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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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16 奪い返したもの、零れ落ちる理性


「待ってくれ。わかったから!」


 奥へ引っ込んだジャコブさんが、革袋と首飾りを抱えて戻ってきた。息は荒く、顔色も悪い。必死なのが一目でわかる。


「宝石には手を付けてない。これで許してくれ、頼む!」


「で、部屋が直り次第、何事もなかったように営業再開か。随分と都合のいい話だな」


「これ以上、何が目的だっていうんだ」


 開き直ったような態度に、怒りが沸いた。


 今日ここまで戦ってきたのは、この街を守るためでもあったはずだ。なのに、その内側にこんな連中が潜んでいる。


「あんたたちの、微塵も反省しない態度が気に入らねぇんだよ。衛兵に突き出せば、人生終わりだぜ」


 沈黙が落ちた。やがて、ジャコブさんが力なく口を開く。


「わかった……店を畳んで街を出る」


「ふざけるな。見張りは付けてある。逃げられると思うなよ」


「見張りだって?」


 問い返す声に、頭の中で思考を巡らせる。


 逃がさず、潰し、使う。今の状況で、最も効率のいい手を組み立てる。


「衛兵に引き渡すのは勘弁してやる。その代わり……」


 わざと間を置いた。


「この宿の二階、十部屋。全部明け渡せ。今日から俺が使う」


「そんな……」


「牢獄行きと平穏な生活、どっちがいい? 馬鹿でもわかるだろ」


 そのまま、バルバラさんに視線を向ける。


「それに奥さん、セリーヌから宝石をひとつ貰ってただろ。あれがあれば、当面は困らねぇはずだ」


 ジャコブさんは観念し、頭を下げてきた。


「わかりました……従います」


「ちょっと、あなた!」


 声を荒げるバルバラさんに、冷たい視線を向ける。


「文句があるのか? 宝石を取り上げてもいいんだぜ」


 その一言で、黙り込んだ。短剣を収め、革袋と首飾りを受け取る。


「俺を始末しようとか、街から逃げようとか、余計な考えは捨てろ。俺に何かあれば、同じ書類を持った仲間が衛兵のところに駆け込む算段になってる」


 はったりだが、効果は充分だった。


「改装は急げ。明日には引っ越す」


 背を向け、宿を出る。


 拠点を得られたのは大きい。勢い任せだったが、結果としては悪くない。それでも、腹の底には妙な重さが残っている。


 引き返せない線を、またひとつ越えた気がした。


 外に出ると、セリーヌは屋台のカウンターで店主と談笑していた。木製カップを片手に、やけに機嫌がいい。


 嫌な予感しかしない。


「遅かったですねぇ〜」


「セリーヌ……大丈夫か?」


 カップを取ると、中で赤黒い液体が揺れた。


「おい。これ、酒だろ」


 果実酒の甘い香りに混ざり、鼻を刺すような酒の匂いがする。


「どれだけ飲んだんだ」


「なんだ、リュシアンの連れか」


「マチアスさん!?」


 移動屋台の店主は顔見知りだった。


「悪いことをしたな……美味い酒が欲しいって言うから、女性に人気の果実酒を出したら止まらなくてな」


「えへへ〜。この若鶏のモモ肉も美味しいですよ〜。はい、あ〜ん……」


 無理やり押し込まれた串焼きは、悔しいほど美味かった。香ばしい皮の食感と、肉汁の甘みが口いっぱいに広がる。


「確かに美味いけど、そうじゃなくてさ……」


 勝利の余韻は、完全に吹き飛んだ。


「リュシアンの彼女だったのか……とびきりの美人だし、その服装だ。てっきり歓楽街で働く女性かと思ってたよ。こうして見ると、お似合いだな」


「それは聞き捨てなりません」


 頬を赤くしたセリーヌが、テーブルを叩く。


「私は彼女ではありませんし、清廉潔白な生娘(きむすめ)です」


「自分で生娘とか言うな……」


「にしたって勿体ない。その顔と体付きで男を知らないなんてさ。人生、損してるよ?」


 マチアスさんの視線が胸元に落ちる。


「また胸を見て……なぜこの街の男性は、いやらしい方ばかりなのですか」


「そこで、俺を巻き込むな」


 言い返すと、マチアスさんが笑った。


「それが自分にないものだからさ。胸と母性……男の心を惹き付けてやまない宝は、新たな探究へと駆り立てるのさ……」


 遠い目で語るその姿は、無駄に格好いい。


「そうだ。そういうことだ! だから俺が胸に惹かれるのも自然なんだ!」


 思わず力説すると、セリーヌが不思議そうに首を傾げた。


「つまり男性は、女性の胸が好きなのですか?」


『間違いない!』


 声が綺麗に重なった。


※ ※ ※


「歩けるか?」


 支払いを済ませ、牡鹿亭に向かっているものの、セリーヌは相当酔っている。飲みかけのカップを片手に、足元もおぼつかない。


 結局、通りのベンチに座らせて、休憩を取ることにした。


「きゃっ」


 腰を下ろした拍子に、酒がこぼれる。


「冷たい……」


「は?」


「濡れたんです……ここが……」


「ぶっ」


 法衣の胸元を引っ張り、下着まで露わになりかける。


「おい、ちょっと待て」


 慌てて両手を押さえ込む。


「服が張り付いて気持ち悪いです〜。脱がせてくださいよ〜」


 無理だ。こんな場所で出来るわけがない。


「我慢しろ。着替えたいなら、牡鹿亭まで歩いてくれ」


「もう歩けないです〜」


「ったく、なんなんだよ……」


 どうして、こんな目に遭うんだ。泥酔美女なんて、本気で勘弁してほしい。


※ ※ ※


「リュシアン、どうしたんだい!?」


 ようやく牡鹿亭の裏口へ辿り着くと、イザベルさんが目を丸くした。


「話は後だね。早く上に運びな。どうせあんたは、みんなと飲むんだろ。今夜は部屋を貸しておやり」


「突然連れてきて、すみません……」


 部屋へ戻り、セリーヌをベッドに寝かせる。初めて女性を迎え、妙な緊張を覚えた。


「せめて、上着だけでも……」


 純白の長衣を脱がせて、椅子に掛ける。


「びしょ濡れで、気持ち悪いです〜」


 突然起き上がると、下に着ていた紺の法衣まで脱ぎ捨てて、再び倒れ込んだ。


 下着姿を晒しているが、本当に見事としか言いようのない体付きだ。


「だめだ。冷静になれ……」


 心を落ち着け、天使の揺り籠亭から持ってきたセリーヌの鞄を開ける。綺麗に折り畳まれた軽装を取り出し、枕元へ置いた。


「右腕の治療はお預けだな……」


 最悪の流れだが、彼女が潰れてくれたおかげで、ある意味助かった。このまま明日の夜までやり過ごせば、記憶は守れる。


「ずいぶん変わるもんだな……」


 寝顔をひと目だけ見て、掛け布団を整えて部屋を出た。


 扉を閉めた瞬間、大きく息を吐く。


「今頃、下は悪魔の宴か……」


 二階の廊下を抜け、階段を降りる。


「あれ? なんで?」


 聞こえてきたのは、賑やかな笑い声だった。そこにいたのは、シルヴィさんとレオンだけじゃない。


「あっ、リュー兄(にい)!」


 飛び込んできたのはアンナだ。


「なんで、おまえとエドモンまで?」


 エドモンはカウンター席で料理を頬張り、寡黙なクレマンさんに愚痴をこぼしている。


 北方出身者特有の金髪と色白の肌。普段から室内で魔導書ばかり読んでいるせいか、その白さは病的なほどだ。


「痩せろ。真理の探究者って二つ名が泣いてるぞ……」


 以前より、明らかに丸くなっている。

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