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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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07 双頭の魔獣と、ふたつの覚醒


魔力障壁(プロテクト)が……破られた……」


 ナルシスの腕輪から光が消える。まさか、命の火まで消えたのか。


「うぅっ……」


 微かな呻き声が届き、張り詰めていた息がわずかに戻る。


「まだ、生きてる……」


 安堵と焦りが同時に押し寄せた。

 助けに行きたい。

 だが、怪物から目を逸らせば終わる。


 奥歯を噛み締め、碧色に輝く剣を握り直した。


 右の頭が、じっとこちらを見据えている。左の頭は、まだ閃光の影響が残っているようだ。

 再び右の前脚が大きく振り上げられた。また横薙ぎか。


「単調なんだよ」


 腰を落とし、一気に踏み込む。

 鼻先を掠める爪をかわし、そのまま腹下へ滑り込んだ。


 剣を突き上げる。胸から腹へ、肉を裂く感触が腕へ伝わった。

 熱い血が吹き出すが、魔力障壁(プロテクト)が弾き、身体に付着することはない。


 暴れる巨体から転がるように離脱すると、魔獣の足下には血だまりが広がっていた。


「次で終わらせる」


 剣を構え直した瞬間、背中へ衝撃が走る。


「がっ!」


 地面へ叩きつけられ、肺から空気が抜けた。

 顔を上げると、太い尾が視界を横切っていく。


「くそっ……」


 立ち上がる頃には、ふたつの頭が同時に息を吸い込んでいた。

 吐息(ブレス)の一斉放射だ。これは耐えきれない。


「ラグ、来い」


「がうっ」


 上空を舞っていたラグが、碧色の光を纏って突っ込んでくる。


 相棒が右手の紋章と同化すると同時に、力が流れ込む。腹の底から熱が駆け巡り、全身が軽くなる。

 銀色へ変わる髪。視界が鮮明になり、世界の動きが遅く感じられた。


「準備完了、っと」


 仕組みは不明だが、この状態になると身体能力が一時的に高まる。

 超人的な力を得る代償もあるが、それを考えるのは後だ。


「行くぜ」


 立ち上がって魔獣を睨むと、ふたつの口から巨大な風の渦が放たれた。

 暴風が地面を削りながら迫る。


「避ける必要もねぇ」


 吐息(ブレス)は風属性。相殺するだけだ。


付与(エンチャント)飛竜刃(ヴァン・ラム)!」


 剣へ風を纏わせ、一気に振り抜く。

 白く輝く斬撃が、吐息(ブレス)と正面から衝突した。


 耳を裂くような高音と共に、風の渦が霧散する。


「はぁっ」


 そのまま踏み込み、追撃を叩き込む。

 風を纏った刃が魔獣の背を斬り裂き、巨体が苦悶の咆哮を上げた。


「効かねぇよ」


 挑発するように告げると、四つの瞳が怒りに染まる。

 怒号と共に突進してくるが、脅威はさほど感じない。


「来いよ」


 動きは速いが、しっかり見える。

 前脚の軌道を見切り、横へ回避。斬撃を合わせ、脚へ傷を刻む。


 左右から爪撃が降り注ぐが、必要最小限の動きだけで避け続けた。

 何度目かの爪をかわした直後、左の頭が口を開く。


「だから効かねぇって……」


 瞬間、視界が白く染まった。爆発的な炎に全身を呑み込まれる。


「ぐぅっ」


 熱と激痛が全身を貫く。咄嗟に距離を取り、地面を滑るように後退した。

 腕輪を見ると、ラインは赤へ変わっていた。残り三割だ。


「二属性か……」


 背筋に冷たい汗が流れる。今まで戦ってきた魔獣とは、格が違う。


「だったら……足を潰す」


 一気に距離を詰めるが、魔獣は冷静だった。

 ふたつの頭が、こちらを見下ろしている。必死に抗う小さな存在を、嘲笑うように。


 剣へ込めた風の力が唸る。

 どちらの吐息(ブレス)が来るか。半分は賭けだ。


 そして、ふたつの口が同時に開いた。


「おい……」


 左から風。右から炎。ふたつの属性が絡み合い、灼熱の暴風となって迫る。複合吐息(ミックス・ブレス)だ。


 炎を纏った嵐が、夜を昼のように照らした。


「ふざけんな」


 突進を諦め、横へ駆ける。

 しかし、吐息(ブレス)を吐きながら追ってきた。


 大地が一直線に抉られていく。逃げ切れない。


「それなら……」


 覚悟を決め、足を止める。


 風は相殺。炎は受ける。それしかない。


「うらあぁっ」


 剣を振り抜く。

 真空の刃が暴風へ叩き込まれ、風の力を削り取る。あとは、炎を受けきるだけだ。


 両腕で顔を庇い、衝撃に備えた。その時だった。


氷竜零結(ヴォロンテ・グラッセ)!」


 鈴の音のような声。凛とした響き。瞬間、すべての炎が凍り付く。


「なんだよ、これ……」


 恐る恐る顔を上げる。


 暴れ狂っていた炎は、巨大な氷の螺旋に変わっていた。

 白蒼の氷が月光を反射し、周囲を幻想的に照らしている。


「あり得ねぇ……」


 視線の先では、セリーヌが杖を掲げていた。

 先ほどまで震えていた姿はない。静かで、凛としていて。どこか神秘的ですらある。


「取り乱してしまい、申し訳ありません」


 駆け寄ってきたセリーヌの瞳に迷いはない。


 魔獣を見ると、氷に包まれた身体を振り、霜を払っていた。

 今なら、動きが鈍っている。


「セリーヌ。もう一撃だ」


「はい」


 再び駆け出すと、背後でセリーヌの詠唱が始まった。

 空気が震える。魔力を持たない俺でもわかるほど、濃密な力が集まっていく。


 恵みの(あかし)、母なる大地。

 生命の証、静寂の水。

 躍動の証、猛るは炎。

 自由の証、蒼駆(そらか)ける風。


 澄んだ声が夜へ溶けていく。

 思わず聞き入ってしまうほど、美しい。


 力の証、蒼を裂き、

 轟く(いかづち)、我照らす。


 詠唱が終わると、背後の魔力が爆発的に膨れ上がった。


地竜裂破ヴォロンテ・ラ・テール!」


 大地が裂けた。一直線に走る亀裂が魔獣の前脚を呑み込み、巨体が大きく体勢を崩す。


「今だ」


 剣を水平に構える。刃へ力が収束していく。

 碧色の光がさらに強まり、凝縮された魔力球(まりょくきゅう)が脈動を始めた。


 剣先へ、荒れ狂う力が収束していく。

 まるで竜そのものが牙を剥いているかのような、暴力的な力だ。


 狙うのは右側の頭。


竜牙天穿(りゅうがてんせん)!」


 突き出した刃の先から、碧色の魔力球が放たれた。

 空気を震わせながら一直線に突き進む。疲弊した魔獣に、避ける余裕はない。


 魔力球が直撃。轟音とともに右側の頭が吹き飛び、血肉が夜空へ飛び散った。

 巨体が大きく揺らぐ。


「まだだ」


 残った左側の頭が牙を剥き、こちらへ突進してくる。

 そこへ、セリーヌが割って入った。


光竜滅却(リミテ・リュミエール)!」


 眩い閃光が炸裂し、思わず腕で目を庇った。

 耳をつんざく爆音。衝撃に足が浮きそうになるが、どうにか踏みとどまった。


 やがて光が収まり、恐る恐る腕を下ろした。

 そこにあったのは、左半身を吹き飛ばされた魔獣の残骸だった。


 砕けた肉片。飛び散る内臓。あまりにも圧倒的な破壊。


「なんだこれ……」


 こんな力は、見たことがない。

 美しく、澄み切っていて。それでいて、底知れなく恐ろしい。


「お怪我はありませんか?」


 セリーヌが駆け寄ってくる。

 その髪と瞳は、黄金色に変わっていた。


「まさか、あなたも竜臨活性(ドラグーン・フォース)を使えるだなんて。驚きました」


竜臨活性(ドラグーン・フォース)?」


 聞き慣れない言葉に眉をひそめると、セリーヌは目を見開いた。


「知らずに使っていらしたのですか?」


「待て。この力を知ってるのか!?」


 思わず身を乗り出すが、セリーヌは返答しなかった。険しい顔で、魔獣の死骸を見つめている。


 つられるように視線を向けた瞬間、背筋が凍った。

 絶命したはずの左側の頭が、こちらを見ていた。


「見事だ」


 低い男の声。

 だが、喋っているのは魔獣の口だった。死肉の奥から滲むような、不快な声だ。


「どうなってやがる……」


「何者かが操っています」


 セリーヌの声音も鋭い。


「てめぇは誰だ。出て来い」


 剣を向ける。


「引きずり出して、ぶった斬ってやる」


 狼の口から、くぐもった笑い声が漏れた。


「君たちの力、ぜひ欲しい」


 ぞわりと背筋が粟立つ。嫌悪感が胸の奥を掻き回した。


「あなたの目的は何なのですか」


 セリーヌも杖を握り締め、睨み据える。


「力試しへの協力、感謝する」


 男の声が愉快そうに歪む。


「私のことは……終末(終末)(にな)()、とでも呼ぶといい」


 意味がわからない。

 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 こいつは許せない。


「てめぇの勝手で、この街の人がどれだけ苦しんだと思ってんだ」


 街で見た光景が浮かぶ。

 泣きじゃくる子ども。抱き締める母親。瓦礫を片付ける人々。疲れ切った顔で炊き出しを続ける大人たち。


 不意に、兄の言葉が脳裏をよぎる。


『魔獣に苦しめられている人たちもたくさんいる。みんなが手を取り合うべき時に、人同士が争うなんて悲しいじゃないか』


 奪われた命、夢、希望。それがすべて、こいつの遊びだと言うのか。


「てめぇだけは……絶対に許さねぇ」


「んふっ。冷静が肝要」


 狼の赤い瞳が妖しく揺れる。


「次はもっと面白いものを見せよう。“蜘蛛に囚われた森”を探せ」


 その言葉を最後に、赤い光が消えた。

 糸の切れた操り人形のように、巨体が崩れ落ちる。


「魔力が消えました……逃げられたようです」


 セリーヌの声が、夜風へ静かに溶けていった。

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