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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

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07 追跡の果て、廃墟の街へ


 結局、戦士の姿を頭の中から消し去れず、一睡もできないまま夜が明けた。


 荷台の片隅へ背を預け、抜け殻のように流れてゆく景色を眺める。何かをしようという気力も湧かない。


 空が白み始めた頃には、アルバンの体調も多少持ち直していた。会話へ加われる程度には回復したらしい。とはいえ、こちらの事情を不用意に明かすわけにもいかない。当たり障りのない話を交わしながら、馬車は静かに街道を進んでいく。


 すると、横になっていたアルバンが慌てたように身を起こし、御者台へ近付いた。


「定時連絡は?」


 モーリスは胸元から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。


「もう七時か。そろそろマズイな」


「ちょっと待て。何の話だ?」


 嫌な予感がして、俺も慌てて御者台へ近寄った。


「本隊へ定期的に連絡をする決まりなんだ。AかBの役目だが、代わりにやるしかない」


「だから、待てって言ってんだろうが」


 そんな取り決めがあったとは。だが、それなら逆に利用できる。


「連絡は入れるな。通信が来ても無視するんだ」


『え!?』


 ふたりの声が揃って裏返った。


「放っておけば、向こうは異変に気付く。こっちは全滅したと思い込むはずだ。加護の腕輪は、絶対に回収しろって言われてたんだよな?」


「確かに、その通りですが……」


 アルバンが戸惑いながら頷く。


「なら、腕輪を回収するために誰かが動く。敵の戦力を分散させよう」


「なるほど……さすが碧色さんです」


「どのみち、アルバンが動けるようになったら馬車は捨てて、馬で進むつもりだった。荷台も隠せば、更に時間を稼げる」


「ちょっと待った!」


 異論を挟んだのはモーリスだ。


「確かに名案かもしれない。でも、俺とアルバンまで死んだって話になったら、リーズはどうなる。最悪、その場で始末されるかもしれないだろ」


「それは……確かに」


 アルバンの表情が曇る。


「となると、正面突破しかねぇか」


 思わず舌打ちが漏れた。こちらの動きが大きく制限される。


「僕とモーリスで街へ戻って、連中の気を引きます。碧色さんは死角から侵入して、人質を助けてください」


「死角があれば、の話だけどな」


 そう返すと、モーリスが苦笑を浮かべた。


「でも、それしかないだろ。しかも街へ戻るのは、俺ひとりの方が自然だ」


 そう言って、モーリスは魔導通話石を起動させた。


 内容は単純だ。


 グラセールとジュネイソンの中間にある宿舎で俺を発見。しかし返り討ちに遭い、AとB、それにアルバンが死亡。自分だけが辛うじて逃げ延びたと報告した。


『てめぇだけ、おめおめ生き残ったわけか? 本当に使えねー野郎だな』


「申し訳ありません……」


 奥歯を噛み締めるモーリス。その肩は怒りに震えていた。


『逃げ出したわけじゃねーだろうな? 壁役として同行させたんだろーが。この役立たずが』


 この声の主が、一団を束ねる剣士Gか。


 短いやり取りだけでわかる。生かしておく価値もない人間だ。


『ちょっと黙れ』


 不意に、Gの声色が変わった。馬車の車輪が軋む音だけが響く。


『てめぇ、馬車で移動してんのか? なんで馬だけで戻らねーんだ』


「これは、その……」


 モーリスの緊張がこちらまで伝わってくる。思わず息を止め、その横顔を見守った。


『誰かいるのか?』


 乱暴な口調のくせに妙に鋭い。


「いえ、自分の独断です。馬車は高価ですし、せめて馬だけでも連れ帰ろうと……」


 上手い。咄嗟によく誤魔化した。


『はぁ? 馬車なんていくらでも買えんだよ。このグズが。まぁいい。そこまで来てんなら、さっさと戻れ。日没までに戻らなきゃ、リーズをぶっ殺すからな!』


 怒鳴り声と共に通信が途切れた。

 その瞬間、張り詰めていた空気が一気に抜ける。俺も止めていた息をゆっくり吐き出した。


「なるほどな。確かに、とんでもねぇ相手だ」


「だろ?」


 モーリスが疲れ切った顔で笑う。


 そこから先は、ひとまず落ち着いて街道を進むことになった。


 やがて左手に広大な森林が見えてくる。その向こうには壮観な山脈が連なり、遥か彼方まで続いていた。


「がううっ!」


 爽やかな風を受け、ラグが嬉しそうに鳴く。


「すげぇな……この山脈、ジュネイソンの先まで続いてるんだよな?」


「カスティエン山脈ですね。水源も豊富な土地だと聞いています。ジュネイソンの側には、オーヴェル湖という大きな湖もあるそうです」


「オーヴェル湖?」


 アルバンの説明に聞き返した。


「ジュネイソンの住民は、その水を生活用水として利用していたとか。湖へ流れ込む巨大な滝が有名らしいですよ」


「巨大な滝? 初めて聞いたな」


「それについては、僕たちよりマリーさんの方が詳しいと思います。聞いてみたらどうですか?」


 興味がないわけではない。だが今は、それどころではなかった。

 そのまま街道を進み、時刻は正午を回る。


 荷台の隅には、缶詰や保存食、水袋が積まれていた。しかし敵の物を無警戒に口へ運ぶ気にはなれない。

 アンナと別れる際、びゅんびゅん丸から外しておいた革袋。その中から干し肉とドライフルーツを取り出し、無理やり腹へ詰め込む。


 食欲はないが、この先を戦い抜くには食べなければならない。


「久しぶりに腹一杯食えるな。おい、アルバン。おまえもどんどん食え!」


「そんなに食べられないって」


 モーリスは、今までの鬱憤を晴らすように缶詰を平らげていた。どうやら食事量まで制限されていたらしい。


 その様子を、ラグが物欲しそうに見つめている。

 だから、おまえは食えねぇだろうが。


 そんなやり取りを挟みながら進み続け、十五時を過ぎた頃だった。

 盆地の先へ、ジュネイソンの廃墟が姿を現した。


「ここからは別行動だな」


 馬車を降り、アルバンと共に廃墟を見渡す。


 崩れ落ちた建物。辛うじて形を残した家屋。規模としては五千から八千人ほどの街だったのだろう。

 魔獣に襲われた痕跡は色濃い。森に近い建物ほど破壊が激しく、中心部へ近付くほど原型を留めている。

 その中で、一際目を引いたのが尖塔を備えた巨大な寺院だった。


「あそこが連中の根城です」


 アルバンが低く告げる。

 これほど大きな寺院は珍しい。礼拝文化が根付いた土地だったのかもしれない。


「ジョフロワとマリーが心配だな……本音を言えば、今すぐ踏み込みたいところだけどな」


 とはいえ、こういう状況では夜襲が定石だ。


 同時に、シルヴィさんとレオンのことも気掛かりだった。

 俺たちが遠回りしている間に、ふたりが先行していてもおかしくない。むしろ、あのレオンなら一直線に敵へ突っ込んでいても不思議じゃない。


 だが、もし事情を知らないまま踏み込み、ニコラやカロルまで斬ってしまったら。それが怖い。


 レオンなら迷わずやる。敵なら斬る。ただ、それだけだ。


 だからこそ厄介だった。俺たちより先に接触していた場合、取り返しのつかないことになるかもしれない。


 胸ポケットに手を入れ、魔導通話石を確かめる。

 うまく連絡がつくといいのだが。


「夜まで待つのは妥当だと思いますが、Gは用心深い男です。モーリスが戻れば、次の手を打つと思います」


「次の手?」


「いつでも踏み込めるよう備えるべきです。ここは水源が豊富で木々も多い。森沿いから侵入すれば、かなり接近できます」


 アルバンが指差した先には、街中へ続く大きな用水路が見えていた。


「用水路沿いに並木道があります。最悪、水路を泳いで侵入する手もあります」


「泳ぐって、この装備だぞ。俺は魔力障壁(プロテクト)があるからなんとかなるけど、おまえは軽量鎧(ライト・アーマー)だろ。溺れるぞ」


「最悪、と言ったじゃありませんか。そうなれば鎧を捨てるだけです」


 それだけの覚悟か。水路潜入は最後の手段にしたい。


「話はまとまったか?」


 御者台からモーリスが声を掛けてくる。


「後は、お互いうまくやれるよう祈るだけだな」


「モーリスも気を付けて」


「リーズを助けて、三人で街へ帰るんだろ。絶対にあきらめるなよ」


「わかってる。絶対にやり遂げる」


 知り合ったばかりのふたりだ。

 それでも、こんな顔を見せられると、絶対に死なせたくないと思ってしまう。


 また、人を斬らなければならない。

 折れかけた心を支えているのは、解放を願うふたりの真っ直ぐな眼差しだった。

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