表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.04 霊峰アンターニュ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/380

05 信じると決めた夜


 薄闇に佇むセリーヌを前に、胸が張り裂けそうだった。

 どうして信じられない。彼女を傷付けてまで得る情報に、どれほどの価値があるのか。


 兄とセリーヌ。ふたつの大切なものが、心の中で静かに天秤へとかけられる。

 どちらが重いかなど、考えるまでもない。


「何もない、なんて言うなよ」


 気付けば頬を涙が伝っていた。抑えきれず、立ち尽くす彼女の肩を掴む。


神器(じんぎ)なんかより、もっと大事なものをふたりで探せばいい。それでも見付からないなら、俺が与えてやる。いくらでも……だから、何もないなんて二度と言うな」


 セリーヌは何も言わず、その大きな瞳でこちらを見つめ返してくる。その奥に滲んだ涙を見つけた途端、思考は音を立てて崩れ落ちた。


 ただ、消えてほしくない。壊れてほしくない。

 その願いだけに突き動かされるように、気付けば華奢な身体を強く抱きしめていた。


「ごめん。俺が悪かった。セリーヌを信じる。だから、どこにも行くな。ずっと側にいてくれ」


「リュシアンさん……」


 互いのすすり泣く声だけが、静かな部屋に淡く溶けてゆく。


※ ※ ※


 朝の気配に目を覚ました時、最初に感じたのは全身の鈍い痛みだった。床で寝たのだから当然だが、それ以上に、どこか満たされない感覚が残っている。


「空が……明るい……」


 呟きながら体を起こす。昨夜の出来事を思い返すほどに、胸の奥がむず痒くなる。通じ合えたはずなのに、一線は越えていない。そのもどかしさが、妙に意識に残っていた。


 視線を向けると、ベッドの上ではセリーヌが規則正しい寝息を立てている。無防備なその寝顔を見ていると、余計なことまで考えてしまいそうになる。


 襲ってしまえば楽なのかもしれない。だが、それは違う。

 傷付けたくないし、大切にしたい。そんな思いが、自分自身を縛りつけている。


「自業自得か」


 小さく苦笑したところで、腹の虫が鳴った。


「そういえば、晩飯を食い損ねたんだった……」


 外套を畳み、軽く伸びをしてから、眠り続ける彼女を揺り起こす。


「はれ……リュシアンさん……」


 寝ぼけた声を上げていたが、何かを思い出したのか、セリーヌは勢いよく身を起こした。


「はわわっ! おはようございます」

 

 ベッドの上で正座し、慌てて髪を整える仕草に、思わず口元が緩む。


「顔を洗って準備だ。すぐ出るぞ」


 身支度を整え、一階の食堂で朝食を済ませる。給仕に現れた宿の主人が、妙に意味ありげな笑みを向けてくるのが癪に障った。


 何を勘違いしているのかは知らないが、こちらとしては気まずさしか残っていない。


 宿を出て、足早に馬車乗り場へ向かう。道中、隣を歩くセリーヌが遠慮がちにこちらを窺ってきた。


「気分が優れないご様子ですが……やはり、私がベッドを使ってしまったことを怒っていらっしゃるのですか?」


「いや。そんなことじゃねぇ」


「では……昨晩の件が……」


「だから違うって。俺の個人的な問題なんだ」


 セリーヌに手を出せなかったことへの不満と、宿の主人のニヤついた顔が蘇る。


 主人にしてみれば『うまくやったんだろ』という示し合わせの笑みだったのだろう。今の俺には、小馬鹿にされた嘲笑(ちょうしょう)に感じられた。それが一層、胸の中の不満を大きくする。


「どういうことなのですか?」


 訳がわからないという顔で、大きな目をパチパチと何度もしばたいている。


「そもそもな。セリーヌが可愛すぎるのが悪いんだ」


「へ? はわわっ!?」


 顔を真っ赤にして後ずさった彼女は、足元の石につまづき、そのまま盛大に転んだ。


※ ※ ※


「どうしたんだよ?」


 馬車を待つ間、セリーヌは一言も発さず、俯いたままだった。乗車後も奥の席へと逃げるように座り、明らかに距離を取っている。


「何か言いすぎたかな……」


 訳も分からないまま、入口近くの席に腰を下ろした。


 乗り込んでくる人々をぼんやりと眺める。疲れた様子の中年夫婦に、怪我を負った男、顔色の悪い女、そして苦しげに呻く子供。どうやら目的は同じらしい。


「大司教の奇跡、か……」


 ブリジットの情報は正しかったのだろう。そう思うと、胸の奥にわずかな安堵が広がる。


 やがて馬車は動き出した。街を離れてしばらくすると、なだらかな草原は終わり、木々が生い茂る林道へ入った。車輪が砂利を噛む音と振動が、座席越しに伝わってくる。


 この道を抜ければ山道だ。その先に目的地である、カルキエの街がある。


 そう考えていた矢先、馬車が急停止した。


「なんだ!?」


 アーチ状に天井を覆う幌のせいで、外の様子がわからない。御者の背越しに前方を覗くと、林道を塞ぐように巨大な影が立っている。猪型魔獣サングリエだ。


 体格は馬と同等、突進を受ければ馬車はひとたまりもない。


「あいつは、討伐依頼の……」


 昨日、シャンパージェの冒険者ギルドで魔獣の情報も仕入れてある。あいつもリストに載っていた。


 車内を見渡す。戦える者はほとんどいない。セリーヌに視線を向けるが、彼女は顔を伏せたまま動こうとしなかった。


「俺がやるしかねぇ」


 幌から身を乗り出し、御者である中年男性の肩へ手を置く。


「俺が引きつけます。その間に逃げてください」


 返事を待たずに飛び降り、地面に転がる石を拾う。

 魔獣へ駆けながら、ベルトに差したスリング・ショットを引き抜いた。


「てめぇはこれで十分だ」


 放った石が魔獣の額を直撃した。目を狙ったのだが、俺の技術ではこれが限界だ。


 サングリエが咆哮を上げる。怒りに染まった目が、こちらを捉えた。


「来いよ」


 スリング・ショットをしまい、竜骨魔剣を抜いて攻撃に備える。

 魔獣を寸前まで引きつけ、林へ駆け込んだ。


 ベルトに挟んだ匂い袋の効果もあり、魔獣は迷いなく追ってきた。


「ふっ!」


 振り向きざまの一閃が胴を裂く。

 しかし、呪いの影響による腕の痺れと、飛び退きながらの一撃だ。致命傷に成り得ない。


 体勢を立て直したサングリエが、再び狙いを定める。


「次で仕留めてやるよ」


 そう告げた直後、周囲の気配が変わった。

 茂みの奥から現れたのは、複数の影。


「おいおい……本気かよ」


 群れだった。

 逃げ場はない。道具袋へ手を伸ばしながら、状況を測る。


「これでもくらえ」


 背後へ閃光玉を放ると、まばゆい光が周囲へ拡散。魔獣の悲鳴が上がる。

 少しでも林道から離れるため、更に奥を目指して駆けた。


「がっ!」


 次の瞬間、横からの衝撃で体が宙を舞った。

 左肩から地面に叩きつけられ、地面を激しく転がった。


 揺れる視界に映ったのは、茂みの奥に潜んでいた別のサングリエ。


 まだいたのか。


 腕輪のラインが黄緑へ変わるのを視認しながら、ゆっくりと迫る一頭を睨む。

 さらに横からも気配。完全に囲まれていた。


「次から次へと……」


 もたもたしていると打つ手がなくなる。

 まずは正面の一頭へ斬り込み、その体を利用して、他の突進を避ける。


「上等だ」


 剣を握ったその時だ。

 一本の矢が、正面に立つサングリエの眉間を正確に射抜く。


轟響創造ラクレア・トネール!」


 左方で、雷光が炸裂する。紫電の渦が広がり、群れを一気に呑み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ