13 譲れぬ想い
セリーヌの澄んだ瞳に、言葉を失った俺の顔が映っている。
「私もマリーさんを助けたい気持ちはあります。ですが、故郷へ戻ることも急を要するのです。本来であれば、リュシアンさんの呪いを解くことよりも優先すべきでした」
「セリーヌ様の仰る通りです。我々は、すでに多くの時間を失っています」
老剣士の言葉に、セリーヌが鋭い視線を向けた。
「コーム、言い過ぎです。私の命を救って頂いた御恩を忘れてはなりません」
「失礼しました。出過ぎたマネを」
頭を下げるコームを見ながら、拭えない違和感が残る。
「セリーヌが故郷へ帰らなきゃならないのはわかった。でも、それは故郷の同胞に対する思いであり、神器を失った罪悪感でもあると思うんだ。俺が気にしてるのは、君の本心が見えないってことだ」
「本心……ですか?」
戸惑いと不安が入り混じった表情。そんな顔のまま送り出せるはずがない。
「君はどうしたいんだ。ここに残りたいと、俺たちと旅を続けたいっていう気持ちは、これっぽっちもないのかよ?」
「それは……」
視線を落とし、やがて小さく微笑む。
「ヴァルネットで過ごした日々は……とても大切な時間でした。ひとりで旅をしていた私にとって、あれは夢のような日々で……」
言葉が一度途切れる。
「ですが、現実へ引き戻されるのです。災厄の魔獣のことを思い出すたびに。あれだけは、どうしても止めなければなりません」
「俺たちも手伝う。ここには腕の立つ連中が揃ってる。もっと頼ってくれよ」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで充分です」
深く頭を下げる姿に、どうしようもない距離を感じた。
結局、俺は部外者だったというわけか。竜の力なんて物を勝手に与えられた挙げ句、その真相も理由もわからないまま、置き去りにされるだけの存在でしかないのか。
「だったら、俺の力は何のためにあるんだ。どうして俺に、この力を授けた?」
「きゅうぅん……」
左肩の上で、ラグが情けない声を上げる。
「何のためだ。あの竜は何を望んだ。俺に何をさせたいんだ」
「リュシアンさん……」
悔しさに拳を固く握る。噛み締めた奥歯が、悲鳴を上げるように軋む。
そこへ、足音が近付いてきた。
「待ちたまえ、君たちっ!」
つま先へ重みと痛みが加わった。
「おまえ……」
「美しい姫君が困っているではないか。話のすべては聞き取れなかったが、お城へ帰らなければならない、ということかな? だがそれを見過ごすことはできない。そういうことで良いんだな、リュシアン・バティスト」
「まぁ、そんなところだ」
ナルシスは息を整え、静かに剣を抜いた。
「ならば実力行使だ。ここを通るなら、我々を倒してからにしてもらおう」
抜き放たれた細身剣の切っ先が、コームに向く。
「己の主張が通らぬことを不服に、力を振りかざすなど野蛮な愚行。剣士の資格はない」
吐き捨てるように言い放つコームに、ナルシスが大きく踏み出した。
「何とでも言うがいい! ここで見過ごす方が、よほど愚かというものだ」
「ならば斬るまでだ。所詮は『外の者』。野蛮な血脈は変わらぬらしい」
コームの手が柄にかかる。その目には、情けなど微塵も見えない気迫が漂う。
「やめろ」
ナルシスが気持ちを代弁してくれたお陰で、俺は随分と冷静になっていた。
それを切っ掛けに、状況を客観的に捉えることができた。
「こんなところでやり合うな。コームさんから見れば、ただの言い掛かりだ」
すると、ナルシスから鋭く睨まれた。
「どちらの味方なんだ!?」
「仕方ねぇことなんだろ」
ナルシスと自身へ言い聞かせ、視線はセリーヌを追っていた。
申し訳なさそうにしながらも、決心が揺らぐことはないのだろう。
「永遠に会えなくなるわけじゃないだろ? 長老に謝罪を済ませたら戻って来いよ。いつでも大歓迎だ。全員の力を合わせれば、災厄の魔獣とやらも絶対に倒せる」
「勝手なことを言って申し訳ありません。許してください」
消え入りそうな声が切ない。
セリーヌに近付くと、彼女は加護の腕輪を引き抜いた。
「ギルドへ返却をお願いいたします。この宝石を換金し、解約料に充ててください。宿にある荷物も処分を願います」
「冒険者も辞めるつもりなのか?」
「はい。中途半端なままでは、自分を許せません」
「そうか……」
腕輪と宝石を受け取り、腰の革袋へ収めた。淡々と行いながらも、セリーヌを本当に行かせてしまっていいのかという激しい葛藤と、暴れ出してしまいそうな衝動に心が揺れる。
セリーヌにも本来の目的がある。俺に邪魔をする権利はない。彼女を応援してやるのが大人の対応というものだろう。
顔を上げると、彼女は柔らかく微笑んでいた。俺の好きな、包み込まれるような優しさに満ちた笑顔だ。
「短い間でしたが、大変お世話になりました」
深々と頭を下げるその姿を、見ていることしかできない。
「僕は絶対に認めないぞ!」
ナルシスが叫ぶ。
「リュシアン=バティスト。君が黙って見送るというのなら勝手にすればいい。僕は姫に付いていく」
「ナルシスさん、どうかわかってください」
セリーヌは困り果てているが、本音を言えるナルシスが羨ましくもある。
ナルシスはいつでも自分に正直だ。セリーヌに対して正面から全力でぶつかっている。
それに比べて俺はどうだ。
「だあぁっ!」
やり場のない怒りを吐き出すように大きく吠えた。
驚いたラグが、逃げるように上空へ羽ばたいてゆく。
「いいか、俺が理想としてる冒険者ってのは、もっと洗練されて理知的なんだ! でもな、今の俺はそんなもん到底認めねぇ。到底受け入れられねぇ!」
唖然とするセリーヌの顔を見据える。
「理屈なんてどうでもいい。俺は自分に嘘をつきたくねぇ」
手を伸ばし、その体を抱き寄せた。
「おい、なにを!?」
ナルシスなど完全に無視して、セリーヌの存在を、温もりを全身で確かめた。
柔らかい花のような香りが鼻孔を通して全身へ伝い、胸の中と心の隅々までを満たしてゆく。
「ずっと側にいてくれって言っただろ……俺の気持ちは、これからも変わらない……」
「ですが……」
俺の胸を両手で押し退け、後ずさるセリーヌ。戸惑いを浮かべた顔は今にも泣き出しそうだ。
しかし、拒まれようとも引けない。
感情が溢れ出し、それを押し留める術など今の俺にはなかった。
思い描いた場所を手に入れるため、竜骨魔剣の柄へ手を掛ける。数歩先に立つ、老剣士を睨む。
「悪いな……前言撤回だ。やっぱり、行かせるわけにはいかねぇ」
静かに告げる。
「勝負だ。俺が勝ったら、故郷の場所を教えろ。負ければ潔くあきらめる」
「リュシアン=バティスト。場所を教えろ、とはどういう意味だい?」
不思議そうな顔をするナルシス。
「俺は既にお尋ね者だろうが。迷惑がかかるから一緒には行けない……おまえの他に誰かを同行させる。俺はマリーを助けて、無実を証明してからすぐに追う」
「リュシアンさん……」
呆気に取られるセリーヌを無視して、一歩を踏み出す。
俺にはもう、コームしか見えない。こいつさえ現れなければ、セリーヌは故郷へ帰るという考えを改めたかもしれない。
老剣士は呆れ顔で溜め息をこぼし、首を振っている。
「望み通り、現実を教えてやろう」
外套を脱ぎ捨て、冷たい視線を向けてくる。
「リュシアン・バティスト、君も顔色が優れないようだ。僕が力を貸そう」
踏み出してくるナルシスを睨んだ。
「これは俺の戦いだ。邪魔するんじゃねぇ」
自力でこの局面を乗り越えてみせる。竜臨活性を使ったばかりで体も疲弊しているが、そんなことは言い訳にしかならない。
「大事な物は、自分の手で守るんだ……」
「なんなのあなたたち。男って本当に単純ね」
背後から、シルヴィさんが歩み出してきた。
水袋を手に、からかうような視線を向けて口元を拭う。
「止めてもムダですよ」
「そんなんじゃないわよ。あたしが勝負に立ち会ってあげるから、好きにやりなさい」
「ありがとうございます」
息を吐き、コームの姿を視界へ捕らえた。
俺はこの手で、望む未来を掴み取る。





