13 切り札を超えて
「行くぜ、ワニ魔獣」
Gがどうやって魔獣を従えているのか気になるが、それを考えるのは後だ。
痛みに悶える魔獣を見据え、潰したはずの右目側へ回り込む。
前脚を狙って突きを放つが、竜の力を宿した碧色の刃ですら、強靭な外皮を貫くことはできない。強い抵抗とともに切っ先がわずかに食い込んだだけだ。
「くそっ」
続けざまに横薙ぎの一閃を浴びせる。
しかし結果は変わらない。外皮へ浅い傷跡を刻むだけで、致命傷にはほど遠い。
魔獣が大きく身をよじる。次の瞬間、太い尾が眼前へ迫った。
舌打ちしながら地を蹴る。強化された脚力で尾を飛び越え、そのまま距離を取った。
「だったら……」
着地と同時に意識を体の奥底へ沈める。湧き上がる魔力の流れを捉え、右手へ集めるように練り上げた。
「付与! 雷竜刃!」
刃へ薄紫の光が迸る。
敵は水属性。ならば、雷で押し切る。
竜骨剣を握り、胴体を目掛けて走る。
シルヴィさんの奇襲を思い返しながら、目前で一気に踏み切った。大きく跳躍する。
落下とともに剣先は既に足下を向いていた。このまま体重を乗せ、背中へ突き立てる。
そう確信した矢先だった。
俺を見失っていたはずの魔獣が、寝返りを打つように巨体を横へ転がした。
「は!?」
このままだと巻き込まれる。
咄嗟に横腹を蹴って飛び退くと、待ち構えていたように水流弾が飛んできた。
両腕を交差させて顔を庇う。
全身を砕かれるかと思うほどの衝撃が突き抜けた。
「碧色さん!?」
アルバンの叫びが耳へ届く。
「がっ!」
何が起きたのかわからないまま、芝生の上を激しく転がっていた。
竜臨活性で身体を強化していなければ、立ち上がることもできなかっただろう。腕輪へ灯った赤い光を視界の端に捉える。
「リュシー!?」
「大丈夫……です」
駆け寄ろうとするシルヴィさんを片手で制し、すぐに立ち上がる。
魔獣はもう次の一撃を狙っている。
「まさか……」
息を呑んだ。眼前の魔獣は四肢を踏ん張り、地面へ身を伏せるように構えている。
あれが予備動作なら。
「みんな、すぐに散れ!」
三人が駆け出す姿が見える。しかし魔獣の視線は俺だけを捉えていた。
頭上へ巨大な影が差す。
周囲が闇に包まれる頃には、俺は既に地面を蹴って飛び退いていた。
轟音とともにワニ型魔獣の巨体が着地する。さっきまで俺が腰掛けていた噴水は下敷きになり、跡形もなく砕け散った。
激しい揺れに体勢を崩しかけたが、強化された身体なら問題ない。魔剣を構え、右前脚へ深く踏み込む。
横薙ぎの斬撃が確かな手応えを返したが、魔力を込めた一撃でさえ、血がにじむ程度の浅い傷だ。
「こいつ……」
どうしてここまで正確に俺だけを狙える。
違和感を覚え、魔獣の右目へ視線を向けた。潰したと思っていた眼球は残り、瞼をかすめた傷が刻まれている。
「そういうことかよ」
距離を取りながら息を整える。
なら、残された手はひとつしかない。最強の一撃で仕留める。
刃へ流し込んでいた魔力付与の力を解除する。今は少しの力も無駄にできない。
俺は革袋を探りながら、攻める機会を窺うシルヴィさんに駆け寄った。
「一撃で仕留めます。あいつの気を逸らして貰えますか? シルヴィさんも左腕をやられてる。無理はしないでください」
「オッケー。心配してくれてありがと」
戦姫は軽く笑って駆け出した。
その背中を見送りながら、水平に構えた剣先を魔獣へ向ける。刃は体内の魔力を貪るように吸い上げ、碧色の輝きを一層強めていく。
視線の先では、シルヴィさんが斧槍を振るい、魔獣の前脚を強打した。
吹き荒れる風まで味方に付けたか、強い追い風が彼女の背中を押す。
「たあっ!」
勢いそのままに前脚を駆け上がり、一気に肩口へ到達する。
「無理するなって言ったのに」
胸に浮かぶ不安を押し込み、俺も剣を構えて突進した。
「さぁ。美味しいエサの時間よ」
魔獣の鼻先へ飛び出したシルヴィさんは、そのまま身を翻す。飛び降りる直前、俺が渡した閃光玉を敵の眼前へ投げつけた。
炸裂した閃光が視界を焼き、魔獣は苦悶の咆哮を上げながら激しく身をよじる。
「作戦通りだ」
剣先へ集まった碧色の光は大きく膨れ上がり、やがて球体となって脈動を始めた。それは絶大な破壊力を秘めた魔力の塊。まるで竜の力そのものを再現したような荒々しい力だ。
だが、ようやく形を成したその魔力も長くは留まらない。次の瞬間には竜骨剣へ吸い込まれていく。
勝負は一瞬だ。この一撃で終わらせる。
「竜牙天穿!」
吠える魔獣の口を目掛け、碧色の魔力球を放つ。
夕闇を切り裂き、尾を引きながら一直線に駆ける。
「行け!」
これで決まる。
俺とシルヴィさんは、確信とともに魔力球を追う。
だが、魔力球よりわずかに早く、魔獣が予想外の動きを見せる。
閃光で視界を奪われ、苦しんでいたはずの巨体が軌道から逃れるように身をよじった。
魔力球が魔獣の背中を直撃する。
凄まじい威力で肉を抉り取り、そのまま寺院の一角へ激突。壁へ大穴を穿つと、有効距離を越えて霧散してしまった。
「嘘だろ……」
喉から漏れた声は、自分でも信じられないほどかすれていた。
切り札を外した。その事実だけが重く胸にのしかかる。
背中から血を流す魔獣はゆっくりと頭を持ち上げ、怒りを滲ませるように咆哮した。
そこへシルヴィさんが並び、俺の顔を覗き込む。
「今の、もう一度できる?」
「無理です。あの技は力のほとんどを使ってしまうんで……自然回復しないと、力を練り込めません」
「あら、そうなっちゃう?」
唇を尖らせ、魔獣へ目を向ける。
「でも、お陰で背中は剥けたわね。もう一押し、って感じじゃない?」
「前向きな意見、助かります」
「この勢いで、今夜は私を剥いてくれるんでしょ? 激しいのは大歓迎」
「は?」
困惑している所へ、魔獣が勢いよく突進してきた。
俺とシルヴィさんは左右へ散り、巨体を挟み込む。
「リュシー。一緒にイクわよ」
魔獣の体越しに、シルヴィさんの声が聞こえてきた。
もしアンナやエドモンがここにいてくれたなら、後方支援を任せられたはずだ。
それこそセリーヌがいれば、竜臨活性の一撃で決着をつけられたかもしれない。
戦いの最中だというのに、セリーヌを思い出しただけで自然と口元が緩む。
「こんな所で、つまずいてる場合じゃねぇんだよな……追い付いてみせる」
魔剣を握り直し、魔獣へ駆ける。
シルヴィさんは傷口を狙うはずだ。なら俺は、再び背中へ飛び乗る。
俺たちを迎え撃つように、魔獣は巨体をくの字に曲げた。
「気を付けろ」
警告とほぼ同時に、巨大な尾が唸りを上げる。
地面を蹴って真上へ跳び上がると、同じように背中へ駆け上がってきたシルヴィさんの姿が見えた。
戦姫の無事に安堵したのも束の間。魔獣は傷口から血を溢れさせ、再び俺を狙って巨体を横転させる。
「きゃっ!」
逆回転する巨体に弾かれ、シルヴィさんの体が後方へ投げ出された。
俺は迫る胴体を蹴って飛び退き、距離を取って着地する。すぐにシルヴィさんへ視線を向けた。
戦姫は空中で後方宙返りを決め、斧槍を支えに見事な着地を決めている。
三メートル近い高さから落ちたはずだが、余計な心配だったらしい。よろめいた体をモーリスが支える姿を見て、ようやく息をついた。
「一旦、魔獣から距離を取ってくれ」
俺自身も後退しながら、考えを巡らせる。
こちらの動きを読んでいるような戦い方。明らかに普通の魔獣じゃない。
「Gが、何かしてやがるのか?」
もしも魔獣を操れるなら、この不自然な動きにも説明がつく。そして、ひとつの可能性に辿り着いた。
即座にアルバンを探すと、数メートル離れた位置で戦況を見据えていた。
今はこれに賭けるしかない。俺たちの命運を握っているのは、きっとあいつだ。





