03 奪う者と守る者
「冒険者ギルドの下請けとして動き、依頼を斡旋するというわけですか?」
フェリクスさんは、セリーヌに目を向けた。
「飲み込みが早いな。楽をして儲けられる最高の仕事だろ。すでにふたつのパーティから快諾をもらってる。ここをリュシアンに預ければ三つ目。当面はそれで試運転だ」
「ちょっと待ってください。俺に預けるって、勝手に進められても……」
視線が突き刺さる。
獲物を定める猛禽の目だ。
「駆け出しのおまえを拾って育てたのは、この計画のためだ」
冗談の調子じゃない。
「人はな、置き場所を間違えれば腐る。力があっても消耗するだけだ」
指先で机を軽く叩く。
「俺は無駄にしない主義だ。俺が目をかけた人間が、凡庸で終わるのは気に入らないんだ」
その言葉の裏に、もうひとつの影がよぎる。
レオン・アルカン。
あいつも、そのひとりってことですか。
喉まで出かかった問いを、飲み込んだ。
駒、とは言わない。
だが意味は変わらない。
「パーティを抜けて一年。その間、自由も与えた。そろそろ恩を返してもいい頃だろ」
重みは理解している。
受けた恩も忘れていない。
「でも俺は、まだ目的を果たせていません。せめてそれまでは」
「兄さんか。荷物はこの街から発送されたんだったな。その後は行き詰まりだろ。いい加減、前に進め」
「絶対に探し出してみせます」
真正面から見返す。
フェリクスさんは小さく息を吐いた。
「ランクAで足踏みしている理由もそれか。兄さんに肩を並べるのはおこがましい、まだそう思ってるのか」
「はい。俺にとって憧れの存在です。それは変わりません。兄貴を探すために故郷を出ました。冒険者もランクも、そのための手段です」
フェリクスさんへ挑むように、その目を見つめる。
「俺は壊すために強くなったわけじゃありません」
沈黙が落ちる。
通りの喧噪だけがやけに大きい。
「一緒に来い。世界は広いぞ。手掛かりも拾えるかもしれない。気楽にやれよ」
不意に身を乗り出してきた。
「この国に革命を起こす。俺たちが時代を創るんだよ」
拳が机を打つ。
「魔力が高い者が優遇される。治療も依頼も評価もだ。持たざる者は常に後回し」
視線がわずかに揺れる。
「命の値段が、生まれで決まる国だ。知ってるだろ」
それ以上は語らない。
「富裕層でもなく、魔力も持たない平民出の人間が、ここまでやれると証明するんだ」
口元が上がる。
「面白いと思わないか」
熱量が強い。
だが理屈を否定しきれない自分がいる。
「もう少し時間をください。兄貴の手掛かりが掴めそうなんです」
「本当か?」
疑いと期待が混じる。俺自身も半信半疑だ。
隣のセリーヌは黙っている。神器と竜を知る彼女なら何か掴んでいるはずだ。
「ごめん、ちょっと手を貸して」
商店の前から声が飛ぶ。
両手に木製トレイを抱えたシルヴィさんだ。
「私が手伝います」
セリーヌが立ち上がる。
その背を見送り、フェリクスさんが口を開いた。
「ここまで待ったんだ。その言葉が本当なら、もう少し待つとするか。ただ、おまえさんの力を借りたい件がもうひとつあるんだ」
羊皮紙が広げられる。
「王城から直接、ランクLにのみ下りた依頼だ。ブリュス・キュリテール。覚えがあるだろ」
「まさか」
兄の手帳にあった謎の単語だ。
「ブリュス・キュリテール……魔獣の名前だったんですね」
「出所不明の目撃情報によると、三つの頭を持つ獣。背には竜のように巨大な翼、尾は蛇。寄せ集めのようだが、四足歩行の超大型個体らしい」
羊皮紙へ目を落とす。
「綺麗に整えられた生き物じゃない」
わずかに笑う。
「無理に繋げば歪む。だが歪んだものほど強い」
「突然変異種ですか」
「不明だ。生息地も能力もわからん。見つけ次第、確実に仕留めろ。それだけだ」
曖昧すぎる。
「兄貴の手帳にあったなら未討伐ですよね」
「そうなるな。王城が直接出してきた依頼だ」
皮肉が混じる。
「記録はない。だが存在する。都合の悪いものは残らない」
「隠されていると?」
「さあな」
否定はしない。
視線が遠くを見ている。
「フェリクスさん」
「なんだ」
「俺と話しながら、セリーヌを目で追うのはやめてください」
「目の保養だ。あんな女を抱けたら最高だよなぁ……体型も抜群だな」
「真面目な話の最中なんですけど」
「聞こえてる。記録は本当にない」
また、悪い病気が現れてしまった。
「シルヴィも惜しいんだ……もう少し慎ましさがあればな」
「すっごくわかります。って、そうじゃねぇ。魔獣の情報をください」
「今はこれがすべてだ。おまえさんのランクを上げがてら、こいつを探すつもりだった」
フェリクスさんが羊皮紙を畳むと、ふたりが戻ってきた。
「遅くなってごめんね。お酒が多くて迷っちゃった」
ひとつだけジョッキが大きい。
俺たちは果実を絞ったソフトドリンク。加工肉と野菜を挟んだ四人分のクローズド・サンドが置かれる。
「おい、シルヴィ」
ふたりが席へ着くなり、フェリクスさんが怪訝そうな声を上げた。
「なぁに」
「俺の酒は」
「さっき飲んだでしょ。おじさんなんだから、体をいたわりなさいよ」
「まだ現役だ」
「あっちは現役でも、冒険者を引退なんて言ってる人にはあげられないわね」
ドリンクを飲みながらむせてしまった。
セリーヌがすかさず背中をさすってくれる。
「リュシアンさん、大丈夫ですか」
「あぁ、悪い……」
昼間から何の話だ。
「で、話はまとまった?」
俺の気持ちなど露も知らず、クローズド・サンドを手に尋ねてくるシルヴィさん。
すると、フェリクスさんがすかさず口を開いた。
「一ヶ月だ。それで進展がなければ俺と来い。その間、シルヴィたちもこの街に滞在させる。好きに使え」
「あたしたち、物じゃないんだけど」
「言葉の綾だ」
「気遣いがないからフラれるのよ。外見と腕が良くても、中身がね……」
「そっくりそのまま返してやる」
「なんか言った?」
「このドリンク、果実の味をそっくりそのまま冠して、やるなぁって」
苦しい言い逃れをして、フェリクスさんはセリーヌを見る。
「君はどうする」
「お断りいたします。私にも旅の目的がありますので」
「旅? 冒険者なんだろ」
「成り行きです。それと情報を得る近道になればと」
木製カップに視線を落とすが、その目は遠い。
彼女を手伝いたいのが本音だが、フェリクスさんの手前、軽々と口にできない。
「セリーヌのことはそっとしておいてください。俺じゃ不満ですか」
「どうせなら、美女もいた方が……いたたっ!」
シルヴィさんが、その耳を引っ張った。
「ちょっかいは自粛して。さっさと革命の拠点探しをしてよね」
「拠点探し?」
思わず反応してしまった。
あの場所も、このままでは持て余すだけだ。
「一ヶ月待ってもらう詫びに、拠点を提供します。その代わりお願いが……」
※ ※ ※
「うまく逃げ切ったか」
「恐らく大丈夫だと思います」
セリーヌとふたり、息も絶え絶えだ。
中央広場の馬車乗り場で、ベンチに腰を下ろした。
あの後、セリーヌを遠ざけ、フェリクスさんとシルヴィさんには昨晩の一件を打ち明けた。
口裏合わせを条件に天使の揺り籠亭を拠点に決定。その後、牡鹿亭へ戻り、クレマンさんとイザベルさんに退職を告げた。
「悲しんでたな」
イザベルさんの顔が浮かぶ。
いつでも帰ってこい。
クレマンさんの言葉が残る。
揺り籠亭の二階をフェリクスさんが買い取り、引っ越しをすると説明した。
真実ではないが、納得してもらうためだ。
賊のドミニクが報復してこないとも限らない。
いつかは離れなければならない場所だった。
そうして、一行の引っ越しが慌ただしく始まった。シルヴィさんたちは昨日から押さえていた宿をキャンセルし、揺り籠亭へ荷物を運び始めた。
騒ぎの間に、セリーヌと牡鹿亭を飛び出した。俺の荷物は後でも運び出せる。
「急ぐぞ」
「はい」
呪いのことは、みんなに悪くて巻き込めないとセリーヌに告げてある。
素直に応じてくれた彼女には申し訳ないが、ふたり旅を果たす口実なのは否めない。
まずはシャンパージェの街で、魔導杖を手に入れる。





