↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/387

05 踏み越える一線


 アルバンは、こちらの胸の内を見透かすように、鋭い視線を向け続けてくる。


 俺にとって大切なものは何だ。

 そのためなら、すべてを投げ打ち、悪魔にだってなれる物とは。


 胸の奥が軋む。古傷を抉られるように、鈍い痛みが広がっていく。


 甘い。そうなのかもしれない。

 思い返せば、ドミニクたちとの戦いもそうだ。情けをかけた結果、取り逃がし、報復という新たな危険を生んでしまった。寺院での戦いだって同じだ。あの時、魔導師たちを完全に制圧していれば、大司教が攫われることもなかった。


 結局、俺の覚悟が足りないだけだ。


 人を斬りたくない。そんな綺麗事で、目を逸らしているだけなんじゃないのか。


 人と魔獣。その差は、どこにある。


 きっと、レオンなら迷わない。


 邪魔なら斬る。必要なら殺す。ただそれだけだ。

 理由も、迷いも、後悔も挟まない。


 あいつなら、ここで立ち止まらない。


「悪かった」


 小さく呟く。


「ここからは、俺も本気だ」


 視線を上げた、その時だった。


「おまえ、左腕……」


 アルバンの二の腕が裂け、指先から血が滴り落ちている。


「あ、これですか。さっきの短剣を避け損ねてしまって」


 言い終える前に、体が大きく揺れ、膝を突いた。


 恐らく、あの短剣にも毒が仕込まれていたのだろう。

 ナルシスを動けなくしたものと同種なら、浅い傷でも危険だ。


「悪い。俺が払い落としていれば……」


「碧色さんのせいじゃありませんよ」


 息を荒げながらも、アルバンは言い切った。


「弓使いが解毒薬を持っているはずです……遺体を探ってみます……とは言っても、しばらく動けそうにありません……モーリスを助けてやってください」


「わかった。任せろ」


 迷いはなかった。

 踵を返し、宿舎の方へ駆け出す。


 走りながら、フェリクスさんの顔が頭を過ぎった。


“所詮、人なんて自分勝手な生き物だ。剣を持った相手と対峙すりゃ、よくわかるさ”


 あれは、一緒に酒を飲んだ時だったか。


“誰だって自分が正しいと思い、自分が思う正義のために戦う……勝者こそが正義。負ければ悪。単純明快さ”


 その言葉は、確かに印象的だった。


“誰だって死にたくないし、正義のために全身全霊を掛けて戦うよな。その時にはもう、命を捨てる覚悟で臨んでる。おまえさんみたいに、命を取るなんてできないよ。なぁんて言ってるようじゃ、まだまだヒヨッ子だ”


 思い出しただけで腹が立ってくる。


“相手を圧倒して、二度と刃向かえないほどの恐怖を植え付ける。それほどの力でも持たない限り、そんな甘い考えは捨てちまえ”


 あの時はわからなかった。その言葉が持つ本当の意味を。

 けれど今ならわかる。これからは、ここからは、そんな綺麗事だけでは前へ進めない。

 あいつともう一度、肩を並べて歩いていくためにも。


 視界の先に、闇の中へ浮かぶ宿舎の影が見えてきた。

 明かりは夜行性の魔獣をおびき寄せてしまう。宿舎には窓がなく、中で魔力灯を灯して過ごすのが通例。場所も高台に建てられる場合がほとんどだ。


「がうっ!」


 俺より先に、ラグがふたりを見付けてくれた。

 即座に、木陰に身を潜める。


 ふたりは遠巻きに施設の周りを伺っていた。まだやり合ってはいない。

 スリングショットを構え、(いかづち)の魔法石をつがえる。強力な大型だ。


 後は、モーリスがいつ仕掛けるかだ。


「碧色どころか、アルバンもいやしねえ。嘘じゃねぇだろうな? ぶっ飛ばすぞ」


 戦士の声には苛立ちが滲んでいる。


「本当にいたんですよ。アルバンの奴が追っていったのかも」


「かもじゃねぇ。確かな知らせを持って来い」


 怒りのやり場を失い、戦士がモーリスの頭を叩く。

 仕掛けるならここだ。


「おい!」


 声と同時に飛び出す。これが始まりの合図だ。


 戦士が振り向く。そのわずかな遅れに、モーリスが踏み込んだ。

 あいつに持たせたのは、氷の魔法を封じた魔法石だ。それを戦士の顔に叩きつける。


 砕けた魔法石から冷気が広がり、男の頭部を凍り漬けにした。

 窒息は難しいが、二十秒は凍結を持続できる。


「地獄に墜ちろ!」


 俺の放った(いかづち)の魔法石が、男の腹部へ炸裂した。

 顔を凍結させたのは、叫び声を封じる狙いもあった。


 男の体を幾筋もの紫電が蛇のようにのたうち回り、天を仰いで痙攣している。

 並の魔獣なら倒せるだろうが、こいつはそうもいかないだろう。


 よろめきながらも倒れない。それどころか、激しく暴れだした。

 暴れた腕が、モーリスを吹き飛ばした。


「ちっ」


 舌打ちが漏れ、即座に竜骨剣(りゅうこつけん)を抜いた。

 電撃で痺れてもおかしくない。ここまで動けるとは予想外だ。


 もう迷わない。


 正面から踏み込む。

 振り下ろされる戦斧(バトルアクス)を、横へ飛んで回避する。

 戦斧の刃先が、勢いよく大地へ食い込んだ。


 がら空きになった、敵の首筋へ狙いを定める。


「うらあっ!」


 踏み込み、横薙ぎの斬撃を繰り出す。

 しかし、引き上げられた戦斧によって弾かれた。甲高い金属音が鳴り響く。


 体勢が乱れ、慌てて後退する。

 剣同士ならいざ知らず、斧には力負けだ。


 体勢を立て直している間に、氷結が解けてしまった。


「やってくれたな……」


 男は怒りを滲ませている。斧を振り上げ、間合いへ踏み込んで来た。

 胸元を狙った横薙ぎの一撃。

 咄嗟に地面へ伏せ、それをやり過ごす。


「ふっ!」


 腕立てをするように、両腕の反動で素早く飛び起きた。

 攻撃を振り切り、相手の半身はがら空きになっている。


 敵の背後へ回り込み、左手に握っていた砂を顔に投げ付けた。

 地面へ伏せた際、慌てて掴み取った奥の手だ。


「くそっ!」


 右腕一本で振るわれた戦斧は大きく空振った。

 敵の背後からその様を一瞥し、素早く魔剣を身構えた。


 喉が鳴り、手には汗が滲む。鼓動がうるさい。

 それでも足は止まらない。


「覚悟!」


 取り乱した男に聞こえていたかはわからない。だがそれは、自分自身への言葉かもしれない。


 相手の背を狙い、思い切り大地を蹴り付けた。

 刃が肉を割き、わずかに押し戻されるような抵抗が腕を伝う。


 しかし驚くほど滑らかに、純白の刃は男の体内へ沈み込む。

 刃自身が血を求め、相手の中へ潜り込もうとしているかのように。


 男の足下から、魔力障壁(プロテクト)が失われた警告音が鳴る。

 刃を抜くと血が吹き出し、地面を赤く染めていく。


 これが現実だ。相手の命を奪うという行為。

 体へ吹き掛かってきた男の血は魔力障壁(プロテクト)に遮られ、瞬間的に蒸発していく。


 だが次の瞬間、戦士は目を見開きながら振り返り、恐ろしい形相で睨んできた。


「碧……しょくぅ……殺す!」


 獣のように歯を剥き、戦斧を振り上げてくる。

 向けられた殺意に、恐怖が走る。


「うわあぁぁっ!」


 反射的に振るった剣が、右手首を斬り飛ばした。


「だりゃあぁっ!」


 戦斧が落ちると同時に、モーリスが踏み込んだ。

 刃が喉へ食い込み、致命傷となった。


 それはほんの数秒だったのか、それとも数分だったのか。

 俺とモーリスは抜け殻のように無言で立ち尽くしていた。


 ただ、血の匂いだけが残っている。


「ははっ……やった! やってやったぞ!」


 モーリスが笑い出し、遺体の顔を踏み付けた。


「散々、コケにしやがって。思い知ったかよ! おい!」


 その様を目にして、不快感がこみ上げた。


「やめておけ」


 思わず声が出る。


「死んだ後まで罵倒するなんて、気持ちのいいもんじゃねぇ」


 モーリスが顔を歪める。

 だが、それ以上は言わなかった。黙って剣を収める。


 胸の奥に残るのは、達成感じゃない。

 ただ、重さだけだ。


 それでも、これが俺の選んだ道だ。


 そうしてふたりで、遺体を担ぎ上げた。


 アルバンの待つ場所へ向かうために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。