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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

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23 水竜女王と炎竜王


 薄く微笑む聖女を前に、制御不能だったこの身体はようやく動きを止めた。いや。止められた。


 熱を帯びた右拳は魔力結界に捕らわれ、力を込めても引き抜けない。


 眼前の聖女から感じる力は、マリーとはまるで違う。俺の力が制御できないように、彼女にも何かしらの異変が起きているのかもしれない。


 だが、彼女は確かに言った。俺の目を見て、炎竜王(えんりゅうおう)セルジオンと。


 その間にも、全身から力が抜けていくのを感じていた。魔力結界へ広がった波紋と共に、荒ぶる力までもが拡散され、消え失せていくようだ。


 しかし、感覚を共有している謎の意思までは消えない。この意思の正体が、炎竜王なのだろうか。


「この力……水竜女王(すいりゅうじょおう)プロスクレか」


 俺の意思とは関係なく、口から言葉が漏れた。


 何者かが俺の体を通して話している。そんな、現実味のない感覚だ。


 炎竜王と水竜女王。急にそんな話を始められても、何のことだかわからない。


「なぜ、邪魔をする」


 胸の奥に、再び炎が灯る。すべてを焼き尽くさんとする、激しい恨みと怒りの炎だ。


「怒りと憎しみに身を任せ、力を振りかざすのはおやめなさい。あなたは既に、この世から失われた存在。どうか目を覚ますのです」


「こうして再び肉体を手にすることができたというのにか?」


 奥歯を強く噛み締める。


「人間どもへ復讐を果たす、絶好の機会ではないか」


 歯が擦れ合い、鈍い音を立てた。喉の奥から漏れる唸り声は、もはや獣のそれに近い。


 燃え上がる怒りとは対照的に、眼前の聖女は少しも動じなかった。その姿は、どこまでも静かな水面(みなも)を思わせる。


「炎竜王。私たちの時代は、とうに終わったのです。この世界の行く末は、人間たちへ委ねられました。今のあなたは、その肉体を借り受け、私と話をしているに過ぎません」


「人間が覇権を握るだと?」


 喉が裂けんばかりに唸る。


「ふざけるな」


「あなたのお気持ちもわかりますが、事実です」


 聖女はわずかに視線を逸らした。


「どうやら、気付いていらっしゃらないようですね。そこに居られる、尊い存在に……」


 薄く笑う彼女を前に、胸の内で怒りと困惑がない交ぜになっていく。


 そして、小さな羽ばたきが耳に届いた。


「がうっ」


 ラグが、結界に捕らわれた俺の右腕へと舞い降りてきた。


「これは、まさか……」


 俺の口から漏れた声には、驚きと動揺が滲んでいる。


「なぜ、このようなお姿になられたのか……」


 聖女はラグを見つめる。


「恐らく、命の危機に瀕し、自らを保護するため力の一部を切り離されたのでしょう。その上、言語や知性といったものも、ほとんど失われているようです。今の状態は、生命活動を続ける心臓のようなものかと」


「どうして、こんな人間を選ばれたのだ」


 困惑した声が、俺の口から漏れる。


 しかし、俺の方こそ知りたい。炎竜王と水竜女王の会話から察するに、ラグの正体は彼らよりも上の存在ということになる。


「この青年、見たところ僅かに“混じっている”ようです」


 聖女は俺の意識へ語りかけるように、こちらを見つめてくる。


 水竜女王も外見はマリーだ。なんだか複雑な気分になる。


「そのような存在に頼らなくてはならないほど、切羽詰まっていたのでしょう」


「人間どもは、神竜(しんりゅう)にまで牙を剥いたのか」


 俺の体を通して、炎竜王が問う。


「我の命が絶えた後、何が起こった?」


「人間ではありません」


 聖女は首を横に振った。


「現れたのは災厄(さいやく)です。恐ろしい力を持った魔獣でした」


「魔獣だと?」


 災厄の魔獣。セリーヌが追っている、あれのことだ。


「あなたと雷竜王(らいりゅうおう)は既にこの世を去り、戦力と呼べる者は僅かでした。神竜は地竜王(ちりゅうおう)と共に立ち向かわれたようですが……善戦空しく」


「馬鹿な……」


 全身から力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになるのを、どうにか堪えた。


 胸に渦巻いていた怒りは、再び眼前の聖女へと向かう。


「そして、おまえは傍観を決め込んだか。こんな場所で隠遁生活とはな」


「私が争いを拒んだことは、覚えておいででしょう。そして、“結界”の生成と維持のため、皆の前から姿を消したことも」


 聖女の表情が、わずかに曇った。その悲痛な表情は、神竜を救えなかったことへの後悔だろうか。


 伏せられていた視線が、不意にこちらへ向けられる。その眼差しに、心を掴まれたような錯覚がした。


「炎竜王。実体を失ったことで、あなたの力もだいぶ衰えたようですね。青年と意識を共有されていますが、体を明け渡さなければ、彼の意識は行き場を失ってしまいます」


 行き場を失う。それが、どんな状態を意味するのかわからない。


「構わんだろう。代わりに身体を使ってやるのだからな」


 炎竜王の意識が、嘲るように笑う。


「我の力を引き出す術(すべ)を掴みかけているようだが、人間に使われるなど以(もっ)ての外(ほか)だ」


「がう、がうっ」


 激しく吠えたラグが、牙を剥き出して唸った。ここまで怒りを露わにするのは珍しい。


「おや。神竜もお怒りのご様子ですね」


 聖女は微笑んだ。


「曲がりなりにも、すべてを託した存在。信ずる価値はあると見受けますが」


 その声音が、わずかに鋭くなる。


「それに、たとえ拒んだとしても……私の力で追い払うまで」


 口元に笑みを浮かべているが、その目は少しも笑っていない。


 静かな威圧感が、周囲を包み込む。


「我は既に、過去の存在ということか」


「そうとも限りません」


 聖女は首を横に振る。


「実体は失われましたが、力までもが失われたわけではありません。神竜と共に、この者へ寄り添い、共に戦う道はあります」


「がっはっはっ!」


 胸の内へ広がっていた困惑を吹き飛ばすように、豪快な笑い声が響いた。


「くだらん。何を言うかと思えば、人間へ力を貸すだと? ふざけるな!」


 すると、ラグが大きな声で吠え立てた。


 聖女はその姿を見つめ、わずかに肩をすくめる。


「神竜は、すっかりご立腹ですね。あなたも、このまま消えてしまうよりは良いでしょうに」


 ラグを前に、心へ灯っていた怒りの炎は急速に萎んでいった。


 代わりに押し寄せるのは、戸惑い、不安、混乱。それらは胸の内で渦を巻きながらも、やがて諦めと覚悟へ形を変えてゆく。


「ふむ……」


 短く息を吐く。


「我ら竜が魔獣に劣るなど、あり得ぬことだ」


 そして、声を張り上げた。


「いいか。我は神竜へ御力添えするのだ。断じて、人間のためではない」


 直後、胸の辺りから紅蓮の火球が飛び出した。その瞬間、身体は自由を取り戻した。


 目の前へ浮かんだ火球は、そのままラグの体内へと吸い込まれていった。


「どうなってるんだ?」


 魔力結界から右腕を引き抜き、両手を何度も開閉する。


 ようやく自由になったが、まるで夢でも見ていたようで、現実感がない。


「炎竜王は、神竜の力と同化されたのです」


「神竜……ラグのことなんですか?」


 聖女の様子を伺っていると、俺の左肩へ戻ってきた相棒が一声鳴いた。


「うふふ……ラグ、ですか」


 聖女は嬉しそうに微笑んだ。


「可愛らしい名を授けて頂き、ありがとうございます。代わって御礼を申し上げます」


「あの……」


 与えられた情報が多すぎて、脳の混乱が収まらない。


「あなたは、水竜女王と呼ばれていましたよね」


「はい」


「聞きたいことがたくさんあります。もう、何から聞けばいいのかわからないくらい」


 聖女は、すべてを見透かしたようにひとつ頷いた。


「あなたの混乱は、手に取るように伝わってきます。神竜の状態から察するに、すべてを伝えることは叶わなかったのでしょう」


「そうなんです!」


 思わず声が大きくなる。


「突然に現れて、一方的に力を渡されて! もう、何が何だか……」


 まくしたてた直後、聖女は右手を持ち上げ、会話を遮る仕草を見せた。


「詳しい話は、後ほど改めて」


 その声が、少しだけ苦しそうに揺れる。


「この娘の力も、まだ不安定な状態です。まずは必要な措置を」


 彼女は祈るように両手を組み、瞳を閉じた。そして、詠唱を始める。


「竜術を?」


「水竜癒命(ゲリール・グラッセ)!」


 聖女の体が青白い光に包まれた。その光は、水面へ広がる波紋のように周囲へ拡散する。


「傷が……」


 光が通り過ぎた直後、湯船に浸かったような温もりが全身を包んだ。


 切り傷やかすり傷だけじゃない。Gに刺された腹部の傷までもが、瞬く間に塞がっていく。


 癒やしの術。それも、かなり高度な治癒魔法だ。光が周囲へ拡散したということは、この場にいる全員の傷を癒やしたのだろう。


 だが、この場の全員ということは、奴も例外じゃない。


「ご安心なさい」


 Gを探して振り返ると、聖女の声が届いた。


「あの者の命も癒やしましたが、動くことはできません。両目と両手足の傷はそのままにしてあります。逃げることも、抵抗することも不可能です」


「何から何まで、ありがとうございます」


 彼女へ深々と頭を下げた。


 Gから引き出すべき情報は、まだ多い。それに、俺の潔白を証明するためにも欠かせない人物だ。


「仲間たちも、間もなく意識を取り戻すでしょう。私がこうして姿を現したのも、あなたがひとりだったからに他なりません」


「ひとりだったから?」


「私と言葉を交わしたければ、明朝、再びこの場を訪れなさい」


「は? 待ってください! 聞きたいことがたくさんあるんだ」


 慌てて駆け寄った瞬間、聖女の体から、不意に力が抜けた。


「おい!?」


 倒れ込んできた彼女を正面から抱き留める。


 だが、支えきれない。ふたり揃って、そのまま地面へ倒れ込んだ。


「いててて……ったく、どうなってんだ。何が何だかわからねぇ……」


「ちょっと!」


 突然、耳元で声が響いた。


「なに? なんなの!?」


 意識を取り戻したマリーに、思い切り突き飛ばされる。


「私が気を失っている間に、何かしようとしたわけ?」


 険しい目で睨まれている。


「最低! 本っ当に最低!」


「違うって。おまえが倒れそうになって、抱き留めた拍子に転んだだけだ」


「嘘よ。嘘!」


 マリーは素早く立ち上がり、俺から距離を取った。


「あなたの言葉なんて、何ひとつ信じるに値しないんだから」


 寺院で会った時は、気の小さい女性だと思っていた。


 だが、どうやら随分と印象が違う。


「マリー。どうかしたのかね?」


 奥の薄闇から、ジョフロワの声が聞こえた。


 みんな、次々と目を覚まし始めたようだ。


「大司教様」


 途端にマリーの声色が変わる。


「何でもありません。お怪我はございませんか? どこか痛む所があれば、すぐに癒やして差し上げますから」


 先ほどまでとは打って変わり、落ち着き払った淑女のような物腰になった。


「別人だな……」


 小声で呟いたはずが、しっかり聞こえていたらしい。


 マリーは俺の腕を叩くと、大司教の元へ駆け出していった。


「もう一度、水竜女王に会う……」


 俺は、左肩に乗るラグを見た。


 目を覚ました仲間たちへ夜の移動は危険だと促し、ジュネイソンの廃墟で一夜を明かすことにした。

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