10 最悪の誤解
「そうですよ」
「なんで、おまえが答えるんだよ」
シャルロットに不満を漏らした時だった。
「うひぇぇぇっ!」
ナルシスが派手に飛び退いた。
「有名なのですか?」
セリーヌが興味津々でこちらを見てくる。
「はい。ナルシスさんは史上最年少のランクC昇格者ですけど……リュシアンさんは史上最速のランクA昇格者なんです」
「ったく、余計なことを……」
「なるほど。さすがですね」
セリーヌに認められるのは嬉しいが、照れくささの方が勝ってしまう。
「気付いたら上がってただけだ。二つ名なんて、ギルドから勝手に付けられたあだ名みたいなもんだ」
「またまた。二つ名は、特別な功績を挙げた方にしか贈られないんですから」
にやつくシャルロットに肘で突かれ、返答に困る。
「名誉なことなのですね。私もいつか、そんな二つ名をいただけるのでしょうか?」
「間違いねぇ」
根拠はない。けれど、確信はある。
規格外の美女。いや、破壊の申し子か。それとも、強欲の守銭奴か。
美人で、天然で、愛嬌もある。いずれ、名が轟くだろう。
「リュシアン・バティスト。君を超える冒険者になってみせる」
ナルシスは涙目で拳を握る。
「その前に、名付けの感覚を磨け。共闘は二度としねぇけどな」
「覚えていろ!」
三流悪役のような捨て台詞を残し、ナルシスはギルドを飛び出していった。
背を見送り、セリーヌが小さく笑う。
「楽しい方ですね。甘辛ボンゴ虫も、美味しい美味しいと涙を流して召し上がられて」
「あれを食わせたのか……」
断れなかっただけだろう。あいつもあいつで、大変だったらしい。
しかし、これでようやく一段落だ。
俺の目的は道半ばだが、あとはランクールからの報せを待つしかない。
「依頼も終わったし、ここで解散か……セリーヌはどうするんだ?」
別れを意識した途端、胸の奥がわずかにざわつく。
「しばらく、この街に留まるつもりです。探しているものが、近くにある気がするのです」
その言葉に、ほっとする自分がいた。
「探しものなら、手伝わせてくれないか」
気付けば、口が先に動いていた。
「あの~。何の話ですか?」
シャルロットが険しい顔で割り込んでくる。
「こっちの話だ。詮索するな」
「ひどい……私という者がありながら、この人に手を出すつもりですか」
「は?」
直後、セリーヌがゆっくり後ずさった。まるで、危険人物を見るような目だ。
「嘘をつくな! 俺が、いつシャルロットに手を出した? そんなことしたら、おまえの親父さんだって黙ってねぇだろ。怒りを買って、ギルドを除名されてるぞ!」
シャルロットはセリーヌの前に立ちはだかり、両腕を広げた。
「気を付けた方がいいですよ。リュシアンさん、スケベで有名ですから。今だって、あなたの胸ばっかり見て……」
セリーヌは純白の長衣を引き寄せ、胸元を覆う。
「誠実そうな方だと思っていたのに……」
「違うって言ってるだろ」
「それ以上は近付かないでください。あなたとの行動は、お断りさせて頂きます」
小さく、しかしはっきりと告げると、彼女はギルドの扉の向こうへ消えていった。
「行っちゃいましたね……」
シャルロットが呆れたように肩を竦める。
「おまえのせいだろうが」
「でも、胸は見てたんですよね?」
「完全には否定はできねぇ……」
「最低です。不潔です。やっぱりスケベじゃないですか」
お下げを振り乱し、指を差される。
こんな終わり方があっていいのか。
胸の奥が、鈍く沈んでいった。
「シャルロット。おまえのせいだからな」
「やり過ぎちゃいました?」
ぺろりと舌を出すシャルロットを残し、打ちひしがれたままギルドを後にした。
夕暮れのヴァルネットは、人通りこそ多いのに妙に遠く感じる。
石畳を踏む音も、屋台の呼び込みも、どこか上滑りして耳を抜けていった。
「これで本当に嫌われたら、どうしてくれるんだよ……」
「がう?」
左肩のラグが首を傾げる。
こいつにはわからないだろう。
ようやく距離が縮まりかけた相手に、“スケベで有名”なんて誤解を植え付けられた男の絶望は。
「笑えねぇ……」
胸の奥に残る鈍い痛みを誤魔化すように、人混みを掻き分けて歩く。





