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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.04 霊峰アンターニュ編

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12 追撃の果てに、突き付けられた決断


 シルヴィさんに経緯を手短に伝え、麓へ向けて馬を走らせた。

 途中、凄まじい勢いで駆け下りてきた馬車とすれ違ったという。おそらく、マリーを乗せていたのだろう。


 視界に入ってきたのは、大司教の屋敷。赤茶色のレンガ造りで、重厚な佇まいを見せている。私邸でありながら、第二診療所としても機能している場所だ。


「がうぅっ!」


 左肩に乗っていたラグが吠えた。


「ちょっと待って!」


 同時に、シルヴィさんの馬が進路を変える。


 視線を追えば、理由はすぐにわかった。


 開け放たれた鉄門。その脇に、小柄な人影が座り込んでいる。


「アンナ!?」


「何かあったのでしょうか?」


 不安げにつぶやくセリーヌの声を背中に受けながら、馬を寄せる。


 アンナはシルヴィさんに気付き、力なく笑った。右太ももが切り裂かれ、ショートパンツが赤く染まっている。


「アンナ。何があったんだ?」


 ただ事じゃない。

 セリーヌがすぐに駆け寄り、魔法を展開する。


「命癒創造(ラクレア・グラッセ)!」


 青白い光が傷口を包む。


「暖かい……これはエド君のより効くね。あ、エド君だったら絶対にお金取るよね。五百ブランとか」


「軽口が叩けるなら大丈夫か。何があった?」


 アンナは苦笑した。


「ごめん。油断しちゃった」


 馬車を追っていた途中、この屋敷で停車しているのを見つけたという。


「寺院にいた魔導師と同じ感じのがふたり。ひとりは……大司教を背負ってた」


「大司教は寺院にいるはずだぞ」


 一瞬、思考が止まる。


「リュシー。冷静に考えてみなさい。麓から寺院の移動なんて大変なことよ。きっと、屋敷と寺院を結ぶ移動手段があるのよ」


「地下か、転移か……」


 舌打ちが漏れる。

 祭壇から逃げた連中の中に、連れ出す役がいたのか。


「それで、気を取られてたら……別の奴にやられちゃった」


 太ももの傷を指す。


「フードの男が言ってた。ジュネイソンの廃墟で待つって」


「ジュネイソン……マリーが住んでた街か」


 大司教とマリーを攫った狙いが読めない。


「敵さんも甘ちゃんねぇ」


 シルヴィさんが不敵な笑みを見せた。


「麓からは、レオンとエドモンがきてるわ。切り抜けられるはずがないじゃない」


※ ※ ※


 シルヴィの馬にアンナを乗せ、並走しながらセリーヌが治療を続ける。

 そのまま麓へ戻り、山道の入口でレオンとエドモンに合流した。


「逃げられたのか」


「予想外だった」


 レオンが舌打ちし、剣を木に突き立てる。


「なんだ……そんなもんか」


 思わず口を突いて出る。


「何だと?」


 鋭い視線が返ってきた。


「大したことねぇな。おまえがいれば止まると思ってたんだ」


 肩をすくめると、空気が張り詰めた。


「もう一度言ってみろ」


 低い声。その手前で、レオンが吐き捨てる。


「無理だったんだ。俺でも止められなかった」


 一瞬、間が落ちる。


「あんたでも同じだ」


 視線がぶつかる。


「かもな」


 笑って軽く受け流し、そのまま視線を外す。


「なら、次は止めるだけだろ」


「馬車を待ち構えてたんスけどね……後ろから別の馬車が来て、ぐっちゃぐちゃにかき乱されたんスよ」


 エドモンは場を和ませようと、おどけた仕草で声を張る。


「別動隊までいたってことか」


「二台とも逃がしたっス……」


「情けないわね」


「シル姉(ねえ)、仕方ないって。アンナもやられちゃったんだし、あんまり責めないであげて」


 傷の癒えたアンナが、渋い顔を見せた。


「仕方ねぇ、さっさと切り替えよう。相手はご丁寧に行き先を教えてくれたんだ」


 受付小屋で馬を返すと、周囲は騒然としていた。

 魔獣の影、逃げてきた馬車。噂が一気に広がっている。


「大変だ!」


 青ざめた助祭が駆け込んできた。


「大司教様が連れ去られた! 犯人はリュシアン・バティストと名乗った。衛兵の手配を!」


 その言葉に、空気が凍る。


「は?」


 思考が止まる。


「リュシアンさん。これはまさか……」


 セリーヌも、呆気に取られた顔だ。


「嵌められたね」


 アンナが低く言う。


「罠っスよ、完全に」


 エドモンの言葉に舌打ちすると、レオンが睨むように見てきた。


「動くなら今だ。衛兵が来る前に街を出る」


 迷っている時間はない。


 俺たちは街の出口へ走った。


「がう、がうっ!」


 ラグが吠える。

 前方に、白馬に跨る男が見えた。


「追い付いたぞ、リュシアン・バティスト!」


「俺の名前を叫ぶんじゃねぇ!」


 全力で投げた革袋が、ナルシスの顔面を直撃した。


※ ※ ※


「追われていたのならそう言いたまえ。僕は迷わず姫を乗せ、街を離れただろうに」


 額を押さえながらナルシスがぼやく。


「ナルシスの旦那。そんなに痛むなら、癒やしの魔法いかがっスか? 一発、五百ブランっス」


「君は仲間へ金銭を要求するのかい?」


「対価っスよ」


「ナルシスだから三倍で請求してやれ」


「君は何てことを言うんだ」


 逃走中に見えない騒々しさだが、セリーヌの様子が気になった。

 表情が沈んでいる。嫌な予感がよぎる。


「リュシアンさん。少々、よろしいですか」


 街道を離れ、森へ入る。やがて開けた場所に出た。


「どういうことだ?」


 そこには、コームという名の老剣士が待ち受けていた。


「三人だけでお話をさせて頂きたいのですが」


 セリーヌの声に従い、仲間から離れる。

 向かい合った途端、空気が変わった。


「呪いの治療は終わりました。御恩は、これでお返しできたと思います」


「どういう意味だよ」


 嫌な予感が、確信に変わる。


「私(わたくし)は故郷へ戻ります。神器を失った以上、長老への報告と謝罪が必要です。ここでコームに会えたのは良い機会だと思うのです」


「急すぎるだろ」


 突然のことに、頭の中は真っ白だった。


「リュシアンさんには、余計なことを知られ過ぎました。島の者以外に公言してはならない掟なのです」


 掟という言葉が重く落ちる。


「罰を受けなければなりません」


「待てよ。そんなこと勝手に決めるなよ」


 声が震える。


 宿で告白した夜も、セリーヌは気持ちを明言しなかった。あの時にはもう、気持ちを決めていたのかもしれない。

 心が通じたと勝手に舞い上がり、彼女の機微に気付けなかった。

 ひとり芝居どころか、愚か者だ。


「だったら俺も連れて行ってくれ。長老と話をつける。それに交換条件はどうするんだ。最初から、守るつもりもなかってことなのか?」


「それは……」


 言葉が途切れる。代わりに、コームが口を開いた。


「身の程を知れ」


 鋭い声が突き刺さる。


「本来なら命を奪うべきところだ。だがセリーヌ様は、御主を生かすと決められた。感謝し、すべてを忘れて生きろ」


「ふざけるな」


 怒りがこみ上げる。


「引き下がれるかよ。全部教えて貰う約束をした。何でも与えるって約束した。それすらもなかったことにするつもりか?」


「リュシアンさん」


 セリーヌは強い意志を秘めた目で、真っ直ぐに見てくる。


「あなたには、お兄様を探すという大事な目的があります……」


 声が震え、言葉に詰まった。


「そして、マリーさんの救出を託せるのも、あなたしかおりません」


 その瞳に浮かぶ涙。


 それ以上、言葉が出なかった。

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