06 碧色の閃光、そして異変
「こんな罠まで仕掛けてたのか」
「涼風の貴公子、参る」
細身剣を掲げ、ナルシスが真っ先に飛び出した。
「ったく、早ぇよ」
セリーヌに良いところを見せたいのが丸わかりだ。俺も長剣を抜き、爆炎の中へ踏み込む。
だが、予想以上に煙が濃い。罠としては悪くないが、視界まで潰されるのは厄介だった。
「がうっ」
ラグが上空へ跳ぶ。同時に右手の紋章が熱を帯び、見えない力が腕を包み込むように、剣身が淡く輝き始めた。
爆炎を抜けてきたルーヴを、一閃で斬り払う。青緑の軌跡は流星のように闇を裂いた。
碧色の閃光。この光が、俺の二つ名の由来だ。
「リーダーはどこだ」
煙と炎の向こうに、群れの中央が見えない。
「誰かが倒したか、爆炎で吹っ飛んだか……」
逃げた可能性は低い。ルーヴは群れを重んじる魔獣だ。
「串刺しの刑」
ナルシスの突きが、一頭の喉を貫いた。
「腕は悪くねぇ。技名をどうにかしろ」
言い放った直後、背後に殺気を感じた。爆炎を回避した数頭が、セリーヌに向けて突進している。
「くそっ」
胸を締め付けられるような焦りが走った。
昼間に見せた魔法は確かに凄かったが、本気の魔獣を相手にどこまで通用するかは未知数だ。ナルシスは前線で手一杯。今、動けるのは俺しかいない。
しかし、セリーヌは微動だにしなかった。迫る魔獣を見据え、静かに杖を掲げる。
「煌熱創造!」
炎の奔流が地を舐め、突進してきたルーヴたちをまとめて呑み込んだ。
「やっぱり規格外れだな……」
しかも、無詠唱でこの威力だ。
「斬駆創造!」
真空の刃が俺のすぐ横を掠め、背後から魔獣の悲鳴が上がった。
「リュシアンさん、集中してください」
「悪い」
守るつもりが、逆に援護されている。
情けなさを振り払うように剣を握り直した。
「一気にいく」
群れへ突っ込むと、横から一頭が飛び掛かってきた。身を捻ってかわし、その勢いのまま胴を断った。
碧色の光が闇を走るたび、ルーヴたちは次々と崩れ落ちていく。
※ ※ ※
「これで終わりか?」
ラグが左肩へ戻ってくる。周囲を見渡しても、もう動く影はない。
「ルーヴなら、こんなもんだろ」
剣を収めると、ナルシスが呆然としていた。
「いつの間に終わったんだい? この僕が、まだ数頭しか倒していないというのに」
乱れた金髪を整えながら、間の抜けた顔を晒している。
「死骸は集めて燃やしてしまおう」
気を利かせたつもりらしいが、悪手だ。
「ダメだ。毛皮は高値で売れる。街の復興資金になるんだからな」
「ぐぬぅ……その手があったか」
「リュシアンさん、さすがです」
セリーヌが柔らかく微笑む。たったそれだけで、少し誇らしい気分になった。
「でも、リーダー魔獣が見当たらねぇな……」
そう呟いた時、セリーヌの表情が強張っていることに気付いた。
「どうした?」
「山の方から……強い魔力と、獣の声が聞こえます」
魔力を持たない俺には捉えられない。耳を澄ませても、何も聞こえなかった。
「気のせいじゃねぇのか? 風の音とか」
「姫を疑うのかい。僕にも感じるとも」
「おまえのは幻聴だ。寺院で診てもらえ」
軽口を叩いても、妙な胸騒ぎは消えない。
「がるるる……」
ラグが低く唸った直後、山の方角から重い遠吠えが響いた。
空気そのものが震え、木々に止まっていた山鳥たちが一斉に夜空へ飛び立つ。
続けざま、木が倒れる轟音が響いた。
何かが、一直線にこちらへ迫ってくる。
「気を付けてください」
セリーヌの声にも緊張が混じる。
山際の木々が次々と薙ぎ倒され、最後の防風林が崩れ落ちた。その向こうから現れたのは、巨大な魔獣だった。
ルーヴに似ているが、大きさが違う。三倍近い巨体に加え、異様な特徴があった。
「頭が……ふたつ」
思わず息を呑む。
「ルーヴ・ジュモゥ……ってところか」
冗談のつもりで名付けたが、誰も笑わない。
「ルーヴたちが人里に降りたのは、あれに追われたからか」
剣を握り直し、呼吸を整える。
「一旦退くべきじゃないかな……」
ナルシスの引きつった顔が視界に入った。
「退けるかよ。後ろには街があるんだぞ」
そんな選択肢はない。
脳裏に、あの男の子の泣き顔が浮かんだ。
「男なら、大事な物は自分の手で守らなきゃダメなんだよな……」
「え? 何か言ったかい?」
「なんでもねぇ」
苦笑した、その時だった。
「巨大な四足魔獣……二年前の……あの気配に似ている……」
セリーヌが青ざめている。
「おい、どうした!?」
様子がおかしい。震えているのは恐怖のせいだけじゃなかった。その目は、今ではなく、遠い過去を見ている。
「ナルシス。俺たちでやるしかねぇ」
「姫のためだ。真の実力をご覧に入れよう」
ナルシスが地面を蹴った。
気負いすぎな背中に、嫌な予感がする。
死骸を飛び越え、真正面から巨大魔獣へ突っ込んでいく。双頭の魔獣は、その動きを見逃さなかった。
「くそっ」
俺も駆け出す。同時に、ラグが宙へ跳んだ。
すると、ナルシスが腰の革袋から何かを取り出すのが見えた。その正体に気付き、反射的にセリーヌを振り返る。
「セリーヌ、目を逸らせ」
まばゆい白光が炸裂し、魔獣の悶える声が夜を裂いた。
「閃光玉か」
高価な道具だが、惜しげもなく使った。これで数十秒は視界を潰せる。
そう思ったが、予想外の光景が飛び込んできた。
苦しんでいるのは、左の頭だけだ。右の頭は、平然と牙を剥いたままだった。
「危ねぇ」
巨体に似合わない速度で、前脚が薙ぎ払われる。
ナルシスは辛うじて回避したが、脇腹を爪が浅く裂いた。そのまま吹き飛ばされながらも、どうにか踏み留まる。
だが、その腕輪に異変が起きていた。緑色だったラインが、黄色へ変わっている。
「嘘だろ……」
ランクCの魔力障壁が、一撃で残り六割以下まで削られた。
それでもナルシスは攻める気でいた。巨大魔獣の前脚が振り切られた瞬間を狙い、細身剣を構える。
「串刺しの刑」
「ナルシス、逃げろ」
間近にいるあいつは、まだ気付いていない。
右側の頭がわずかに首を引き、大きく息を吸い込んだ。
「そいつ、吐息を使うぞ」
魔獣の喉奥から生じたのは、横倒しの竜巻のような衝撃波だった。
轟音と共に大地を抉り、ナルシスを軽々と吹き飛ばす。
悲鳴すら上がらなかった。
地面を何度も転がったナルシスの腕輪から、ガラスが砕けるような警告音が漏れた。





