02 断罪の剣聖
なぜ、依頼の報酬受領に俺たちが関わる必要があるのか。
セリーヌと顔を見合わせるが、答えは出ない。考えを巡らせる間にも、シルヴィさんは話を進めていく。
「あたしたちはブノワの護衛依頼を受けていたでしょ。本人には逃げられたけど、報酬は事前にギルドへ預けられているはずよ」
「受け取りだけなら、ふたりでも……」
「それだけじゃないの」
軽く肩をすくめ、シルヴィは続けた。
「あの植物型魔獣も討伐対象として手配されていたのよ。大森林で襲われた生存者が申請したんでしょうね」
言われてみれば、シャルロットの手配書に、それらしい記載があった気がする。
「でも、あいつは地底湖の底ですよ。討伐の証拠なんて……」
「あるのよ」
短く言い切り、シルヴィさんは口元を緩めた。
「レオンが魔力映写に収めてたの。赤竜に焼かれる前後の記録よ。証拠としては十分でしょ」
思いがけない収入だ。本来なら素直に喜ぶべきだが、別の顔が脳裏をかすめる。
「それなら、ナルシスがいる時に……」
言い終える前に、首へ腕が回された。
ぐっと引き寄せられ、視界が塞がる。鼻をくすぐる酒の匂いと、軽装越しに伝わる柔らかな感触が、容赦なく頬を押しつぶした。
逃げ場がない。
地獄と天国の挟み撃ちとは、こういう状況を言うのだろう。
「余計なことは言わなくていいの」
耳元で、低く囁かれる。
「あなたは黙って付いてきて、全部の報酬を受け取ればいいの。わかった?」
「全然、わかりません」
抗議は軽くいなされ、そのまま腕を掴まれる。思考が追いつく前に話はまとまり、四人で冒険者ギルドへ向かうことになった。
※ ※ ※
扉をくぐると、空気がわずかに張り詰めた。
「わっ。いらっしゃいませっ」
シャルロットが、やや緊張した面持ちで出迎えてくれた。シルヴィとレオンを紹介した瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。
ランクS。
その肩書きだけで、場の空気が変わる。
さらに、セリーヌとシルヴィさんが並べば、注目を集めない方が難しい。
ざわめきの中を進み、受付へ。いつもの中年女性が、淡々と手続きを進めていく。
レオンの腕輪に記録された映写を確認し、書類をめくった。
「確認が取れました。討伐対象の情報とも一致しています。では、報酬の計算を行います」
ブノワの護衛が四千ブラン。
ベルヴィッチアの討伐が一万五千。
そこへさらに、数字が積み上がる。
レオンが仕留めたグラン・ショーヴにも個別の賞金が設定されており、三体分で計一万二千。
合計、三万二千ブラン。
思わず息を呑んだ。想像していたより、はるかに重い額だ。
「これはすべて、彼の記録にして」
「だから、どうして俺なんですか」
口を挟むと、職員が一瞬だけ視線を上げる。
「詳しい話は後よ」
シルヴィさんは即座に言い切った。
「とにかくリュシーを稼がせてランクSへ引き上げる。それが、あたしたちの目的なんだから」
「は? 俺を、ランクSに?」
「つべこべ言わずに、受け取りなよ。俺だって不本意なんだ」
背後では腕を組んだレオンが、露骨に不機嫌そうな顔をしている。
「そう言うのももっともだ。賞金の大半は、おまえの手柄だしな」
顔をしかめ、短い舌打ちをする。
「フェリクスさんの命令だ。従うしかない」
「納得いかねぇよ」
漏れた声に、レオンがゆっくり視線を向けてきた。
「何が?」
「俺ひとりの手柄にするなんて、筋が違うだろ。実際に戦ったのは、みんなだ」
「だから何」
淡々と返され、言葉に詰まる。
「功績を分けても誰の得にもならない。ランクが上がれば受けられる依頼が増える。結果的に全員が得をする」
「それは、結果論だろ……」
「現実論だ」
かぶせるように言われ、視線を逸らされた。
「理想で動くなら、冒険者は長生きしない。まして命令だ。従えないなら最初から前に出るな」
胸の奥が、鈍く痛んだ。
「おまえ……俺のこと、嫌いだろ」
半分、冗談のつもりだった。
「別に。信用してないだけだ」
返ってきた声は、まったく冗談ではなかった。
逃げるように、セリーヌに視線を向ける。
「セリーヌは、どう思う」
「私は助けて頂いた身です。口を挟む立場ではありません。皆様に従います」
最も反対しそうだった彼女が、あっさりと引いた。
これで、味方はいない。
「相変わらず、変な所で真面目なんだから」
シルヴィさんが溜め息をつく。
「いい? お金は五人で分配。討伐記録はリュシーに付ける。これで決まり」
結局、押し切られた。
三万二千ブラン。そのすべてが、俺の討伐記録として計上される。
カウンターに置いた腕輪を、シルヴィさんが何気なく取り上げた。
嫌な予感が走る。
「随分と怠けてたんじゃない? ランクS昇格に必要な成績、ようやく半分を過ぎた程度じゃない」
「いや……それは……」
「後でお説教ね」
果実酒の瓶底で、頬をぐりぐりと突かれる。
既に始まっていた。
「ですが、リュシアンさんは人助けに奔走されております。この街の皆様からも慕われています」
「ふうん。まぁ、それはそれ。でも一番大事なことを後回しにしてたんだから、やっぱりお説教ね」
ギルドを出て、勇ましき牡鹿亭へ向かう。
最後尾を歩くレオンの横に並び、歩調を落とした。
「昨日の夜は、悪かったな」
「なんのこと」
「牡鹿亭を出た後、賊を警戒して巡回してくれてたんだろ」
「ああ。あれか」
歩みは緩まない。
「別に気にしてない。俺は仕事をしただけだ」
少しの間を置いて、低い声が続く。
「油断してる時が一番危ない。呑気に酒なんて飲んで……ぬるいんだよ」
「悪い……」
「ただ」
一拍置き、低い声が続く。
「自分の立場は考えろ。守られてる側が綺麗事を言うと、反感を買う」
言い返そうとして、言葉が出なかった。
「すまない……」
「謝るな。同じことを繰り返すな。それだけだ」
それきり、会話は途切れた。
気まずさを抱えたまま牡鹿亭へ戻ると、入口に見覚えのある人影が立っていた。
端正な顔立ちに整えられた顎髭。肩にかかる黒髪。魔力を帯びた銀の軽量鎧。そして背に負うのは、象徴とも言える聖剣ミトロジー。
ランクL。断罪の剣聖。
「フェリクスさん」
「おう、リュシアン。元気そうだな。かれこれ一年ぶりか」
「ご無沙汰してます。相変わらずランクAのままで、すみません……」
「気にすんな。積もる話は、綺麗な女性のいる店で聞いてやる」
相変わらずの軽さだ。四十手前なのだから、もう少し落ち着いてほしい。
だが、この人がわざわざ足を運ぶ理由が思い浮かばない。胸の奥に、嫌な予感だけが残る。
「綺麗かどうかはわかりませんけど、女性ならこの店にも。お酒も安くしておきますから」
牡鹿亭を指さすと、険しい顔を向けられた。
「随分と商売上手になったなぁ。この街の空気に当てられて、丸くなっちまったんじゃないのか?」
「いえ。そんなことは……」
目を合わせただけで、嫌な汗が伝う。
「場所を変えるぞ。シルヴィ、魔導師のお嬢さんを連れて来い。レオンは残って、エドモンとアンナに合流しろ」
すれ違いざま、即座に腕を掴まれた。
反対の手には、シルヴィさんが持っていた果実酒の瓶まで握られている。
「あたしのお酒、返してよ」
「後で買ってやる」
豪快にあおりながら歩き出すフェリクスさんに引かれ、大通りへ。
賑やかな街並みを抜け、やがて通り沿いの軽食店に腰を下ろした。
「まぁ座れ」
木製テーブルのひとつへ腰を下ろすと、シルヴィさんに買い物を指示した。
向かい合う形で席に着く。
フェリクスさんは一度だけセリーヌを見て、にやりと笑った。
「聞いたぞ。彼女もかなりの腕前らしいな。ふたりで組んでるのか?」
「いえ。パーティは組んでいません。たまたま行き先や目的が同じで、共闘を続けているんです」
「ありゃ、そうなのか。俺はてっきり……えらく美人の彼女を見付けたもんだと、嫉妬してたんだが」
口元が歪む。
「それなら、俺が恋人に立候補してもいいわけだ」
「お断りします」
即座に返された言葉に、フェリクスさんは目を細めた。
面白いものを見るような視線のまま、口元だけが緩む。
「いいね。はっきり物を言う女性って、嫌いじゃない」
その笑みが引っ込み、表情が改まる。
「本題だ」
視線が真っ直ぐこちらへ向けられる。
「リュシアン。お嬢さんも含めて気に入った。単刀直入に言う。ふたりを俺の傘下に迎えたい。力を貸せ」
「傘下って……パーティに入れってことですか?」
「似てるが違う」
軽く首を振る。
「俺はそろそろ前線を退く。これからは元締めとして、複数のパーティを抱えるつもりだ」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「ランクLの俺なら、すべての依頼を受けられる。それを振り分ける」
そして、口元に笑みを浮かべる。
「報酬は三割を分配。さらに給与制だ。毎月の支給もある」
白い歯を見せ、得意満面に笑う。
「討伐記録は各自へ計上。ランクに応じて給与も上がる。最高だろ?」
この人、何かやるとは思っていた。
だが、ここまでとは。





