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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.04 霊峰アンターニュ編

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08 金と奇跡の分岐点


 メラニーさんは周囲の気配を確かめるように視線を巡らせ、そっと口元に手を添えた。


「各々が支払える金額に応じて、治療所が三カ所に分かれているんですよ」


「三カ所って?」


 問い返すと、彼女は山の中腹へ目を向ける。


「大司教様の寺院は霊峰(れいほう)の頂にあります。登山するか、門の先で馬車を拾うしかありません。その馬車代も含めて、治療にはかなりの費用がかかるそうです」


 言葉を継ぎながら、さらに続ける。


「症状が軽い方は中腹にある大司教様の館か、門のすぐ先にある簡易診療所へ回されます。結局のところ……最後はお金です。大司教様の癒やしを受けられるのは、一握りだけなんですよ」


「でも、皆さんは奇跡の力を求めて来てるんですよね?」


 すると、クロードさんが苦笑する。


「理想と現実です。噂を頼りに来ても、払えなければ諦めるしかない。弟子の司祭に診てもらって帰る人がほとんどですよ」


 胸の奥に、鈍い不快感が広がる。


 命を救う力を持ちながら、それを選別する。冒険者も金で動くが、それとは質が違う。王国の支援を受けるはずの聖職者が、なお金に執着する理由は何だ。


 もし本当に、マリーを使って治療をさせているのだとしたら、どこまで腐った奴なのか。


「万人に手を差し伸べるべき聖職者が、金で線を引くのか」


「そう単純な話でもないでしょう」


 静かに返してきたのは、クロードさんだった。


「これだけの人数を一人で救うのは不可能です。選別は、ある意味で合理的な判断ですよ」


「本気で言ってます?」


 思わず、その顔を睨み返してしまう。


「症状の重さに関わらず、金で命の優劣が決まるんですよ。ふざけやがって!」


 周囲の視線が集まるのも構わず、言葉が止まらない。

 列の中には子どももいる。金がないという理由だけでその子の夢や未来を閉ざし、希望を奪うつもりなのか。


「俺も冒険者として依頼をこなしながら、救いたくても救えない命をいくつも見てきました。やるせない気持ちになったこともある。救えるはずの命を見捨てるなんて、聖職者のやることじゃねぇ……魔獣以下だ」


「リュシアンさん、落ち着いてください」


 割って入ってきたのはセリーヌだ。


「クロードさんのおっしゃることも理解できます。この人数を救うには、何らかの制限が必要です。大司教様が倒れてしまっては元も子もありません」


「だからって、金で選ぶのかよ」


 吐き捨てるように言いながら、歯を食いしばる。


「それってつまり……マリーが使われてるってことだろ」


 何らかの方法で、彼女に治療をさせている。そんな想像が頭をよぎる。


「あ。リューにいがスケベな目に変わった」


「こんな時に茶々を入れるんじゃねぇ」


 思わずアンナの頬をつねる。


「痛いってば! リュー兄ってさ、熱くなると突っ走るから心配だよ」


「気をつける」


 短く返したものの、怒りは簡単に収まりそうになかった。


 そんな中、クロードさんが思い出したように口を開く。


「門の入口で手荷物検査があります。武器は一時的に預けることになりますが、大丈夫ですか?」


 改めて身なりを確認した。剣、スリング・ショット、魔法石の入った袋。どれもそのままでは通れない。

 振り返ると、アンナがにやりと笑った。


「行ってほしいんでしょ?」


「頼む」


「高くつくよ?」


「甘味食べ放題」


「えへへ。約束だからね」


 セリーヌの魔導杖(まどうじょう)もまとめて預かり、アンナは軽やかに列を離れていく。


「アンナさんはどちらへ?」


「まぁ、後でわかるって」


 そう答えたところで、背後から馬車の音が響いた。


 振り返ると、ふたり乗りの小型馬車が門の脇に止まる。御者(ぎょしゃ)の男が慌ただしく降り、ドアを開ける。現れたのは、煌びやかな服に身を包んだ白髪の紳士だった。


 杖を突き、左脚を庇いながら歩いているが、いかにも富裕層といった風格を漂わせている。


「なるほど。ここはそういう規則か」


 自然と足が動いていた。


 紳士は、列の先頭で受付をしていた男性と口論になっている。紙幣をちらつかせる姿を目にして、胸の奥で何かが弾けた。


 いやらしく笑う紳士の肩を掴む。


「なんだね、君は?」


「そんなやり方が通ると思うなよ」


 睨み据えると、相手の表情がわずかに揺らぐ。


「さっさと後ろに並べ」


 短く言い切ると、紳士は舌打ちもせず退いた。

 その背中を見送りながら、晴れ晴れとした気持ちになる。


「お騒がせしました」


 先頭で口論していた男性を見ると、すかさず舌打ちをされた。


「余計なことをするな。もう少しで金が入ったのに」


 その一言で、足元がぐらつく。


 正義感で動いたつもりが、誰の得にもなっていない。そんな空虚さが胸に残った。


 やがて順番が回り、門の中へ入る。


 だが、その先にもさらに柵が設けられ、三つの入口へ分かれていた。


「寺院へ行くのは?」


「一番右です」


 メラニーさんの言葉に従って進むと、小さな受付小屋が見えた。中に助祭の姿が見える。


「ここで通行証を買うんです」


「通行証?」


「馬車代と治療費をまとめて支払う仕組みです」


「……徹底してるな」


 吐き出すように呟き、セリーヌを見る。


「悪い。少し貸してくれ」


「どうぞ」


 ベルトに括り付けられた革袋から、細紐で束ねられた紙幣を取り出した。

 彼女の几帳面さが伺える。適当に突っ込んでいる俺とは大違いだ。


「三人は向こうで待っていてください。患者がひとり、後は付き添いで構いませんよね」


「付き添いが多すぎる気もしますけどね」


 メラニーさんと顔を見合わせ苦笑する。


「おふたりが恋人同士。彼女が養子で僕らは養親。これでどうですか?」


「クロードさん。それ頂きます」


 設定は完璧だ。三人と離れ、受付へ向かおうとした時だった。


「ちょっと、あなた」


 横からの声に顔を向けると、助祭の女が腕を組んで立っていた。

 四十過ぎといったところか。目つきが鋭く、恰幅の良い女性だ。パンパンに張った祭服が、なんだか可哀想に見える。


「ここ、初めて?」


「そうだけど」


「なら間違えてるわよ」


 見下すような視線。


「ここは大司教様の奇跡を受けるための入口よ。相応のお布施が必要なの」


 そして、あからさまに笑う。


「あなたみたいなのは、あっち」


 指差された先は、別の列だった。


 苛立ちが一気に噴き上がる。


「失礼。通してくれないか?」


 声に振り向くと、そこにいたのはさっきの老紳士だった。

 俺の姿に驚いた素振りを見せたが、すぐに気を取り直し、助祭と同類の視線を投げてきた。


「また会ったな。ここは君の嫌いな富裕層の場所だが?」


「はいはい。そうですか」


 嫌みを込めて言うと、助祭が体当たりをするように強く押し退けてきた。


「あら、エミリアン様! こちらへどうぞ!」


 声音が別人のように裏返り、紳士と共に受付へ進んでいく。


「どいつもこいつも、腐ってやがる……」


 吐き出した言葉は、思っていたよりも冷えていた。


 奇跡が人を救うはずの場所で、金がすべてを歪めている。


 この場所はもう、かなり深く壊れている。

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