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10 望まぬ殺し合い


 アルバンとモーリスが殺し合い、勝者はリーズと共に解放。

 そんなあり得ない規定を聞かされても体は言うことを聞かない。まるで心と体を分断されたようだ。


 俺の内なる怒りを代弁するかのように、穏やかだった天候は様相を変えた。髪を乱すほどの風が吹き荒れ始めている。


「今すぐやめさせろ」


「はいはい。大人しくしててね。君は黙って見てればいいんだよ」


 ニコラに引きずられ、中庭の中央へ運ばれる。そのまま、枯れ果てた噴水施設の縁に座らされた。


 焦点の定まらない視界の先では、寺院の入口扉を挟むように、アルバンとモーリスが向かい合っている。側には女魔導師と重量鎧ヘビー・アーマーの剣士。恐らく、あいつがMと呼ばれる男か。これはつまり、先程の馬車に乗っていたのは、カロルと剣士のCだけということだ。


 女と剣士が側にいては、アルバンたちも逃げられない。何より賞品はリーズだ。賞品であり人質。あいつらが逃げるはずもない。


 体勢を維持するのがやっとだ。どうにか顔を上げた姿勢を保っていると、眼前へニコラの手が伸びてきた。握られていたのは乳白色の球体。見覚えのあるそれは、魔導通話石だ。


 ニコラはそれを両手で摘まみ、二つの半球が合わせられた接合面を捻る。その仕草は、通話石の拡声音量を上げるためのものだ。


「G、どうぞ」


 その呼びかけで、一気に緊張が増した。


『碧色。初めまして、か? あぁ、馬車の中にいたよなぁ。これが二度目か』


「てめぇ。いつ気付いた?」


 やはり見抜かれていたか。


『クックッ……定時連絡にモーリスが出た瞬間だ。残念だったなぁ。後衛で弓矢使いのAが、真っ先に殺されるなんてあり得ねーだろ。バカでも分かる』


 俺たちの考えが浅はかだったというわけだ。


『Aなら絶対、その役立たず二人を捨て駒に使う。それをしなかったってことは、おまえらに殺されたってこと以外にねーだろ』


 噛み締めた奥歯が、鈍い音を立てた。


『俺が今、どこにいると思う? そこから見上げた先に、中央の時計塔が見えんだろ。その濁った目で、良く見みてみろ』


 丁度、正面入口の真上。一本の尖塔が伸び、四階か五階へ相当する位置に、巨大な時計が取り付けられている。


『そうそう、そこだ。でも、俺とリーズだけじゃねー。おまえが追ってきた、大司教様と小娘も一緒だ』


「二人は無事なんだろうな?」


『焦るんじゃねーよ。乞食か、てめーは。仕方ねーから、特別に声を聞かせてやる。おい、ジジイ。何か話せ』


 移動する足音に加え、衣擦れの音が漏れてきた。そして、紐を解くような音も。


『金が目的なら用意する。命だけは助けてくれ。死ぬわけにはいかん!』


 この声は、大司教に間違いない。


『相変わらず、うるせージジイだ。口を開けば自分のことばかり。なんなら、てめーから真っ先に殺してやろうか?』


 大司教の悲鳴が上がったかと思うと、口を塞がれて呻く声が続いた。


『碧色、この娘は上物だなぁ。人々を癒やす奇跡の力、とか言ったか。ったく、どんな方法で癒やしてんだろうなぁ? 俺も癒やしてもらいてーよ』


 聞きたくもないGの声に続き、通話石の向こうから女性の呻きが漏れてきた。大司教と同じく、口を塞がれているようだ。


「三人に手を出すな。てめぇは絶対に、俺がぶちのめしてやる……」


『おぉ、おぉ。口だけは達者だな。俺の特製粉塵とくせいふんじんでへばってんのは、どこのくそったれ様だよ? 寝言は寝て言え』


 これほど怒りを覚える相手は初めてだ。アルバンとモーリスには悪いが、顔を見たら真っ先に斬ってしまいそうだ。


『おい、M。モーリスの縄を解け。アルバンにモーリス。おめーらは鎧を脱げ。真剣勝負の殺し合いにはジャマだ』


 通話石の向こうから漏れてくるのは、Gの足音と意地の悪い嘲笑ちょうしょうのみ。


『リーズ。おまえを賭けて殺し合う二人に、声でも聞かせてやったらどうだ?』


 その言葉に、鎧を脱いでいた二人の手が止まった。時計塔を見上げ、見えることのない存在へ不安げな視線を向ける。


 沈黙が支配するこの場でも、風だけが不気味な唸りを上げて吹き荒れ続けている。


『あぁ、悪い、悪い。あの女は気を失ってるんだった。てめーらがつまらねーことをしでかしたお陰で、つい八つ当たりしちまった。ヘッ! 悪いのは俺じゃねーからな』


 怒りとつらさが、腹の底から溢れんばかりに込み上げてくる。


「モーリス。準備はいいかい?」


「当たり前だ。とっくに出来てる」


 剣を手に、軽装姿で睨み合う二人。もう誰も、彼等を止めることはできない。


 DとMも、数歩離れた位置から戦いの始まりを傍観している。この状況を打開できないのか。最後の可能性はこいつだけだ。


「ニコラ。おまえは黙って見てるだけか? 一緒に旅をしてきた仲間が、殺し合いをしようっていうこの状況で」


「だって、カロルが言ったんだよ。私とGの言うことだけを聞いていればいいって。大司教と女の子を手に入れれば、Gは僕たちを解放してくれる約束なんだ。そうすればまた、ふたりで旅ができる。僕の所に戻ってくる」


 結局こいつは、都合の良いように使われているだけだろう。哀れな奴だ。


「そんな約束、Gが守ると思うか? 秘密を知った以上、皆殺しってオチだろ」


「そんなはずないよ!」


『碧色。ウチの可愛いニコラに、嘘を吹き込むんじゃねーよ。俺は約束は絶対に守る。そこで、ニコラに次の指令だ。碧色が持つ加護の腕輪を外して、魔力映写の記録を調べろ』


 こいつ、どこまで抜け目がないのか。全てを見透かされているようで、体の芯から恐怖に似た感情が湧いてくる。


 俺の心中を察する様子もなく、ニコラは命ぜられるまま、腕からそれを抜き取った。腕輪に取り付けられた魔力石を地面へ向け、映写の記録を投影している。


『どうだニコラ。AとBのマヌケな死に顔が、映写に残ってるんじゃねーか? 腕輪は捨てていいが、証拠は確実に消せ』


「Gの言う通り、AとBの遺体映写が記録されています。今、消去しました」


 もしものことを考えて収めておいたが、そこまで見抜かれているとは。これはもう、警戒心が強いなどというレベルを超えている。


『クックッ……残念だったな、碧色。さて、やることは全てやった。始めろ!』


 Gの声に応えるように、鞘から引き抜いた剣を眼前で構えるふたり。


 挑むように互いを見据えるその様に、動揺や戸惑いは感じない。むしろ、目の前に展開された恐ろしい光景の、その先を見据えているのかもしれない。リーズとの未来を。


 最早、Gから逃げられないことを覚悟してしまったのか。ここで相手の命を奪い、彼女と解放される道しか見えていないとしたら。

 そして、先に口を開いたのはモーリスだ。


「アルバン。おまえとは、いつか勝負を付けなきゃならないと思ってた」


「僕は争うのは苦手だ……特に、モーリス。相手が君なら尚更ね」


 震えるアルバンの手が、剣を強く握る。


「でもね。それがリーズのためだというなら、僕だって引くわけにはいかない。リーズを守るためなら、僕は悪魔にだってなれる!」


「そいつは好都合だ。おまえを悪魔だと思えば、斬るのに何の躊躇いもねぇ」


 モーリスの怒声が始まりの合図だった。


 剣を手に、突進するモーリス。対して、アルバンは落ち着き払った様子で身構え、相手の一挙手一投足を見逃すまいと見据えていた。


「うらあっ!」


 モーリスは胸元を目掛け、鋭い横凪の一閃を繰り出していた。


 後方へ飛んで、それを避けるアルバン。着地と同時にすかさず地を蹴り、切っ先を向けてモーリスへ迫る。


 剣を振り切ったモーリスの脇腹を狙った突き。しかし、彼の反射がわずかに勝った。


 切り返した一閃が、突きを素早く薙ぎ払った。そのまま突進してきたアルバンと、激しく額をぶつけ合う。互いに一歩も譲らない。


「リーズは渡さねぇ。おまえを殺して、俺は未来を掴み取る」


「同感だね。どっちが勝っても、恨みっこなしってことでどうかな?」


 モーリスの視線を真っ向から受け止めるアルバン。その口元にも笑みが浮かんでいる。


「よし、望むところだ」


 互いに距離を取り、再び剣を構える。


 体格差はもちろんだが、勢いはモーリスの方が上か。攻めのモーリスと、守りのアルバンといった様相だが、見ているこちらは気が気じゃない。ふたりが殺し合う理由はない。


「アルバン、モーリス。もうやめろ! 本当の敵を見失うんじゃねぇ」


 うなりを上げる風に負けないよう、痛む喉を押して声を張り上げた。

 こいつらは、こんな所で死んで良いような人間じゃない。本当に死ぬべき奴等はすぐ側にいる。


「碧色さん、止まれないんですよ。男なら、大事な物は自分の手で守らなきゃダメなんですよね? この戦いに勝って、リーズを守る」


 アルバンの覚悟に、モーリスは口元をわずかにほころばせた。


「いつの間にか、いい顔をするようになったな。おまえから、そんな覚悟が聞けるなんて思わなかった。でもな……」


 再び、モーリスが地を駆ける。


「勝つのは俺だ!」


 その手に握られた剣が、夕日を照り返して赤く輝いた。それは、これから流される血を暗に示したものなのか。それとも、望まぬ戦いを強いられた剣が見せた、一滴の涙か。


 この戦いの行方は、誰にもわからない。

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