興奮と混乱で、まともに考えることができなかった。


 黄金の瞳を見つめていると、意識の奥から忘れていたはずの景色が浮かび上がってくる。


 二年前のあの日、尋ね人が来ていると呼び出され、街外れで中年の行商人と会った。


『おまえが、リュシアン・バティストか。仲間から預かってきた』


 差し出されたのは、細長い布包だった。


 布包の結び目に挟まれた紙片へ目が止まる。そこには、見覚えのある筆跡で名前が記されていた。


 ジェラルド・バティスト。


 間違いなく、兄から届いたものだった。なのに、兄自身はここにいない。


『詳しいことは聞いてない。ただ、必ず渡せと言われただけだ』


 商人はそれだけを告げると、こちらの質問を待つこともなく立ち去った。


 兄はどうして直接来ない。なぜ手紙もなく、行商人にこんなものを預けたのか。


 疑問ばかりが浮かんだが、戸惑いながらもその場ですぐに包みを開いた。


 中に入っていたのは、一本の長剣(ロングソード)と黒い手帳。そして、赤子の拳ほどもある宝玉(ほうぎょく)だった。


 宝玉だけが、妙に冷たい光を返していた。


 何のために送られてきたのか。手帳には何が書かれているのか。


 何気なく宝玉を掴むと、碧色の光が弾けた。


 そして気付けば、こんな有り様だ。


『我を呼んだのは、汝か』


「え!? えぇ!?」


 低く響く男の声が、頭の内側へ直接流れ込んできた。


 思わず周囲を見回すが、誰もいない。


『どこを見ている。話しているのは我だ』


「嘘だろ……」


『信じられぬのも無理はない』


 声に合わせるように、竜の瞳が鈍く輝いた。


 伝承では、竜は言葉を口にせず、思念によって会話すると語られていた。


「二百年も前に消えた存在だろ。すげぇ……」


『その通り。我々は人の前から姿を消した』


 竜は一度、長い沈黙を置いた。


『だが、今はそれについて語る時ではない。残された時間は、わずかだ』


「時間がわずか?」


『これは運命の悪戯(いたずら)か。あるいは、時代が汝を選んだか』


 黄金色の瞳が、俺をじっと見据える。


『見れば、混じっているようだな。資格を有する者か』


「混じってる? 資格?」


 竜だけが何かを理解している。


 話の意味がまるで見えなかった。


『我の意識が途絶える前に……汝へ、力の一部を授ける……』


「力? 待ってくれ。もう少し詳しく……」


 右手の甲が、碧色に染まった。


 光は腕を這い上がるように広がり、肘を越え、肩まで飲み込んでいく。


「がっ……あぁぁぁっ」


 爪の先から異物が入り込んでくるような激痛に襲われた。痛みと熱が、腕の中を這い上がってくる。


『邪悪なものを……討て……そして……』


 余りの痛みで、思考が吹き飛んだ。


 何かを言われた。それだけは覚えている。


 だが、その先がどうしても思い出せない。


※ ※ ※


「リュシアンさん、目を覚まされましたか。間もなく、ヴァルネットに到着しますよ」


 鈴を転がすような声と、肩へ触れる温もりが、穏やかに意識を引き戻してくる。


「悪い……寝ちまったのか」


「お疲れだったのでしょう。本日は陽気もよく、うたた寝には最適ですから」


「とはいえ、内容が内容だけどな」


「悪い夢だったのですか?」


「いや。昔の出来事を夢に見ただけだ」


 あれは、本当に夢だったのか。


 目を覚ましてしまうと、あの日に見た竜の姿がひどく曖昧に感じられる。


 眠った勢いで、もう一度膝枕をしてもらえたら最高だったのに。


 そんな考えが浮かび、慌てて頭の中から追い出した。


「がうっ、がうっ」


 俺を戒めるように、左肩の上でラグが鳴く。


 街へ入った馬車は、ゆっくりと速度を落としていった。


※ ※ ※


 ヴァルネットに戻ったその日の午後。三人で冒険者ギルドに顔を出すと、泣き出しそうな顔をしたシャルロットが駆け寄ってきた。


「リュシアンさん、怪我はなかったですか? 本当に心配したんですよ」


「あぁ、問題ねぇ。新米冒険者の心配でもしてやってくれ」


「そう言いながら、いつも無茶ばっかりするじゃないですか」


「無茶をするのも冒険者の仕事だ」


「そんな仕事、聞いたことありません」


 軽口を交わすうちに、彼女の目元がようやく緩んだ。


 こういうところは、素直に可愛いと思う。


「とにかく、お帰りなさい。ささ、受付で討伐報告を済ませてください」


 談笑していたセリーヌとナルシスを呼び、報酬受領の手続きへ向かった。


 報告されたルーヴの数は想定より多く、ランクールの街長が追加報酬を申し出てくれた。


 しかし、セリーヌは迷いなく首を振った。


『そのお金は、どうか復興にお使いください』


 柔らかな声に、街長は感激していた。


 しかも彼女が、人目を避けて紙幣の束を渡したことも知っている。冒険者登録の際に換金したお金の残りを、全額寄付したらしい。


 豪胆というより、あれは自然体での優しさなのだろう。そういうところが、眩しい。


『街長。すみませんが、少しいいですか?』


 セリーヌとナルシスをさりげなく引き離し、俺は街長と言葉を交わした。


 セリーヌの寄付を無駄にしないよう釘を刺し、俺自身の目的も伝えてある。


 あの街長なら、きっと上手くやってくれる。そう信じられた。


「結局、報酬は三万ブランか。ひとり一万ずつだな。セリーヌがランクDへ昇格するには、累計三十万ブランの報酬が必要なんだ」


「このような戦いを、幾度も……おふたりとも、相当な研鑽を積まれてきたのですね」


 長い道のりだが、彼女なら必ず辿り着く。


「今回は共闘になったけど、後追い受注だと先発者に優先権があるんだ」


 セリーヌを見つめながら、説明を続ける。


「達成すれば、ギルドと先発者に手数料を払って報酬を分け合う。偶然の遭遇でも原則は同じだ。最悪、偶然を装った横取りも起こり得る」


 そこで、ふと重要なことに思い当たった。


「ちょっと待て。ルーヴ・ジュモゥ……あの大型魔獣の報酬はどうなるんだ?」


 身を乗り出して女性職員に詰め寄ると、ナルシスまで割り込んでくる。


「命を落としかけた、危険極まりない相手だったんだ。見合った報酬を頼むよ」


「おまえはダメだ。俺とセリーヌで山分けだ」


「待ちたまえ! 僕の閃光玉(せんこうだま)がなければ、君もやられていただろう」


「じゃあ百歩譲って、閃光玉の代金だけ払ってやる。それで我慢しろ」


「おふたりとも、少しは恥を知りなさい」


 セリーヌの叱責は、よく通った。


「山分けなんて、とんでもない。ナルシスさんは一割。リュシアンさんは三割。そして私(わたくし)が六割を……」


 とんでもない守銭奴(しゅせんど)がいた。


 俺とナルシスは、同時に冷めた目を向ける。


「あの……冗談ですからね。そんな目で見ないでください……仲良く三等分で、よろしいではありませんか……」


 顔を真っ赤にして俯く姿は、妙に愛嬌があった。


「あの~。ちょっと」


 中年の女性職員が声を張った。


「大型魔獣については、正式な討伐依頼が確認できません。対象外ですので、報酬は発生しません」


「冗談だろ。どう見ても討伐対象ランクAかSの相手だったぞ」


「私に言われても困ります」


 この開き直り方はさすがだ。


 ベテランの貫禄ってやつか。


「ってことは、泣き寝入りかよ……」


「ギルド本部の調査隊から、非常に稀少な個体だと連絡が来ています。研究対象になれば報酬検討の余地はありますが……遺体の損傷が激しすぎる、と」


 女性職員は少し間を置き、言葉を続けた。


「まるで、伝説に残る竜撃(りゅうげき)のようだ、と」


 心臓が大きく跳ねた。


 辺りにいた職員たちまで手を止め、こちらの様子を伺うような視線を向けてくる。


「大げさだろ。強力な魔導具もたくさん使ったからな……」


 天をも破壊すると言われた、竜の一撃。それが竜撃だ。


 俺の力の正体を示す言葉でもある。変に触れられるわけにはいかない。


「がう?」


 左肩の上でラグが首を傾げた。


 俺たちのやり取りを見ていたセリーヌが、静かに近づいてくる。


「危険な魔獣は退治できました。充分です」


 穏やかな微笑みを見ているだけで、こちらの気分まで軽くなった。


「嬉しいので、今夜は山盛りのボンゴ虫をいただきたい気分です。いかがですか?」


「いや……まったく」


 思わず顔が引きつる。


 そういえば、彼女は少し残念な人だった。


 助けを求めるように、ナルシスを見る。


「竜撃とは、興味深いね」


 面倒な男が、厄介なところを突いてきた。


「いや、今はボンゴ虫の話だぞ」


「あいにく、僕は満腹でね」


「じゃあ、これにて解散だな」


「待ちたまえ」


 背を向けると、ナルシスに腕を掴まれた。


 腕輪に巻いていた黒のバンダナがほどけ、床へ落ちる。


 その瞬間、ナルシスの目が見開かれた。


「腕輪の赤ライン……君のランクはAか!?」


「だから秘密にしてたんだよ。面倒だから」


「ナルシスさん、知らなかったんですか?」


「シャルロット。黙ってろ」


 誇らしげな彼女の声を遮る。


 ナルシスは腕輪を見つめたまま、震えるような声を絞り出した。


「ランクA。剣が帯びる光の色……まさか君は、碧色の閃光なのか!?」


 その声が響いた瞬間、ギルド内の視線が一斉にこちらへ集まった。

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