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12 敵にまんまと嵌められた


 シルヴィさんへ経緯を手短に話し、麓へ馬を走らせた。ここへ来る途中、物凄い勢いで駆け下りてくる馬車とすれ違ったという話だが、恐らくマリーを乗せていたのだろう。


 そうして山道の中腹まで降りてきた時だった。徐々に視界へ迫ってきたのは、大司教が所有する大きな屋敷。

 赤茶色のレンガ造りで、えも言われぬ重厚感を醸し出すその建物。メラニーさんの言う通りなら、大司教の私邸としてだけでなく、第二診療所としても機能しているはず。


「がうぅっ!」


 突然、左肩に乗っていたラグが吠えた。


「ちょっと待って!」


 それと合わせたように、併走していたシルヴィさんの馬が屋敷へ方向転換する。


「どうしたんですか?」


 慌てて馬を止め、シルヴィさんを目で追うと理由はすぐにわかった。

 屋敷の入口には、馬車が余裕ですれ違えるほどの大きな鉄門。それが大きく開け放たれ、側には座り込む小柄な人影。


「アンナ!?」


「何かあったのでしょうか?」


 不安げにつぶやくセリーヌの声を背中に受けながら、馬でゆっくりと近付く。


 座り込んでいたアンナは、シルヴィさんに気付き力なく笑う。見れば右太ももを切り裂かれ、ショート・パンツが赤く染まっている。


「アンナ。何があったんだ?」


 こいつがここまでの傷を受けるとは。馬車を追う途中、魔獣にでも遭遇したのだろうか。

 馬から降りたセリーヌが駆け寄り、癒やしの魔法を展開した。


命癒創造ラクレア・グラッセ!」


 アンナは傷口を包む青白い光に微笑んだ。


「暖かい……これはエド君のより効くね。あ、エド君だったら絶対にお金取られるよね? 癒やしの魔法一回で、五百ブランだよね」


「軽口が叩けるなら大丈夫か。何があった?」


 すると、バツの悪い笑みを浮かべた。


「ごめん。完全に油断しちゃった」


 馬車を追って麓へ走っていた途中、ここに停車しているのを見付けたのだという。


「寺院の中で戦った魔導師と同じだと思うけど、屋敷からふたり出てきたの。それも、ひとりが大司教を負ぶって」


「大司教は寺院にいるはずだぞ」


 まさか、俺が追い詰めたのは偽者だったのか。


「リュシー。冷静に考えてみなさいって。麓から寺院の移動なんて大変なことよ。きっと、屋敷と寺院を結ぶ移動手段があるのよ」


「くそっ。そういうことか」


 シルヴィさんの言葉に舌打ちが漏れる。

 祭壇から逃げた数人の魔導師がいたはず。その中に、大司教を連れ出す役がいたのか。


 そして、大司教と魔導師たちに気を取られていたアンナは、接近していた敵の反応に遅れたらしい。相手の振るった剣の一閃に、太ももを切り裂かれたのだという。


「フードで顔を隠してたけど、その男が言ったの。ジュネイソンの廃墟で待つって」


「ジュネイソンって、マリーが住んでた街か」


 大司教とマリーを攫った目的が見えない。


「おやおや。敵さんも甘ちゃんねぇ」


 シルヴィさんが不敵な笑みを見せた。


「麓からは、レオンとエドモンが登ってきてるわ。切り抜けられるはずがないじゃない」


☆☆☆


 シルヴィさんの後ろへアンナを乗せ、併走しながら癒やしの魔法を掛けるという荒技。そのまま麓へ戻り、山道の入口近くで、レオンとエドモンの二人に合流したのだが。


「逃げられたのか?」


「追撃が来るとは予想外だった」


 大きく舌打ちしたレオンは、ソードブレイカーの刃を側の大木へ深々と突き立てた。


「降りてきた馬車を迎え撃つために、身構えてたっスよ。で、いよいよ攻撃って時に、後ろから別の馬車が駆け上がって来たっス」


 エドモンは、してやられたという顔で、ボサボサの髪を掻き毟っている。


「別動隊までいたってことか」


 相手はかなりの人数による計画のようだ。


「かき乱されている間に、二台とも取り逃がしたっス。面目ないっス……」


「あなたたちでもダメなんて、情けないわね」


「シル(ねえ)、仕方ないって。アンナもやられちゃったんだし、あんまり責めないであげて」


 傷の癒えたアンナは、自分が怒られているかのように渋い顔を見せた。


「仕方ねぇ、さっさと切り替えようぜ。相手はご丁寧に行き先を教えてくれたんだ」


 受付小屋へ立ち寄り助祭へ馬を返したのだが、頂きの寺院で何かが起こったということだけは、ここにも伝わっているらしい。


 グランエグルの影を見た患者たちは、寺院が襲われたようだと噂を立てた。駆け下りてきた二台の馬車が噂に現実味を持たせ、患者が逃げてきたと辺りは騒然としている。


「大変だ!」


 受付小屋へ駆け寄って来たのは、青ざめた顔をしたひとりの男性助祭だ。


「大司教様が馬車で連れ去られた! 犯人は、冒険者のリュシアン=バティストと名乗ったぞ。すぐに衛兵の手配を!」


 側で聞いていた俺は、思わず言葉を失った。


「リュシアンさん。これはまさか……」


「相手の狙いはコレだったんだね」


 セリーヌとアンナが口々につぶやく。


「これは旦那を嵌めるための罠っスよ」


 エドモンの言葉に舌打ちすると、レオンが睨むように見てきた。


「グズグズしていると、すぐに衛兵が来るよ。さっさと街を出た方がいいんじゃないかな」


 そして俺たちは街の出口へ急いだ。


「がう、がうっ!」


 突然、前方へ吠えるラグ。何事かと目を凝らせば、白馬に跨がる付きまとい剣士がいた。


「追い付いたぞ、リュシアン=バティスト!」


「俺の名前を叫ぶんじゃねぇ!」


 全力で放り投げた革袋が、ナルシスの顔面を直撃したのだった。


☆☆☆


「追われていたのならそう言いたまえ。僕は迷わず姫を乗せ、街を離れただろうに」


 びゅんびゅん丸に跨がりながら、額を擦り続けるナルシス。どうせなら、魔法石の入った袋を投げ付けてやるべきだった。


「ナルシスの旦那。そんなに痛むなら、癒やしの魔法いかがっスか? 一発、五百ブランっスよ。安いっスよね?」


「君は仲間へ金銭を要求するのかい? 君に頼むくらいなら、僕としてはぜひ、姫にお願いしたいのだが」


 ナルシスの目はセリーヌを追っているが、当の本人はなぜか浮かない顔だ。その声すら、全く届いていないように見える。


「世の中、金っスよ。それにオイラは魔法力を消費するっスよ。対価っス」


「エドモン。そいつには三倍の額を請求してやれ。別に、仲間じゃねぇし」


 とても逃走中に見えない騒々しさだが、セリーヌのことが気になっていた。あいつが暗い顔をする時は、大概、何か思い詰めている。神竜剣を賭けて戦った時も、直前のギルドで同じような顔をしていたことを思い出した。


「リュシアンさん。少々、よろしいですか?」


 日没が迫る街道へ逃れてすぐのこと。セリーヌの提案を受け、街道沿いに続く森の中を進み始めた俺たちだったのだが。


「どういうことだ?」


 セリーヌに続いて歩いているうちに、木々の少ない開けた場所へ出た。するとなぜかその先には、コームという名の剣士が待ち受けていた。


「リュシアンさん。三人だけでお話をさせて頂きたいのですが」


 セリーヌの言葉に従い、みんなをその場へ残して老剣士に近付いた。

 三人で円を作るように顔を付け合わせると、セリーヌは途端に神妙な顔付きへ変わった。


「リュシアンさんの呪いの治療は終わりました。先日に助けて頂いた御恩は、全てお返ししたつもりです」


「どういう意味だよ」


 思わず厳しい口調で問い詰めると、セリーヌは助けを乞うように老剣士を見た。


神器じんぎを失ったわたくしは、長老へ報告と謝罪の義務があるのです。どの道、リュシアンさんの腕が治り次第、故郷へ戻ろうと考えていたところです。ここでコームに会えたのは、丁度良い機会だと思うのです」


「故郷へ戻る? なんで急に……」


 突然のことに、頭の中は真っ白だった。


「それに、リュシアンさんには神器や災厄の魔獣など、余計なことを知られ過ぎました。島の者以外に公言してはならない掟なのです。私は罰を受けなければなりません」


「待てよ。そんなこと勝手に決めるなよ」


 声の震えを押さえるのが精一杯だった。


 思えば宿で告白した夜も、セリーヌは自分の気持ちを明言することはなかった。つまりその時にはもう、気持ちを決めていたのか。

 気持ちが通じたと勝手に舞い上がり、彼女の心の機微に気付かなかったというわけか。ひとり芝居どころか、とんだ愚か者だ。


「だったら俺も連れて行ってくれ。長老と話を付けてやる。それに交換条件はどうするつもりなんだ。端から、守るつもりもなかってことなのか?」


「それは……」


 口ごもり小さくなるセリーヌとは対照的に、細められたコームの鋭い眼光に威圧される。


「身の程をわきまえろ。不躾ながら、知りすぎた御主の命を奪うべきだと進言させて頂いた。だがセリーヌ様は、御主の力はこの国に必要だと仰る。寛大なお心に感謝し、見聞きした全てを忘れて心穏やかに暮らせ」


 命を助ける代わりに、一切公言するなということか。一方的に言いたい放題とは。


「ふざけるな! ここで引き下がれるか。セリーヌから、竜に関する詳細を教えて貰う約束をした。神器を失って何もないって言うこいつに、何でも与えると約束した。それすらもなかったことにするつもりか?」


「リュシアンさん」


 セリーヌは大きな目に強い意志を秘め、鋭い視線を向けてきた。


「あなたにはお兄様を探すという大事な目的があるはずです。それに、マリーさんの救出を託せるのもあなたしかいません」


 涙を浮かべたその目に見つめられては、何も言い返すことができない。

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