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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

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12 戦姫と暴君の余興


 シルヴィさんが手にする解毒薬。もし本物なら、今すぐに欲しい。


「リュシー。これが欲しいんでしょ? お姉さんへ正直に言ってごらんなさい。大丈夫よ、怖がらなくていいんだから」


「それが本物っていう確証は? そんな危険を冒さなくても、三十分もすれば毒は消えるみたいですから」


 からかうように笑うシルヴィさんへ言い返した時だ。


『クックッ……俺がそんなお人好しだと思うか? 十分以内に建物へ入ってこなけりゃ、人質をひとり殺す。まずはリーズからか』


 通話石から漏れたGの声に、思わず舌打ちする。


「ホント、嫌な奴」


 シルヴィさんは時計塔を見上げた。アルバンとモーリスも鎧を身に着け、次の戦いへ備えている。


「こちらの方は碧色さんのお仲間ですか? 何というか……凄いですね」


 アルバンは恐ろしいものでも見るような表情を浮かべていた。一方のモーリスは、シルヴィさんへ熱い視線を送っている。


 顔立ちは整っているし、体つきも申し分ない。裸同然の装備に加え、この色気と奔放な性格だ。嫌でも注目を集めてしまう。


「あら、可愛いボウヤたち。あたしのリュシーがお世話になったみたいね」


 妖艶な笑みを向けられたアルバンの顔は引きつり、モーリスは耳まで赤くして目を逸らす。


「お世話になっているのは僕たちの方です。巻き込んでしまって、申し訳ありません」


「謝ることなんてないわ。あたしたちもGって男に用があるんだし」


 そこでシルヴィさんは悪戯っぽく微笑んだ。


「丁度いいわね。どっちか毒味役をやってくれない?」


「シルヴィさん。初対面の相手に無茶な頼みはやめてください」


 冗談なのはわかるが、何を言い出すんだ。


「だったら適任の男がいるぜ」


 モーリスは意地悪く笑い、親指で背後を示した。

 視線を向けると、寺院の入口扉へ寄り掛かるニコラの姿がある。


「ニコラで試すつもりなのかい」


 アルバンが抗議の声を上げる。


「裏切り者だ。信用することも、生かしておくこともできねぇ」


「だからって……」


「いいわね。その案、いただくわ」


 アルバンの眼前に斧槍(ハルバード)を突き出し、シルヴィさんは話を打ち切る。


 ニコラは敵意を漲らせながら、こちらを鋭く睨んでくる。つい先程まで仲間だった存在が、敵に変わってしまった。


 見えない壁が立ちはだかり、互いの想いを遠ざけていく。吹き荒れる風が、どんな言葉も掻き消してしまいそうだ。


 ニコラが背を預ける扉には、真新しい血がべったりと付着している。動き回るだけでも相当な負担だろう。寺院へ逃げ込み、仲間と合流するつもりなのか、右手は入口扉の閂(かんぬき)へ掛かっていた。


「僕とカロルを引き裂こうとする君たちなんて、ここで死ねばいいんだ」


 閂が外れ、重々しい音と共に扉が開かれる。それはまるで、地獄への入口だった。


「魔獣!?」


 現れたのはクロコディルだ。先程遭遇した個体と姿は同じだが、その巨体は比較にならない。全長十メートル近い怪物だった。


『ニコラ、段取りを台無しにしやがって……まぁいい。その魔獣はペットのティランだ。暴れん坊だから、せいぜい気を付けるんだな』


 Gの余裕は、こいつの存在があったからか。


 しかし、これほどの大型魔獣をどうやって従わせたのか。


「くそっ。ふざけやがって」


「あらら。ちょっとヤバいかもね〜」


 シルヴィさんは意を決したように、小瓶の栓を抜いた。そして、躊躇いもなく中身を飲み干す。


「は? 何してるんですか?」


 抗議する間もなく顔を押さえ込まれ、薄紅色の艶やかな唇が俺の唇へ重なる。


「んぐっ!?」


 強引に口を開かされると、どろりとした苦味のある液体が舌を滑り、喉の奥へ流れ込んだ。


『クックッ……バカどもが随分と思い切ったな。特別に教えてやる。それは本物だ』


 不快なGの笑い声が聞こえてくる。


『だが、本来は事前に服用する薬だ。多少の解毒効果は期待できるだろうが、どこまで効くかな?』


「うぇっ……マズっ!」


 顔をしかめる俺を見て、離れたシルヴィさんは口元を伝う白い雫を指先ですくった。


「うふふ。続きは今夜ね」


「は?」


 大きく伸びをしたシルヴィさんは、斧槍(ハルバード)を肩に担いで前へ出る。


「ボウヤたちも下がりなさい。悪いけど、足手まといよ」


 戦姫の先には、狭い檻から解き放たれた魔獣の姿がある。


 血の臭いに誘われたのか、地面に転がるDの遺体を丸呑みにした。さすがに鎧を纏ったMは口にできなかったのか、兜の脱げた頭部だけが囓り取られている。


 余りの凶暴さに不安が過ぎり、シルヴィさんの後ろ姿を目で追った。


「深血薔薇(フォンデ・ロジエ)の残存魔力は大丈夫ですか?」


 魔導武器(マジック・ウエポン)も、素材となっている魔鉱石のランクで含有魔力量が異なる。あの斧槍は数発程度の魔力量しかなかったはずだ。使い果たせば自然回復を待つしかない。


「お姉さんに任せなさい。盛大に逝(い)かせてあげるわ」


 シルヴィさんが駆け出すと同時に、アルバンに視線を移した。毒さえ消えればどうにかなる。


「俺の革袋から、魔力石を取ってくれ」


 視線の先では戦姫と魔獣との戦いが始まっていた。


 先程の小型と同様、外皮は思いの外に厚い。上段から勢いよく振り下ろされた斧槍の刃先でさえ、難なく弾かれてしまう。


 目障りな虫を払うように、轟音と共に振るわれる尾。側の瓦礫を打ち砕き、戦姫へ迫る。


 だが、そこは経験豊富な紅の戦姫だ。敵の背へ飛び乗り、振るわれた尾を難なく避けると、首筋や前脚の付け根など、鱗の薄そうな箇所を狙って斧槍の連撃を繰り出す。


「お姉さんを舐めちゃ駄目よ?」


 しかし、深血薔薇(フォンデ・ロジエ)に残された魔力は少ない。穂先に宿る炎も弱々しく揺れるだけで、決定打には至らなかった。


「碧色さん。これで良いですか?」


「それを右手に乗せてくれ。早く」


 手の平へ置かれた中型の魔力石。そこへ意識を集中し、内包された魔力を引き出しにかかる。


「きゃっ」


 魔獣が背を激しく揺らした。


 体勢を崩した戦姫は、わずかに受け身を取りながらも地面へ落下。そこを狙ったように、魔獣が大きく口を開いて身構えた。


「気を付けろ、何かやるつもりだ」


 モーリスが声を上げると同時に、魔獣は喉の奥から大きな塊を吐き出す。


「伏せろ。水流弾(すいりゅうだん)だ」


 視界に飛び込んできたのは圧縮された水の塊だ。


 ふと、アンナの言葉が蘇ってきた。クロコディルは体内の袋へ水を溜め、それを魔力球のように吐き出す種類がいると言っていたはずだ。


 体勢を崩していた戦姫は攻撃を避けきれなかった。半身を飲み込まれ、その勢いで旋回しながら大きく弾き飛ばされた。


「シルヴィさん!?」


 水流弾は地面を抉り、敷地の壁すら突き破った。その先で建物が倒壊する激しい物音が響き、土煙が立ち込める。


 右腕一本で必死に身を起こそうとするシルヴィさん。その腕に填まる加護の腕輪が見える。魔力障壁(プロテクト)の残量ラインは既に黄色だ。


「くそっ」


 倒れたままの彼女を狙って、魔獣は体をくねらせながら突進した。このままでは間違いなく餌食にされてしまう。


 体の奥底に眠る力を呼び起こすように、心臓がひとつ大きく脈打った。それが毒の呪縛を断ち切る合図だったのか、不意に体は軽くなり、自由と活力を取り戻す。


「させるかよ……」


 鋭く大きな牙を剥き、シルヴィさんを飲み込もうとする魔獣。だが俺の踏み込みが、その速度を凌駕した。


「鈍くせぇんだよ。ザコが」


 シルヴィさんを左肩へ担ぎ上げ、魔獣の鼻先を掠め過ぎる。すれ違い様、手にした魔剣へ怒りを込め、魔獣の右目へ斬撃を見舞った。


 苦しみ悶える魔獣。激しく暴れているが、それに巻き込まれないよう慌てて距離を取る。


『碧色。てめー、なんで動ける?』


 左手に握ったままの通話石から、動揺を隠せないGの声が漏れてきた。


「こっちにも手札は残ってるってことだ。いい気になってんじゃねぇ」


 これまで余裕を崩さなかったが、さすがに驚きを隠せないらしい。


『なるほど。その髪の色と関係があるみてーだな。何をしやがった?』


「教えるわけねぇだろうが。その腐った脳ミソで考えろ」


 言い捨てながら、抱えていたシルヴィさんをそっと地面へ降ろす。大きな怪我はないようで、安堵に胸を撫で下ろした。


 そのまま、通話石をアルバンに放る。


「持っててくれ。そいつの汚ねぇ声を聞くだけで、耳が腐りそうだ」


「リュシー。ゴメンね」


「後は任せてください」


 シルヴィさんは苦笑を浮かべながら身を起こした。


 ここで竜臨活性(ドラグーン・フォース)を使ってしまったのは誤算だが、出し渋っても仕方がない。シルヴィさんを救えたのだから、ここが使いどころだったのだろう。


 本当に危ないところだった。


 魔力石から力を引き出したものの、賭けだった。毒の効果はまだ残っている。それでも、強引に力を高めればラグが戻ってくるはずだと踏んでいた。その読みは間違っていなかった。


 まるで待っていたかのように、右手の紋章からラグが飛び出してきた。即座に力を取り込み、シルヴィさんの下へ飛び込んでいた。


 もっとも、俺の状況は楽観できるものじゃない。今は竜臨活性(ドラグーン・フォース)で無理矢理に体を動かしている。効果が切れれば、毒の影響で再び動けなくなる可能性もある。


 だが、そんな先のことを気にしている場合じゃない。


 目の前には巨大な魔獣。時計塔にはG。そして、人質たちがいる。


「G、待ってろよ。このワニを斬り刻んだら、次はてめぇの番だ」


 ここから反撃だ。好き勝手に踊らされた借りは、きっちり返す。


 竜骨魔剣シャドラス・ベインを握る手に力を込め、腰を深く落として身構えた。

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