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08 小さな師匠


 盆地の底へ飲み込まれるように小さくなってゆく馬車。それを視界の隅に捉え、アルバンと共に緩やかな斜面を下ってゆく。


 鬱蒼と生い茂る木々が陽光を遮り、日没までまだ時間があるというのに感覚が麻痺しそうなほど薄暗い。そしてオーヴェル湖と言ったか。確かに滝が存在するらしく、遠くで水の落ちる轟音がしている。大気までも振るわせ、魔獣の雄叫びを思わせた。


「にしても歩きにくいな。地面がぬかるんでるのは、滝が近いのと関係があるのか?」


「そうでしょうね。この盆地も滝からの水が氾濫して、永きに渡って大地が削られた作用によるものだと聞きました」


「へぇ。自分の街でもねぇのに詳しいんだな」


 前を行くアルバンの背中へ視線を送る。


「旅で立ち寄った街の成り立ちを知るのが好きなんですよ。でも、歴史だけではありませんよ。美味しい物の情報などはみんなに喜ばれますしね」


「それは確かに女性受けしそうだな」


 整った顔立ちの知的剣士とは。


「冒険者にしておくには勿体ねぇな」


 その言葉に苦笑している。


「そうですね。モーリスはともかく、僕は元々、リーズに押し切られて旅に出たので。彼女を助けたら、冒険者は辞めます」


 どこの冒険者も女に弱いのは一緒か。


「まぁ、それも生き方の一つだろ。こんな命がけの仕事、いつまでも続けられねぇしな」


「では、碧色さんはどうして?」


 足を止め、こちらを振り返ってきた。


「兄貴を探してるんだ。でもそれだけじゃない。俺の本当の目的は、竜を探し出すことだ」


「実在するんですか?」


「さぁな。その浪漫を求めて旅をするんだ」


「がう?」


 相棒のラグは左肩の上で首を傾げる。

 こいつの存在があるからこそ、伝説の存在が現存すると信じていられるのだが。


「無事に見付けられると良いですね」


「あぁ。きっと見付けてみせる」


 それから一時間ほど歩いただろうか。足を取られながらも、ようやく盆地の底へ辿り着こうという時だった。


「あれは?」


 木々の間から覗いた外界には、街まで一直線に伸びる用水路と並木道。その先にある廃墟の街並みの奥で、何かが動いている。


 視認したのは一台の馬車だ。俺たちが乗ってきたものだが、街の外周を巡り、来た道を辿って街道を駆け上がってゆく。


「恐らく、Gの差し金だと思います。碧色さんを探しに行ったのかもしれません。思った通りでしたね」


「誰が乗ってるのか分からねぇけど、数人分の戦力は裂けたか……攻めるなら今だな」


 ニコラとカロルを除けば、連中の残る戦力は四人のはずだ。

 一団を仕切るボスで、Gと名乗る剣士。アンナを襲い、足を斬り付けた剣士のC。重量鎧(ヘビーアーマー)に身を包み、大剣を操るという剣士のM。そして、女性魔導師のD。


 少なくとも二、三人は出払ったはず。敵の力は半減したと見て構わないだろう。


 一気に踏み出そうかと思案していたその時だ。横手の茂みへ気配が生まれた。。


「がううっ!」


「は!?」


 ラグに続き、驚きの声を漏らしていた。


 茂みの奥から現れたのは、ワニ型魔獣クロコディルの群れだった。しかも、全長四メートルはあろうかという大物が五体。


「なんで、こいつが?」


 ワニ型魔獣の主な生息地は南方の熱帯雨林だ。なぜこんな所に。

 慌てて竜骨剣を引き抜き、身構えた。


「気を付けろ。こいつらの外皮は斬撃にも耐える厚さだ。口の中を突くか、裏返して腹部を攻撃するしかねぇ」


「分かりました」


 以前にアンナから教わった撃退法を思い出し、即座にアルバンへ声を掛けた。


“あんなの楽勝だよ。体が大きいだけだって! 口の中を狙って、矢を打ち込むだけでいいんだから”


 簡単に言ってくれたものだ。あいにく、こちらは近距離戦しかできない。


「しかもこいつら……」


 話している最中だろうが、魔獣にとってはお構いなしだ。アルバンへ警告しようとしていたことを、即座に実行しようとしている。


 先頭を進んでいた一体が四本足を踏ん張り、俺の腹部を目掛けて跳躍してきたのだ。


「うおっと!」


 大きく口を開けながら飛んできたそいつを避ける。すると魔獣は、背後にあった大木の幹へ、そのままの勢いで食らい付く。


 生木を削る乾いた音。大木の一部は大きく噛み千切られてしまった。


「牙と体当たりに気を付けろ! 足を踏ん張った時が準備動作だ」


 万が一、のしかかられたら、脱出方法は皆無に等しい。


「まぁ、一番いいのはこれだ」


 同じように飛びかかってきた別の一体。その軌道を見極め、素早く身を逸らすと同時に、右脚を思いきり蹴り上げた。

 ブーツの爪先が魔獣の腹部を打ち、地面へ落ちるなり激しく身悶えている。


「ふっ!」


 その喉元へ、体重を乗せた魔剣の突き。


 黒々とした外皮とは裏腹に、腹部は乳白色で柔らかい。刃は驚くほどすんなりと魔獣の体へ飲み込まれた。

 刃を引き、腹部を一気に斬り裂く。


「まずは一体。って、何やってんだ!?」


 アルバンへ視線を移すと、あいつは左肘から先を噛み付かれていた。そのまま、腕を食い千切られてもおかしくない状況だ。


「問題ありません!」


 すると噛み付かれた腕の隙間を縫って、クロコディルの口内へ長剣ロングソードをねじ込んだのだ。


 魔獣の後頭部から剣先が飛び出し、相手はほぼ即死。アルバンは何事も無かったように腕を抜き、篭手こてで守られた左腕を見せてきた。


「無茶な戦い方をするんじゃねぇ」


 這い寄ってきた一体の頭を踏み付け、片目に剣を突き刺してやった。

 痛みで激しく身じろぎする魔獣に振り解かれ、体がよろめく。


「うおっとっと……」


 数歩後ずさった時、かかとが何か別の物を踏み付けた。


「は?」


 振り返って絶句した。なんとそこには、新たなクロコディルが五体。


「いやいや。お腹一杯なんですけど」


 どうやらここは、こいつらの縄張りか。とんでもない所に足を踏み入れてしまった。

 こうなれば、残る作戦はひとつだけ。


「アルバン、逃げるぞ」


「ちょっと、碧色さん!?」


 この数をまとめて相手にするだけムダだ。まして、敵に見付かる恐れがある以上、閃光玉や魔法石も使えない。


 無謀なアルバンを先行させ、大木に身を隠しながら急いで森を出た。


 そうして街から見えない位置で、並木の陰へ身を潜める。魔獣たちも、ここまで追ってくるつもりはないようだ。とりあえず一安心か。


「碧色さんのような人でも……魔獣から……逃げることがあるんですね……」


 隣で息を切らせているアルバンが、不思議な物でも見るようにつぶやいてきた。


「当たり前だろ。イチイチ相手にしてたら身が持たねぇって。討伐依頼の対象ならともかく、ムダなことはしない主義だ」


 刃に付いた魔獣の血を払い、鞘へ収めて一息ついた。


「なるほど……僕らの場合はモーリスが負けず嫌いで、血気盛んなもので……」


「あぁ。あいつの扱いには苦労しそうだな……良く分かるよ」


「仲間想いとか、良い所もあるんですけどね」


 そう言って、困ったように微笑んでいる。


「お互い、良いライバルって感じだよな」


「いえ。僕では敵いませんよ」


「じゃあ、リーズもあきらめるのか?」


「え!?」


 驚きに目を見開くアルバンの顔を、夕日が赤く染め上げる。だがそれは、本当に夕日の赤なのだろうか。


「男なら、大事な物は自分の手で守らなきゃダメなんだとさ」


「誰の言葉なんですか?」


「小さな師匠の受け売りだ」


「小さな師匠?」


 エリクの顔を思い出し、口元が緩む。セリーヌがいなくなったと知ったら悲しむだろうか。あの子にとっても一大事だろう。


「まぁそういう意味じゃ、おまえに言われた悪魔にだってなれる、ってのと根本は一緒なんだな。結果は神のみぞ知るってところだろうが、自分から勝負を降りるとかバカなマネだけはするなよ」


「そうですね」


 寂しげに微笑んだアルバンの顔が、不意に険しい物へと変わった。その視線は俺でなく、街の方角を向いている。

 釣られて、大木の陰から覗くように身を乗り出した。


「剣士か?」


 視界に飛び込んできたのは、こちらへ向かって歩いてくる一人の人影。腰に下げた剣が歩調と共に揺れている。夕日を照り返すその様は、軽量鎧ライト・アーマーだろう。


 見張り役だろうか。それにしては、迷いなくこちらへ近付いてくる。


「ニコラ……」


「は? あいつが?」


 ナルシスのように、金色の髪をした色白の青年。おそらく北方出身者だろう。人懐こそうで幼さを残した顔立ちは、とても剣士のそれとはほど遠い。


 男は、俺たちから数メートルという絶妙な距離で立ち止まった。対して俺はいつでも抜けるよう、剣の柄へ手を掛ける。


「アルバン君、いるんでしょ? 隠れていないで、出ておいでよ」


 どうして俺たちの存在が分かったのか。

 頭の中を困惑が埋め尽くしている。

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