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14 蘇る赤竜


 俺たちが離れたことで、魔獣も警戒態勢を保っている。それでなくとも背中を抉られているのだ。深追いしてくる可能性は低い。


 アルバンは後方に控え、戦いに巻き込まれぬよう注意を払っていた。シルヴィさんから下がるよう言われたせいだが、命令を忠実に守る部下のようで口元が緩んでしまう。


「アルバン。今すぐ、こっちへ来い!」


 待っているのももどかしい。呆気に取られているアルバンへ駆け寄り、握っていた魔導通話石を取り上げた。


『おい、碧色。てめーは何をする……』


 通話石から漏れるGの声を無視して、拡声音量を押さえるためにそれを捻った。魔獣へ視線を戻すと、何かを探すように辺りをせわしなく見回している。


「やっぱりな」


「どういうことなんですか?」


 未だ状況を飲み込めず、不思議そうな顔をするアルバンがいた。


「これに仕掛けがあったんだ」


 Gは通話石を通じて、魔獣へ何かしらの信号を送っていたのだろう。ニコラが拡声音量を最大にしたのも、その布石に違いない。

 突然に司令塔を失い、魔獣も困惑しているようだ。明らかに落ち着きがない。


「リュシー。何をしたの?」


「一気に叩くチャンスなのか?」


 シルヴィさんとモーリスも合流し、俺たちは遠巻きに魔獣を伺った。


「どうするか……」


 アルバンへ通話石を手渡し、必死に考えを巡らせていた。最大の好機だというのに、有効な手が思いつかない。背中の傷へ集中攻撃を加えたとして、どこまで通用するか。


 頭を過ぎったのは兄の顔。今の俺に残された、最善の策とは何だ。


 竜骨魔剣シャドラス・ベインにスリング・ショット。皮袋の中には魔力石と魔法石。閃光玉と煙幕玉が少々。そして、時間制限付きの竜臨活性ドラグーン・フォース


 盆地を流れる風が、不安と焦りを拭うように体を撫でて吹き過ぎた。まるで兄に背中を叩かれたような、不思議でいて安心する感覚。そして、頭の中が驚くほど明瞭になる。


「そうか!」


 まだ試していないことが一つある。咄嗟に、右手へ握った純白の剣を見つめた。


「どうするつもりなの?」


 シルヴィさんの期待を込めた眼差しへ、微笑みで応えた。


「ありったけの力をぶつけます。すみませんが、魔獣の気を引いて貰えますか? 遠くから牽制する程度で構いません」


「オッケー」


「俺も手を貸すぜ」


 シルヴィさんとモーリスに頷き返し、アルバンへ目を向けた。


「おまえはここにいてくれ。下手に近付いて、魔獣を操られたら厄介だ」


「はい」


 ふたりの後ろ姿を見送り、腰の皮袋からいくつかの魔力石を取り出した。


「頼むぜ……」


 それらを左手で握りしめ、先程と同じ要領で魔力の回復に取りかかる。


 神竜剣しんりゅうけんディヴァイン。あれの所持権を巡ってセリーヌと戦った時、彼女は確かに言った。神竜剣が呼応している、と。


 あの時に感じた、剣へ力が流れ込む感覚。あれが神竜剣特有の物だとはどうしても思えない。この竜骨魔剣シャドラス・ベインにずっと感じている違和感が、神竜剣と通ずるものだとしたら。


「唸れ……竜骨魔剣シャドラス・ベイン


 なぜ、竜牙天穿りゅうがてんせんの力が吸収されてしまうのか。それは、この剣が魔力を欲しているのではないかという漠然とした結論を導いていた。


 俺に委ねろ。その全てから解き放ち、今こそ楽にしてやろう。肉体を持ち、大空を駆けたあの日の姿を取り戻し、力を誇示してみせろ。伝説の竜の力を。


 左手の石から溢れるのは膨大な魔力。煙のような気体となって視認できるその力が、刃へ急速に吸い込まれてゆく。それでも足りないとばかりに、貪欲かつ暴力的に、魔力を貪り取り入れる。


「まだ足りねぇっていうのかよ? 褒美が欲しけりゃ仕事しろ!」


 全身を包む碧色の輝き。その力の流れを魔剣の刃へ注いだ時、それは起こった。


 剣が、生きているかのように大きくひとつ脈打った。直後、呪いを受けたあの日と同じく、仄かに熱を帯び始める。


「吠えろ。猛り狂え!」


 その時、赤竜せきりゅうは確かに現代へ蘇った。純白の刀身から吹き上がる青白い炎。まるで命の灯を再度吹き込まれたかのような、強烈な息吹と躍動が全身を震わせる。


 誰に何を言われるでもなく、足は自然と魔獣へ向けて駆けていた。今はただ、この力をあいつへぶつけるのみ。


 魔獣も既に、こちらの動きに気付いている。牽制するふたりを無視して、俺を狙っている。

 大きく口を開いた魔獣。胸元から喉へと、大きな隆起が移動してゆく様がはっきりと見えた。水流弾が来る。


 それでも俺は、避けることもひるむこともしない。この手へ握られた力に、絶対的な信頼と自信を持っている。


 魔獣まで数メートルと迫った位置で立ち止まり、腰を落として身構えた。


「くらいやがれ!」


 魔獣の攻撃の方が僅かに早い。吐き出された水流弾が、地面を抉って眼前へ迫る。

 それを見据え、両手で柄を握った。右脇へ構えた剣先を横一線へ振り抜き、叫ぶ。


炎纏・竜爪閃えんてん・りゅうそうせん!」


 剣筋から放たれたのは、青白く燃える五本の刃。この現象はまさに想定外。竜の力に導かれたのか、体が勝手に動いていた。


 竜のかぎ爪を再現したような魔力の刃が、水流弾を容易く粉砕。勢いは留まる所を知らず、目の前にいる魔獣を蹂躙するように、怒濤の勢いで襲いかかった。


 一瞬、辺りを静寂が包んだ。いや、正確には俺だけがそう感じたのかもしれない。赤竜と俺、そして魔獣だけしか存在しない世界。


 赤竜の圧倒的な力はその瞬間、確かに一帯を震撼させたのだ。唯一無二の刃と化し、魔獣の体を切り裂いて。


 刃を振り払い、息をついた直後だ。鼻先から尻尾までを五枚に刻まれた魔獣の体が、滑るように地面へ広がっていった。


 だが、それだけでは終わらなかった。魔剣は役目を終えたとばかりに、形を維持することができないまま、脆くも崩れたのだ。


「冗談だろ……」


 まさか、こんな時に武器を失うとは。しかも全く元を取れていない。呪いを受ける、簡単に壊れる、とんだ不良品だ。


「リュシー、最高だったわ!」


「がふぅっ!」


 駆けつけたシルヴィさんに抱き付かれるも、やはり胸当ての大きな膨らみが肋骨へ食い込んできた。これは、いつかと同じ展開だ。


「リュシーも意地悪ね。あんな技を隠してたなんて……あたし、焦らされるのは好きじゃないって、あの時に言ったわよね?」


「いや。隠してたわけじゃなくて、咄嗟の思い付きなんですよ」


 しかも、あの時って何だ。あの時って。


「今夜は覚悟しておきなさいよ」


 上目づかいと、すねたように突き出された唇。それらに戸惑いながら、シルヴィさんが痛めている左腕方向から脱出。すると、側に立つアルバンが不安げな顔で。


「碧色さん、剣が……それに、そのとてつもない力はなんですか?」


「隠していて悪かったな。俺の切り札なんだ」


「細かい話は後にしようぜ。剣がないっていうなら、Mの大剣がある」


 モーリスは地面へ転がるそれを指差しているが、どう見ても上手く扱える自信がない。


「ニコラの剣を奪うしかねぇか」


 その姿を探したが、周囲には見当たらない。


「先に中へ逃げ込んだか。Gと組まれると面倒そうだな」


 Gとの会話を思い返しても、制御不能な暴走ぶりは行動が読めない。


「寺院へ突入する前に、話しておきたいことがあるの。ちょっと来てくれる?」


 シルヴィさんに手招かれ、俺たちは建物の側面へと連れ込まれた。こんな場所で何をするつもりだろうか。

 夕日が地平に飲み込まれかけている。辺りは既に薄暗くなり、間もなく月が支配する時間へ移り変わるだろう。


「どうしようかなぁ……」


 シルヴィさんは歌うように言いながら、手にした小石で地面へ何かを書いている。


「ちょっと貸してね」


 アルバンの手から通話石を取り上げ、それを恨めしそうに見据えた。


「Gって言ったわね。悪趣味なあんたのことだから、ニヤニヤしながら盗み聞きしてるんでしょ? まぁいいわ……寺院へ入る前に、みんなへひとつ提案があるの」


「提案?」


 俺のつぶやきに、黙って頷き返してきた。


「こいつらのことだから、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。それを見越して、ここに見張りを一人残したいの。そうね……モーリス、あなたが適任かしら」


「待ってくれ。俺もGには恨みがあるし、リーズも助けたい。一緒に連れて行ってくれ」


 抗議の声に、俺にも思う所はある。


「おまえは俺と似てるんだ。我を忘れて、突っ込むタイプだろ? ここからはより冷静な判断が求められる。おまえには、俺たちの背中を頼みたいんだ。頼む」


「モーリス。僕からも頼むよ」


「くそっ、分かったよ!」


 俺たち三人の眼差しを受け、渋々納得するモーリスの姿があった。

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