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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.04 霊峰アンターニュ編

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09 偽りと純真の狭間で


 欲望と金が支配する箱庭。そこに立っているだけで、胸の奥から苛立ちが込み上げてくる。


 その感情を振り払うように老紳士たちの後を追い、背を向けていた女助祭へわざと強くぶつかった。


「いてっ!」


 弾みで、懐から革袋が落ちる。


 助祭は顔をしかめて振り返り、不機嫌そうに眉をひそめた。


「なによ。まだいたの? あんたは向こうだって……」


「すみませんね。腰が痛くてしゃがめないんで、拾って頂けませんかぁ?」


 抑えた笑みのまま、足元を指し示す。


 革袋から半ば飛び出した紙幣の束。それを見た瞬間、助祭の表情が固まった。


「早く拾って頂けませんかぁ。すぐに治療して頂きたいんですけどねぇ。大司教様、じ、き、じ、き、に」


「はい。すみません」


 重そうな身体を折り、助祭がかがみ込む。


 その脂肪のいくらかは、患者から搾り取った金でできているんじゃないか


 そんな嫌な考えが頭をよぎり、怒りが限界を超えた。


 かがんだ頭を押さえ、耳元に顔を寄せる。


「人を外見で判断するとは最低だな。自分の姿を鏡で見てみろ。祭服を纏った金の亡者が」


 革袋を奪い取り、突き放す。


「そんなクズになるくらいなら、俺は庶民で十分だ。地獄に墜ちろ」


 額を軽く押すと、呆気なくひっくり返った。起き上がろうともがく姿を一瞥し、冷えた笑みを落とす。


 そのまま受付小屋へ進むと、中には二十代ほどの若い女助祭がいた。


「おはようございます。本日はどのような症状でしょうか」


「呪いを解いて欲しい。大司教様の奇跡の力とやらがあれば、余裕なんだろ?」


「え、ええ……もちろんです」


 気圧されたように、助祭がわずかに身を引く。

 大きく息を吐き、紙幣の束をカウンターへ叩き付けてやった。


「これで足りるだろ。さっきのエミリアンとかいう男より、優先で頼む」


※ ※ ※


 馬車に揺られること二時間。

 霊峰の頂に、寺院は荘厳な姿でそびえ立っていた。


 幾人かの順番を経て、ようやく案内されたのは薄暗い広間だった。床には大きな魔法陣が描かれている。


「どうぞ魔法陣の中心へ。正面の祭壇に向かって膝をつき、祈りを捧げてください」


 助祭の指示に従い、セリーヌとともに歩み出る。


 アルシェ夫妻とは入口で別れ、身を隠してもらった。顔を知られている可能性を考えれば、それが最善だ。


 視線を上げると、奥には巨大な祭壇。そのさらに背後には、翼を広げ祈る金色の女神像がそびえていた。

 慈愛の女神ラフィーヌ。大陸でも広く信仰される存在だ。ヴァルネットの大聖堂にも同じ物がある。


 セリーヌが静かに祈りを捧げる。

 それに倣い膝をついた時、祭壇の奥からひとりの老人が姿を現した。


 厳《おごそ》かな雰囲気を纏った七十歳程の老人だ。白髪に長い髭。頭頂にはミトラ。豪奢な祭服を纏うその姿は、他の司祭とは明らかに格が違う。この男こそ、大司教ジョフロワに違いない。


 簡単な挨拶の後、長い祈りが続いた。

 やがて、彼が強く息を吐き、声を張り上げる。すると、魔法陣が淡く輝き始めた。


「これは……」


 光は足元から広がり、全身を包み込む。温かな感覚が内側から満ちていき、身体の芯がほどけていくようだった。右腕に残っていた違和感も、ゆっくりと消えていく。


 癒やしの魔法に近いが、それ以上の強さがある。


 数分後、光は静かに収束した。

 大司教は額の汗を拭い、ゆっくりと息を整える。


「手当ては滞りなく終わりました。いかがですかな」


「ええ。お陰様で、もうすっかり」


 礼を述べ、こちらを見ているセリーヌにも頷き返した。


 奇跡の力は正真正銘の本物だった。右手の甲に浮かぶ紋章が、淡く碧に光っている。


「がうぅっ!」


 左肩に、久しぶりにラグが戻る。無邪気な声に、思わず息が緩んだ。


「では、私はこれで。次の患者を診る前に、休憩を……」


「大司教様、少しお時間を」


 駆け出した俺を止めようと、祭壇の脇に控えていた助祭たちが飛び出してきた。


「勝手に入られては困ります」


 制止に入った助祭を、足払いで転ばせる。もうひとりの腹へ肘を叩き込み、進路をこじ開けた。


「どういうつもりだ」


 後ずさる大司教を追い、壇上へ駆け上がる。


「また侵入者か。今日はふたりだけで来たというわけか。あきらめの悪い奴等め」


 その言葉に、足が止まる。


「侵入者? 俺は違う。そこに隠してる女性……マリーを助けに来ただけだ」


「奴等の仲間ではないというのか。だが、この子の存在を知る以上、ただ者ではないということか」


 困惑と狼狽を浮かべた老人は祭壇の中を覗き、少女を引きずり出した。

 間違いない。あの映写で見た少女だ。


「金に狂った挙げ句、奇跡の真似事かよ」


 一歩ずつ詰め寄る。

 マリーを庇うように、大司教が後ずさる。

 当のマリーは、何が起こっているのかわからないという唖然とした顔だ。


「彼女を利用した神様ごっこ。楽しかったか?」


 地を蹴り、一気に距離を詰める。

 胸ぐらを掴んで、引き寄せた。


「待て。話を聞きなさい」


 ミトラが落ち、重い音を立てて転がる。


「答えろ、ジョフロワ。てめぇの命はいくらで買えるんだ!?」


 怒りを抑えきれない。


 そのまま視線をマリーに向ける。


「マリー。行こう。ここを出て街へ戻るんだ」


「待って!」


 鋭い声が返る。


「どういうこと? 大司教様へ乱暴を働くような人を信用できません!」


 見た目通りの可愛らしい声だが、俺を見る目付きは鋭い。予想外の反応だ。


「君は騙されてるんだ。両親に頼まれて、俺たちは……」


「騙された? 私が?」


「騙されているのは、君ではないのかね」


 いぶかしげな顔をするマリー。横から、大司教の声が重なる。


「彼女は自分の意思でここにいる。そうだろう?」


「はい」


 迷いのない肯定。言葉を失う。


「大司教様は、私の恩人です」


 マリーの声は、はっきりとしていた。


「生きる力と希望をなくした私に、道を示してくれた偉大な方です」


「この男が恩人?」


 思わず声が荒くなる。


「君を隠して、その力を利用して……」


「違います」


 静かに、しかし強く否定された。


「これは私が望んだことです」


 祭壇へ視線を向けながら、言葉を続ける。


「大司教様は私を聖女と謳い、人々の救済を行おうとしてくれた。でも、私は人見知りだし、聖女なんてガラじゃないし。こんな子供じゃバカにされるだろうし……」


 自信を失ったように、徐々に声が萎んでいく。


「私が裏方に回って大司教様の力だと言った方が、効果があると思ったの」


「で、祭壇に隠れたまま、ふたりで治療を?」


「はい」


 小さく頷く。


「お金なんてどうでもいいんです。助けた人たちが笑ってくれる。それが、私の報酬です」


 その笑顔には、濁りがなかった。


「マリー。君には、叶えたい夢はないのか?」


「え?」


「夢は何だって聞いてるんだ」


「私は……この力で、多くの人を苦しみから救いたいの。私のように、悲しい想いを抱える人を減らしたい」


 まっすぐな答えだった。


「立派な夢だな。でも、この祭壇に隠れたままで、その夢は叶うのか?」


「ここに救いを求めて来る方たちを助けることはできるわ」


「それ以外の人たちはどうなる? 君が見ているのはほんの一握りの世界だ。自分の目で世界を見ろ。その手で世界に触れろ。その足で世界を渡り歩くんだ。君には自由に生きる権利がある」


 マリーの瞳が揺れる。


「自由……」


「大司教の言う通りに生きて、夢を夢のまま終わらせるのか?」


 大司教を睨むと、負けじと睨み返された。


「私にも背に腹は代えられない事情がある。侮辱するのも大概にしたまえ」


「とりあえず、外へ出る」


 胸ぐらを掴んだまま言い放つ。


「アルシェ夫妻に、きっちり謝罪してもらうからな」


「謝罪か」


 老人は静かに笑った。


「それが必要になるのは、君の方かもしれないな」


 手を離すと、衣を整えながら距離を取る。


「大司教様、私はどうしたら?」


「一緒に来なさい。そうでないと、彼は納得してくれなそうにない」


「わかりました」


 こちらを見る目には、はっきりとした警戒が宿っている。


 その視線が、やけに重く感じられた。

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