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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

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14 蘇る赤竜


 俺たちは距離を取ったが、魔獣は警戒を崩さない。敵も背中へ深い傷を負っている。無闇に追ってくる可能性は低い。


 アルバンは戦いへ巻き込まれないよう後方で待機している。シルヴィさんの指示を律儀に守る姿が命令に忠実な部下のようで、思わず口元が緩む。


「アルバン。今すぐ、こっちに来い」


 待っている時間すら惜しい。呆気に取られるアルバンのもとへ駆け寄り、その手に握られた魔導通話石を奪い取った。


『おい、碧色。てめーは何を……』


 通話石から響くGの声は無視する。拡声音量を抑えるため石をひねり、魔獣へ視線を戻した。


 すると、さっきまで俺たちを執拗に狙っていた魔獣が、何かを探すように落ち着きなく辺りを見回している。


「やっぱりな」


「どういうことなんですか?」


 状況が飲み込めないまま、アルバンが首を傾げた。


「これに仕掛けがあったんだ」


 Gは通話石を介して魔獣へ何らかの指示を送っていたのだろう。ニコラが拡声音量を最大にしていたのも、そのための布石だったに違いない。


 急に司令塔を失い、魔獣は明らかに動揺していた。落ち着きなく周囲を見回している。


「リュシー。何をしたの?」


「今なら一気に畳み掛けられるのか?」


 シルヴィさんとモーリスも駆け寄り、俺たちは距離を保ったまま魔獣の様子を窺う。


「どうするか……」


 通話石をアルバンに返し、必死に思考を巡らせた。


 最大の好機なのに、決定打が思い浮かばない。背中の傷へ集中攻撃を仕掛けても、どこまで通用するのか。

 その時、不意に兄の顔が脳裏をよぎった。今の俺に残された手札は何だ。


 竜骨魔剣シャドラス・ベイン。スリング・ショット。腰の皮袋には魔力石と魔法石、閃光玉と煙幕玉。そして、時間制限付きの竜臨活性(ドラグーン・フォース)


 盆地を吹き抜ける風が、不安と焦りを洗い流すように頬を撫でる。兄に背中を押されたような、不思議な安心感。その瞬間、頭の中が驚くほど澄み渡った。


「そうか」


 まだ試していないことがある。咄嗟に右手の純白の剣へ視線を落とした。


「どうするつもりなの?」


 期待を込めたシルヴィさんの眼差しに、笑みで応える。


「ありったけの力をぶつけます。すみませんが、魔獣の気を引いてもらえますか? 遠くから牽制する程度で構いません」


「わかったわ。任せて」


「俺も手を貸すぜ」


 ふたりへ頷き返し、アルバンに向き直る。


「おまえはここにいてくれ。下手に近付いて、また魔獣を操られたら厄介だ」


「はい」


 シルヴィさんとモーリスを見送り、腰の皮袋から魔力石をいくつか取り出した。


「頼むぜ……」


 左手で握り締め、先ほどと同じように魔力の回復を始める。


 神竜剣ディヴァイン。あの剣の所持権を巡ってセリーヌと戦った時、彼女は確かに言っていた。神竜剣が呼応している、と。


 あの時感じた、剣へ力が流れ込む感覚。あれが神竜剣特有のものだとはどうしても思えない。竜骨魔剣シャドラス・ベインにずっと感じている違和感も、あれと同じものだとしたら。


「唸れ……竜骨魔剣シャドラス・ベイン」


 なぜ竜牙天穿(りゅうがてんせん)の力が剣に吸収されてしまうのか。考え続けた末に辿り着いた答えは、ひとつだった。


 この剣は、魔力を欲している。


 俺に委ねろ。その枷から解き放ってやる。大空を翔けた頃の姿を取り戻せ。


「伝説の竜の力……それを誇示してみせろ……」


 左手の魔力石から溢れ出した膨大な魔力が、煙のように立ち昇る。そのすべてを、竜骨魔剣シャドラス・ベインは貪るように吸い込み始めた。


 それでも足りない。そう訴えるかのように、暴力的な勢いで魔力を喰らい続ける。


「まだ足りねぇっていうのかよ? 褒美が欲しけりゃ仕事しろ」


 全身を包む碧色の輝き。その力の奔流を魔剣へ注ぎ込んだ時だった。


 剣が、生きているかのように大きく脈打つ。そして呪いを受けたあの日と同じように、刀身がゆっくりと熱を帯び始めた。


「吠えろ。猛り狂え!」


 その瞬間、赤竜は確かに現代へ蘇った。純白の刀身から青白い炎が噴き上がる。まるで失われていた命の灯が再び宿ったかのように、凄まじい息吹と躍動が全身を震わせた。


 誰かに命じられたわけじゃない。気付けば俺は魔獣へ向かって駆け出していた。

 今はただ、この力をあいつへ叩き込む。


 魔獣も異変を察したのか、シルヴィさんとモーリスの牽制には目もくれず、一直線に俺を見据えている。

 大きく開かれた口。胸元から喉へと膨れ上がる隆起。


 水流弾が来る。


 それでも足は止まらない。避けることも、ひるむこともない。この手に宿る力に、絶対的な信頼と自信を持っている。


 魔獣まであと数メートル。そこで足を止め、大きく腰を落として剣を構えた。


「くらいやがれ」


 魔獣の方がわずかに早かった。吐き出された水流弾が地面を抉りながら迫る。

 その軌道を見据え、両手で柄を強く握り締めた。右脇へ引いた剣を、一気に横一線へ振り抜く。


炎纏(えんてん)竜爪閃(りゅうそうせん)!」


 剣筋から放たれたのは、青白く燃え盛る五本の刃だった。

 予想していた力じゃない。考えるより先に体が動いていた。竜の意思が、この一撃を導いたかのように。


 竜の鉤爪を思わせる五条の刃は、水流弾をいとも容易く切り裂いた。勢いはそこで止まらない。怒濤の勢いで魔獣へ襲いかかり、その巨体を呑み込む。


 一瞬だけ、世界から音が消えた。


 いや。そう感じたのは俺だけだったのかもしれない。

 赤竜(せきりゅう)と俺、そして魔獣。そこには、ただ三者だけが存在していた。


 赤竜の圧倒的な力は、唯一無二の刃となって魔獣を斬り裂き、大地そのものを震わせる。


 刃を払い、ゆっくりと息を吐く。

 次の瞬間、鼻先から尾の先まで五つに断ち割られた魔獣の体が、滑るように左右へ崩れ落ちていった。


「やった……」


 安堵が胸を満たした、その直後だった。役目を終えたと言わんばかりに、魔剣が小さく軋む。


 嫌な音を立てたかと思うと、刀身が光の粒となって崩れ始めた。


「冗談だろ……」


 呆然と砕け散る刀身を見つめる。

 こんな時に武器を失うなんて。しかも、ようやく力を引き出せた矢先だ。


 呪われるわ、簡単に壊れるわ、とんでもない不良品だ。


「リュシー、最高だったわ」


「がふっ!」


 駆け寄ってきたシルヴィさんに勢いよく抱き締められ、胸当ての膨らみが肋骨にめり込む。


 これは、いつかと同じ展開だ。


「リュシーも意地悪ね。あんな技を隠してたなんて。あたし、焦らされるのは好きじゃないって、あの時に言ったわよね?」


「いや、隠してたわけじゃなくて……本当に咄嗟の思い付きなんですよ」


 しかも、あの時って何だ。あの時って。


「今夜は覚悟しておきなさいよ」


 すねたように唇を尖らせ、上目遣いで見つめてくる。


 シルヴィさんが左腕を痛めていることを思い出し、隙間を縫うように逃げ出す。

 すると、アルバンが不安そうな表情で近付いてきた。


「碧色さん、剣が……それに、あのとてつもない力は何ですか?」


「隠していて悪かったな。俺の切り札なんだ」


「細かい話は後にしようぜ。剣がないなら、Mの大剣がある」


 モーリスは地面に転がる大剣を指差すが、自在に扱える気はしない。


「ニコラの剣を奪うしかねぇか」


 周囲へ目を走らせるが、どこにも見当たらない。


「先に寺院へ逃げ込んだか。Gと合流されると厄介だな」


 Gとの会話を思い返しても、ニコラの行動は読めない。


「寺院へ突入する前に、話しておきたいことがあるの。ちょっと来てくれる?」


 シルヴィさんに手招きされ、俺たちは寺院の側面へ移動した。

 夕日は地平線へ沈みかけ、辺りは薄闇に包まれ始めている。まもなく夜が、この盆地を支配する。


「どうしようかなぁ……」


 歌うようにつぶやきながら、シルヴィさんは小石を拾い、地面へ何かを書き始めた。


「ちょっと貸してね」


 アルバンから魔導通話石を受け取ると、恨めしそうに見つめる。


「Gって言ったわね。悪趣味なあんたのことだから、今もニヤニヤしながら盗み聞きしてるんでしょ?」


 一度言葉を切り、小さく肩をすくめた。


「まぁいいわ。寺院へ入る前に、みんなにひとつ提案があるの」


「提案?」


 俺が尋ねると、シルヴィさんは静かに頷いた。


「こいつらのことだから、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。それを見越して、ここへ見張りをひとり残したいの。そうね……モーリス、あなたが適任かしら」


「待ってくれ。俺もGには恨みがあるし、リーズも助けたい。一緒に連れて行ってくれ」


 食い下がるモーリスの気持ちは痛いほどわかる。それでも、ここから先は誰かが冷静でいなければならない。


「おまえは俺と似てるんだ」


 まっすぐモーリスを見つめる。


「熱くなると、周りが見えなくなる性格だろ?」


 モーリスは何も言わない。


「ここから先は、冷静な判断がもっと必要になる。だからこそ、おまえには俺たちの背中を任せたいんだ」


 一拍置き、静かに頭を下げた。


「頼む」


「モーリス。僕からもお願いします」


 アルバンも続けて頭を下げる。

 俺たち三人の視線を受け、モーリスは悔しそうに歯を食いしばった。


「くそっ……わかったよ」


 ようやく頷いたその顔には、不満よりも覚悟の色が浮かんでいた。俺たちもまた頷き返し、静かに寺院へ視線を向ける。


 敵の本拠地は、すぐ目の前だ。ここから先は、後戻りのできない戦いになる。

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